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前大統領追及どこまで 軍の動向カギ 〜議会襲撃事件で揺れるブラジル 〜

山崎真二(時事通信社元外信部長)

【まとめ】

・ブラジル連邦議会、大統領府への襲撃事件は 、ボルソナロ前大統領ら関与の可能性。

・社会の分断で、世論は前大統領追及に全面的賛成ではない。

・軍内部は親ボルソナロで、ルラ大統領は軍への対応に腐心。

■ ボルソナロ氏にも捜査の手

年明け早々の1月8日ブラジルの首都ブラジリアで、ボルソナロ前大統領の敗北となった昨年の大統領選結果に不満を抱く数千人が連邦議会、大統領府、最高裁判所を襲った事件は、2年前の米連邦議会議事堂襲撃を想起させ、衝撃的ニュースとして各国で伝えられた。

事件発生から1カ月ほど経つが、ブラジル国内ではボルソナロ派の政治家や軍の関与疑惑が浮上するなど、波紋が広がっている。

最大の焦点はこの事件に関しボルソナロ前大統領の責任を問えるか否かにある。ボルソナロ氏が昨年、大統領選の事前世論調査で敗北予想が出る中、ブラジルの電子投票システムに関し「不正が行われる」と声高に叫んだのは周知の事実。いまだに選挙結果を認めず、今年1月1日のルラ大統領就任式にも出席せず、昨年末から米フロリダに滞在している。

写真)大統領選での敗北から2日後に記者団の前に姿を見せたボルソナロ氏(2022年11月1日 ブラジル・ブラジリア)

出典)Photo by Andressa Anholete/Getty Images

ブラジル連邦最高裁はこのほど、ボルソナロ氏も捜査対象にすることを決めた。事件対策の不備を理由に身柄を拘束され、解任されたトレス前公安局長の自宅からは大統領選結果を覆す法令の草案が発見されている。トレス氏はボルソナロ政権で法務・公安相を務めた人物で政権交代に伴って公安局長に就任していた。

また、ボルソナロ前大統領の副大統領候補だったブラガ前国防相らが、大統領選挙後に軍の介入によるクーデターを起こす会議を開催していた疑いも浮上。議会襲撃事件が前政権ぐるみの周到な事前計画によって引き起こされた可能性が強まっている。

 

■ 前大統領に「全く責任ない」が39%

ブラジル憲法では、現職大統領は最高裁で有罪とされた場合にしか、身柄は拘束されないとされている。ボルソナロ氏は既に大統領でないため、このような特権は持っていない。

同氏は投票システムによる選挙不正を根拠なしに主張したり、選挙で勝利するため権力を乱用したりしたとして12件の容疑で訴えられており、高等選挙裁判所の判断いかんでは公職に就けなくなる可能性がある。その場合には、ボルソナロ氏が目指すとされる2026年の大統領選への出馬は不可能になると、現地メディアは伝えている。

ルラ政権はボルソナロ氏の追及に躍起になっているが、世論は必ずしも、全面的に賛成ではない。

大手調査機関「ダタフォリャ」が先ごろ公表した世論調査結果では、93%が襲撃に「反対」と回答したものの、ボルソナロ氏に「大きな責任がある」は38%、「少しは責任がある」は17%で、39%は「全く責任はない」と答えている。「議会などへの襲撃には正当な理由がある」との回答が38%に上ったとの世論調査結果もある。

昨年の大統領選で左派候補のルラ氏の得票率は50.9%、右派候補ボルソナロ氏が49.1%とわずか1.8ポイントの僅差だったことに象徴されるように、ブラジル社会の分断状況が鮮明になっている。ルラ政権がボルソナロ前大統領をとことん追い詰めれば、逆に右派の結束が強まり、政権にとって“逆風”になるとの見方も出ている。

写真)大統領就任式のために国民議会に向かう際、ロサンジェラ夫人とともに支持者に手を振るルラ氏(2023年1月1日 ブラジル・ブラジリア)。

出典)Photo by Andressa Anholete/Getty Images

 

■ 軍に不信も、対応には慎重-ルラ大統領

ルラ大統領は議会などへの襲撃事件に関し「軍の一部が共謀したと確信する」と述べ、軍に対する不信感をあらわにしているが、その一方、軍への対応には慎重な姿勢で臨むようだ。

ボルソナロ前大統領がもともと軍出身であり、軍内部には前大統領への親近感が根強いことはブラジル専門家らによってしばしば指摘されている。ボルソナロ前政権下では多くの軍幹部が要職に起用された上、報酬面で好待遇を受けており、軍人の中にはあからさまに「ボルソナロ支持」を口にする者もいるという。ルラ大統領はこのほど、ボルソナロ支持者らが集まっていたテントの排除命令に従わなかったとして陸軍司令官を解任したが、今のところ、軍との対立を意図的に避けている印象だ。

現地メディアの報道によると、ルラ大統領は陸空海の三軍幹部との最近の会合では襲撃事件には全く言及せず、最新鋭の戦闘機や兵器購入、原子力潜水艦の開発など軍の近代化計画についての議論に終始したという。「ルラ大統領が軍の懐柔に動いても、軍内部の親ボルソナロ・ムードは一朝一夕にはなくならず、今後も緊張関係が続く」(ブラジリアの政治アナリスト)とみるのが自然だろう。襲撃事件の余波はまだまだ続きそうだ。(了)

トップ写真:ボルソナロ前大統領の過激な支持者が引き起こした大統領府での暴動後、瓦礫を撤去する作業員ら。(2023年1月9日 ブラジル・ブラジリア)

出典:Photo by Andressa Anholete/Getty Images