無料会員募集中
.国際  投稿日:2022/11/10

ブラジル大統領選 ボルソナロ氏が選挙結果を受け入れたわけ


山崎真二(時事通信社元外信部長)

【まとめ】

・敗北すれば選挙結果を認めないとしていたボルソナロ大統領、側近らの離反で方針転換。

・電子投票方式による迅速な選挙結果判明が大統領派の抗議行動拡大を防いだ可能性も。

・ブラジル国内の分断化は深刻で、来年初めの新政権発足までに混乱が起きる恐れも。

 

 “沈黙の45時間”に孤立深めた大統領

10月30日行われたブラジル大統領選決選投票は周知の通り、元労働運動指導者で左派のルイス・イナシオ・ルラ・ダシルバ氏が有効票の50.9%を獲得、現職で軍人出身の右派ジャイル・ボルソナロ氏の49.1%を僅差で上回り、返り咲きを決めた。

ボルソナロ大統領はブラジルの電子投票システムを批判し、自分が敗北した場合、選挙結果を認めないとの発言を強硬に繰り返していたが、結局、実質的に敗北を受け入れた。なぜ、大統領は方針転換したのか。              

ブラジル現地の各種報道を総合すると、周囲の人々の離反によってボルソナロ大統領が孤立を深めていった様子が浮かび上がる。これら報道によれば、ボルソナロ氏は選挙結果が伝えられた後、30日夜から首都ブラジリアの大統領公邸に閉じこもり、閣僚も含めすべての面会を拒否したという。翌日も何ら公式の反応は示さず、沈黙を続けた。

ボルソナロ派のトラック業者らが選挙結果に抗議し、各地で主要幹線道路の封鎖を開始。ブラジリアや最大都市サンパウロなどの軍関連施設付近でボルソナロ支持の人々が抗議デモを繰り広げ、軍の介入を叫んだ。この間、大統領側近の議会指導者や有力政治家らが次々に選挙結果を尊重すべきと発言したとの情報が広まる。

▲写真 ボルソナロ大統領支持派がトラックを燃やしてバリケードを作り、抗議する(2022年1月3日 ブラジル・ヴァルジーニャ) 出典:Photo by Pedro Vilela/Getty Images

バイデン米大統領ら各国元首や首相がルラ候補の当選を祝福したとの報道も相次いだ。それでも、ボルソナロ氏が沈黙を守る中、11月1日昼過ぎ、大統領官邸側からメディアに対し、大統領が記者会見を開く意向が伝えられた。だが、記者会見が開かれぬまま時間が過ぎ、ボルソナロ大統領が姿を現したのは同日午後四時半ごろだったという。

大統領はわずか3分ほどの声明を読み上げたが、自身の敗北を認めることはなく、当選したルラ候補の名前にすら触れず、「憲法に従う」と述べるにとどまった。選挙結果判明から約45時間が経過していた。その直後、ノゲイラ官房長官が政権移行作業を始める旨述べたことで、ボルソナロ氏が事実上、敗北を認める形となった。

 “ボルソナロ変身”は大きな驚き

大統領選のさ中、ボルソナロ氏が「ブラジルの電子投票では不正選挙が行われる」などと主張し、自身が勝利しない限り選挙結果を受け入れないとの強硬姿勢を見せていたことから、同氏が決選投票で敗れた場合にはトランプ前大統領支持者による米連邦議事堂襲撃事件のような混乱が起きる可能性が指摘されていた。

それだけにブラジル国内はもとより海外でも、“ボルソナロの変身”(サンパウロ有力紙「フォーリャ」電子版)は大きな驚きと受け止められている。サンパウロの有力メディアの間では「ボルソナロ氏は選挙結果への抗議デモがどのように展開されるか見守っていたが、決定的な広がりがなかったことから抗議行動への支持を断念した」「自身の有力な支持者だったリラ連邦下院議長が選挙結果に異議を唱えない旨いち早く表明したことが大統領にとって大きな打撃となった」といった分析が取りざたされている。

ちなみにブラジルでは下院議長は大統領、副大統領に次ぎ国政のナンバー3とされている。また、ボルソナロ大統領が次期副大統領候補に据えたネット氏(元国防相)が選挙結果判明後の早い段階で政権移行を口にしたことも、大統領の決定に影響したとの見方もある。

■ 楽観できないボルソナロ派の動き

米国の中南米問題のシンクタンク「インターアメリカン・ダイアログ」(IAD)の専門家は、今回のブラジル大統領選決選投票の結果が投票終了後3時間弱で発表され、多くの時間を要した2020年の米大統領選と比べ、非常に速かったことがボルソナロ大統領のその後の判断につながったようだと述べている。

この専門家によれば、投開票作業や結果判明がスピーディーに行われたため、ブラジル国内や海外からルラ候補当選への支持が表明され、ボルソナロ大統領が抗議行動を展開する時間的余裕がなくなった可能性が高いという。

さらに、ブラジルの電子投票システムが比較的すぐれている点を指摘する向きもある。同国では2000年の選挙から電子投票を本格的に導入。この投票・集計技術は海外でも高く評価され、ブラジルが外国に売り込む技術の有力アイテムの一つになっているほど。ボルソナロ大統領が自国の電子投票システムへの不信を声高に叫んだのとは裏腹に同システムへの信頼度は全般に高く、これが内外で選挙結果が尊重される重要な要因になったと言っていいかもしれない。

ボルソナロ大統領が今回の選挙結果を事実上認めた格好で、今のところ、抗議デモは収まっている。しかし、来年1月1日の新大統領就任式まで混乱が発生しないという保証はない。

ボロソナロ派は下院で大幅に勢力を伸ばしたうえ、サンパウロ州など重要な州知事選で自派の候補を当選させることに成功しており、勢力は全く衰えていない。ブラジルはかつてないほど左右両派への二極化が進み、社会の分断が深刻化しているだけに、新政権発足が近づくにつれボロソナロ派の動きに一段と警戒感が高まることが予想される。

(了)

トップ写真:アルボラーダ宮殿で敗北の後会見するボルソナロ大統領(2022年11月1日 ブラジル・ブラジリア) 出典:Photo by Andressa Anholete/Getty Images




この記事を書いた人
山崎真二時事通信社元外信部長

 

南米特派員(ペルー駐在)、ニューデリー特派員、ニューヨーク支局長などを歴任。2008年2月から2017年3月まで山形大教授、現在は山形大客員教授。

山崎真二

copyright2014-"ABE,Inc. 2014 All rights reserved.No reproduction or republication without written permission."