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.国際  投稿日:2024/1/17

台湾総統選、アジア国際政治の流れを決める


宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)

宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2024#03

2024年1月15-21日

【まとめ】

・台湾総統・立法院選挙、今後の東アジア地域での国際政治の流れを決める。

・21世紀の台湾では、「第三政党」が躍進しても驚くべきではない。

・「国民党が親中」なのではなく、「馬英九が親中」と考えた方が良いかもしれない。

 

今週の原稿は出張先のホノルルで書いている。今回は当地のシンクタンクPacific Forumが主催するインド太平洋地域の安全保障に関する大きなイベントに参加するためハワイ州にやって来た。明日から始まる会議の模様は来週報告することとし、今週は13日の台湾総統選挙と15日の米アイオワ州共和党党員集会を取り上げる。

まずは台湾から。今回立候補したのは、与党・民進党の頼清徳最大野党・国民党の前新北市長・侯友宜、野党第二党・民衆党の元台北市長・柯文哲の各氏だったが、結果は大方の予想通り、民進党候補が逃げ切った。野党候補一本化の動きも一時あったが、結局一本化構想は失敗し、野党票が割れたことが勝因の一つだろう。

台湾の選挙は「水物」と言われて久しいが、振り返ってみれば、一本化に失敗した時点で民進党勝利は濃厚になったのかもしれない。他方、今回の選挙では幾つか注目すべき現象も見られた。詳細な選挙果分析は出揃っていないが、現時点でのとりあえずの分析を試みよう。

そもそも民主主義では一つの選挙結果がその後の政治の流れを決めることが少なくない。二期目の安倍晋三政権を決定付けた2012年12月の総選挙やトランプ候補を選んだ2016年の米大統領選挙などはその典型例だろう。今回の台湾総統・立法院選挙も、恐らくは、今後の東アジア地域での国際政治の流れを決めるのだろう。

●成熟する台湾の民主主義?

日本主要紙社説は、いずれも台湾民主主義の成熟を評価していたが、今後の取り進め方についての各社の主張は微妙に割れている。

保守系紙は「頼氏の最大の責務は中国から台湾の自由と民主主義を守り抜くこと」(産経)、「習近平政権は台湾で示された民意を尊重し、武力を背景にした威圧的な言動を控えるべし」(読売)などと主張した。

経済専門の日経も「台湾の民主主義には四半世紀超の歴史がある。言論の自由に支えられた公正な政治も存在する。中国はこの現実と台湾社会の変化に目を背けるべきではない」と書いた。

これに対し、リベラル紙は「対中協調路線の国民党の政権返り咲きがさらに遠のいた今こそ、中台は軍事的な緊張を緩和し、対話再開へ踏み出すべき時だ」(朝日)と主張している。

以上は、いずれも選挙前から決まっていたような主張ばかりで新味はない。今回は、同一政党の総統候補が「三期続けて勝利するのは初めて」との指摘もあったが、意味不明だ。中国の圧力の下での民主選挙である以上、当然の結果ではないか。

●中国の選挙干渉は失敗?

今回も中国の対台湾「認知戦」などによる選挙干渉が極めて組織的に行われたようだが、結果的には今回も中国側の工作は失敗した。特に、国民党の馬英九前総統が投票日直前ドイツメディアに「習近平氏を信用するべきだ」と発言したことは大失敗ではなかったか。「贔屓の引き倒し」とは正にこのことである。

日本での台湾関連報道は、なぜか「国民党は親中、民進党は親米」とされがちだが、実態は必ずしもそうではない。国民党はワシントンに事務所を持ち対米関係維持に努めている。「国民党が親中」なのではなく、「馬英九が親中」と考えた方が良いかもしれない。

中国側の失敗は過去にもあった。1996年の最初の総統民選で、中国は台湾海峡にミサイルを撃ち込み、李登輝は勝利した。前回の総統選では香港での治安維持強化措置が逆効果となり、それまで劣勢だった蔡英文が勝利してしまった。

それもあってか、今回中国は極めて慎重だった。派手な動きはせず、フェイクニュースを流したり、非軍事的手段で揺さぶりをかけたりしたが、それでも台湾有権者はあまり動じなかった。中国はもう少しやり方を考えた方が良いのではないかね。

●二大政党時代の終焉?

今回の第三政党・民衆党の躍進は、二大政党時代の終焉を意味するとの見方もある。しかし、民衆党が今回票を伸ばした理由は、台湾経済の伸び悩みと若年層を中心とした将来への不安ではなかったか。

冷戦直後なら「親中か」、「反中か」で世論が二分されても仕方なかろうが、そうした二元論を越え経済・社会が多様化しつつある21世紀の台湾では、多様な社会各層の声を吸い上げる「第三政党」が躍進しても決して驚くべきではないだろう。

最後に、米大統領選・アイオワ州共和党党員集会について一言。トランプ候補は断トツの51%を獲得し圧勝した。躍進が共和党の一部で期待されたヘイリー候補は意外にも3位となり、2位はデサントス候補が確保した。但し、これだけでトランプが今後も「圧勝を続ける」とか、ヘイリーは「終わった」などと即断するのは時期尚早だ。

むしろ、今回CNNを見ていて納得したことが二つある。一つは、デサントスやヘイリーがそれぞれ20%前後得票したものの共和党員は、サントス支持者、ヘイリー支持者を含め、大多数が本選挙ではトランプに投票すると述べていたこと。

もう一つは、アイオワ州のような小規模州での結果だけではいわゆる「無党派」の投票行動を読むことは難しいということ。やはり、トランプが被告・被告人となっている州レベル・連邦レベルの裁判の行方がカギとなりそうだ。いずれにせよ、アイオワだけで11月の本選挙を占うのは、そもそも不可能である。

今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは今週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。

トップ写真:民進党の頼清徳次期総統(左)と副大統領候補の蕭美琴氏が集会で支持者に手を振る(2024年1月13日 台湾・台北)出典:Annabelle Chih/Getty Images




この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表

1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。

2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。

2006年立命館大学客員教授。

2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。

2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)

言語:英語、中国語、アラビア語。

特技:サックス、ベースギター。

趣味:バンド活動。

各種メディアで評論活動。

宮家邦彦

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