"Japan In-depth"[ジャパン・インデプス]

米、生き残ったダークサイド

宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)

宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2020#46

2020年11月9-15日

【まとめ】

・米大統領選の結果はバイデンの勝利ではなくトランプの敗北。

・米の現状「米国社会の分断」ではなく、政治の両極化が進んでいる。

・トランプ氏は善戦、民族主義や差別主義は消えなかった。

今回の選挙はバイデンの勝利ではなく、トランプの敗北だった。同様に、4年前もトランプの勝利ではなく、ヒラリーの敗北だった。これが現時点での筆者の見立てである。オバマ時代のリーマンショックで白人労働者層が怒った。トランプ時代のコロナ禍と人種差別で非白人層が怒った。でも、敗北の真の理由はヒラリーとトランプの弱さだ。

専門家は安易に「米国社会の分断」が進んだなどと言うが、そもそも米国の「分断」は建国前から変わらない。変わりつつあるのは、影響力ある指導的政治家から穏健な保守派と現実的リベラル派が消え、政治の両極化が進んだこと。投票日から一週間経っても「敗北宣言」がないこと自体が米内政の劣化を象徴しているではないか。

今年筆者は敢えて「どちらが勝ちそうだ」とは言っていない。だから、筆者の予想が当たったとか、外れたとかを、云々する気は毛頭ない。これだけの結果が出た以上、今世界は前進するしかないだろう。ただ、トランプ氏が本当の政治家かどうかは、同氏が「敗北宣言」を出すか、出すとしたら、「いつどの段階か」、がポイントになる。

多くの民主党関係者は、トランプ氏がこのまま「敗北宣言」をしない方が長期的に有利だと思っているのではないか。岩盤のトランプ支持層にも暴力的な活動は未だ見られない。何かを準備中なのか、それとも、「勝負あった」と諦めているのか。トランプ人気も意外に脆いかもしれない。どこか「日本の芸能人の人気」に似ているではないか。

▲写真 トランプ氏 出典:Flickr; Gage Skidmore

今、過去数カ月にファイルに溜め込んてきた日本の自称専門家の「米大統領選予測」なるものを再度詳しく読み返している。特に「トランプが絶対勝つ」と公言していた人々は今一体どこへ行ってしまったのか。4年毎に思うことだが、どんな小さなことでも口に出す以上は、最大限の知的正直さと慎重さが求められることを痛感する。

それにしても今回トランプ氏は善戦した。総得票数は伸ばしたし、非白人票も増えている。しかし、逆に言えば、今回の選挙でもトランプ氏を支えた「民族主義、大衆迎合主義、排外主義、差別主義」、筆者がダークサイドと呼んだ、あの醜い政治運動は息の根を止められるどころか、堂々と生き残ったということだ。

詳しくは今週の産経新聞とJapanTimesのコラムをご一読願いたい。

〇アジア

あの世界保健機関(WHO)が9日からオンラインで年次総会を開く。争点の一つは中国が強硬に反対する台湾のオブザーバー参加となりそうだ。多くの関係者が事務局長に台湾のオブザーバー参加を働きかけているというが、中国は徹底的に抵抗するだろう。これを「国際機関の政治化」という。

〇欧州・ロシア

バイデン勝利にロシア政府は沈黙らしいが、ロシア上院国際問題委員長は、「ロシア恐怖症や政治的な動機による制裁の増加を意味する」「絶対的に説得力のある勝者はいない」「バイデン氏が実際に勝利すれば、米同盟国や自由主義国が勢いづき、反ロ的な主張が高まる」と述べたそうだ。プーチンは本当に困っているのだろうか。

▲写真 プーチン大統領 出典:ロシア大統領府

〇中東

イラン大統領が、「米国が国際的な義務を履行し、規則を尊重すべき時が来た」「米国は過去の過ちを償う好機を生かすべきだ」と述べたそうだ。イランのバイデン次期大統領に対する期待の高さが読み取れる。しかし、バイデン氏が簡単にイラン核合意に復帰するかは疑問だ。まずは、イランが如何なる譲歩をするか見極めるだろう。

〇南北アメリカ

「敗軍の将、兵を語らず」というが、今回の米大統領選挙では、どの程度「敗軍の兵が将を語る」かに関心がある。既に、トランプ陣営スタッフのトランプ離れは始まっているようだが、問題は大統領夫人や子供たちの言動だ。筆者がトランプ氏だったら「娘の一言」が決定打になると思うのだが、果たしてイヴァンカは父親に何を語るのか。

〇インド

ハリス次期副大統領の母親は1960年にアメリカに移民したチェンナイ出身のタミル系インド人で、著名な乳癌研究者。父親もジャマイカ出身の経済学者で、両親のDNAはさぞ強力だったに違いない。ちなみに、「カマラ」とはヒンドゥー教の女神の別名で、サンスクリット語の「蓮の女性」に由来するのだそうだ。今週はこのくらいにしておこう。

いつものとおり、この続きは今週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。

トップ写真:バイデン氏 出典:Flickr; Gage Skidmore