尹錫悦政権、早くもレイムダックか?
朴斗鎮(コリア国際研究所所長)
【まとめ】
・韓国総選挙の結果、「反尹」勢力は192議席、「巨大野党の立法独走」が繰り返されることに。
・尹錫悦政権は「植物与党」、「植物政府」になる可能性が高い。
・与党惨敗による尹錫悦政権の弱体化は、日韓関係に影響をあたえるのは確実。
ネガティブキャンペーンで終始した韓国第22代国会議員総選挙が、4月10日に行われ世論調査の予想通り「共に民主党」が圧勝した。今回の選挙では前回の大統領選挙で尹大統領を支持した一部有権者が野党支持に回り、また与党支持層が分裂する徴候が見えたこともあって与党「国民の力」は惨敗した。
与党「国民の力」は、地域区254議席のうち90議席を獲得したに過ぎなかった。比例代表18議席を合わせても108議席にとどまり、保守党歴代最悪の議席数となった。
この選挙が過去の選挙と区別される最大の特徴は、「共に民主党」李在明(イ・ジェミョン)代表を始め候補者の「4人に1人」が前科者という異常事態となったことだ。今回の韓国の総選挙では、5つの党の立候補者587人のうち144人が犯罪の前科者だった。
韓国の国会議員は、たとえ当選しても、刑事裁判で禁固以上の有罪判決を受ければ、当選無効になる。しかし、国会議員になったとなれば、彼らに有罪判決を下すのは容易ではない。そのため、犯罪者でありながら身の保全のためにあえて立候補しているのだ。こうした候補者は、特に野党「共に民主党」と「祖国革新党」に集中していた。
1、野党が圧倒的多数で議席を占める
選挙の結果、最大野党「共に民主党」(161議席)と「共に民主連合」(14議席・比例)が計175議席を獲得。祖国革新党の比例議席(12議席)を合わせると「共に民主党」系の議席数は187議席となった。それに「進歩党」(1議席)、「新しい未来」(1議席)、「改革新党」(3議席・小選挙区1議席、比例2議席)まで合わせると、「反尹」勢力の議席数は192議席にのぼる。
野党が法案のファストトラック(迅速処理案件)指定基準である180議席(在籍議員の5分の3)以上を確保したことで、第22代国会でも「巨大野党の立法独走」が繰り返される可能性が高い。
ファストトラックは最長330日後に法案を本会議に自動上程できる制度だ。第21代国会で巨大野党はこの制度を利用して、「国民の力」の反対にもかかわらず、糧穀管理法、看護法などの争点法案を本会議で強行処理した。
尹錫悦大統領は残りの任期3年間、野党の協力なしに予算案と法案の処理が不可能になった。与党の友軍が事実上いない状態で尹錫悦政権は「植物与党」、「植物政府」になる可能性が高い。もしも「国民の力」で8票以上の離反票が出る場合、大統領の再議請求権(拒否権)が無力化されるだけでなく、改憲や大統領弾劾まで可能となる。200議席は、拒否権の行使で国会に送り返された法案の再投票議決条件であり、改憲と大統領弾劾訴追を国会で議決できる要件だ。
第22代国会が始まれば、本格的な「特検政局」が開かれるという見通しもある。「共に民主党」は選挙の翌日から「チェ上兵特検法」と「李鍾燮(イ・ジョンソプ)特検法」の処理の意向を再び明らかにした。祖国革新党も、選挙公約に掲げた「韓東勲(ハン・ドンフン)特検法」を改めて強調した。
2、尹大統領に訪れた最大の政治危機
尹錫悦政権が掲げる労働改革、教育改革、年金改革はもちろん、医師増員などの医療改革も今後さらに難しくなる見通しだ。尹大統領がこれまで野党の独走を牽制する手段としてきた拒否権さえも、与党議員の一部が離脱すればその行使が難しくなりかねない。権力の核心とも言える人事や予算権も国会の同意が必要な場合は巨大野党の意向に左右されることになる。
「共に民主党」の李在明代表が前回の大統領選挙で敗北した後に野党第一党のリーダーとして復帰したが、その後も尹大統領は、犯罪者の李代表とは1度も会談しなかった。しかし今李在明代表との会談の行方が政局の中心となっている。
さらに尹大統領が第21代国会で拒否権を行使した「金建希(キム・ゴンヒ=尹大統領夫人)ドイツモータース株価操作疑惑特別検事法」の成立を再び求める可能性が高い。野党各党は「海兵隊員死亡事件捜査外圧疑惑」「梨泰院惨事」など尹大統領に直接ねらいを定めた事案でも特別検事法の成立を求め、さらに尹錫悦政権が反対する韓国教育放送公社法・放送法・放送文化振興会法の「放送3法」改正案、コメの超過生産分の政府買い上げを義務付ける「糧穀管理法改正案」、「民主化有功者法」なども再び成立に向け動くとみられる。そしてあわよくば憲法を改正して大統領任期の短縮も狙っている。
「国民の力」のある議員は「尹大統領と韓東勲(ハン・ドンフン)非常対策委員長は選挙運動の際に金建希夫人のブランド品受領問題や李鐘燮(イ・ジョンソプ)元オーストラリア大使の扱いをめぐって衝突し意見が対立した」「選挙で最も重要なトップが動揺したため、尹大統領も惨敗の責任追求から逃れられなくなった」(朝鮮日報)と述べた。
尹大統領は昨年1月の朝鮮日報とのインタビューで「総選挙で与党が多数を占めれば公約は問題なく実現できるが、多数が得られなければ植物大統領になるだろう」と発言していた。
与党惨敗による尹錫悦政権の弱体化は、日韓関係にも影響をあたえるのは確実だ。尹政権がこれまで進めてきた関係改善の流れが続けられるかに注目が集まっている。
トップ写真:第3回民主サミットの開会式に出席する尹錫悦韓国大統領(2024年3月18日 韓国・ソウル)出典:Kim Min-Hee – Pool/Getty Images