"Japan In-depth"[ジャパン・インデプス]

阪神優勝と日銀総裁会見の「権威」

TOKYO, JAPAN - MARCH 19: Toshihiko Fukui, Governor of Bank of Japan holds a press conference on his retirement at BOJ on March 19, 2008 in Tokyo, Japan. Governer of Bank of Japan Toshihiko Fukui's term expires and leaves the top post of Japan's central bank vacant as opposition parties twice rejected nominees proposed by the government. (Photo by Koichi Kamoshida/Getty Images)

出町譲(高岡市議会議員・作家)

【まとめ】

・日銀利上げのニュースで元日銀総裁福井俊彦さんを思い出した。

・テレビ朝日丸川珠代さんが阪神優勝の感想を福井総裁に聞いた。

・権威がある総裁の本音を引き出すことも、記者の仕事。

 日銀が17年ぶりの利上げに踏み切ったニュースを見ながら、私は、記者時代お世話になった元日銀総裁の福井俊彦さんを思い出しました。福井さんは、前回の利上げを判断した責任者。今と違って、当時は、政府から反対の圧力がかかっていました。それでも実行するのですから、胆力のある方でした。日銀の生え抜きで、プリンスとも呼ばれました。

 私は、総裁就任以前から、富士通総研時代に福井さんの事務所でお話を聞かせていただき、年賀状のやり取りもしていました。見識が高く、しかも、未熟な記者にも懇切丁寧に教えてくれました。しかし、総裁に就任なさると、さすがに会えるのは、総裁の会見場。2003年9月17日。就任半年たっての記者会見。

 私は、テレビ朝日アナウンサーの丸川珠代さんと一緒に、記者席に着きました。丸川さんはその後、参議院議員になりますが、当時は、テレビ朝日経済部で記者修行中でした。その2日前に、阪神タイガースが18年ぶり4度目のセ・リーグ優勝をしました。星野仙一監督は就任2年目での胴上げで、日本中が湧きたっていました。

 丸川さんと私は、入念に質問を考えました。質問テーマは阪神優勝。丸川さんが手を挙げました。

 「総裁は阪神タイガースを非常にご熱心に応援されてきたかと思う。今般、優勝して、その経済効果などもいろいろ試算がなされているほか、関西には、今回のタイガースの優勝が何がしかの心理的な良い影響を経済にも与えて欲しい、与えてくれるのではないか、というような期待があるかと思う。総裁のご感想なり、今後の景気に与える影響への期待があれば伺いたい」。

 それに対して福井さんはこう答えました。

 「やはり成せば成るというか、人間は不可能なことに挑戦する。その実現可能性ということを強く人々の心に訴えたという効果は、非常に大きいと」。

 「私は熱狂的なファンなので、冷静に経済効果を試算することはできないし、参考にならない」。 

 福井総裁の本音を引き出したのです。金融政策の質問ばかりの中、突然、ムードが変わりました。答弁した福井さんは満面の笑みでした。このコメント、多くのテレビ局が繰り返し使いました。

 その後、私はこっぴどく日銀当局や記者クラブの人から叱られました。日銀総裁の会見は権威ある場であり、金融政策に関係ないような質問をしてはいけないというのです。

 しかし、日銀幹部は私に対して、「日銀のイメージチェンジに効果があった。丸川さんに謝意を伝えてください」といいました。

  そうなんです。日銀は、国民生活に大きな影響を与える組織です。権威がある総裁の本音を引き出すことも、記者の仕事なのです。

トップ写真:日銀退任の記者会見を行う福井俊彦総裁。2008年3月19日 東京・中央区  出典:Koichi Kamoshida/Getty Images