血沸き肉踊らない米大統領選、そのわけ
宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)
宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2024#10
2024年3月4-10日
【まとめ】
・今週3月5日は全米15州で予備選挙が同時に行われるSuper Tuesday、トランプ勝利は目に見えている。
・米連邦最高裁は3月4日、コロラド州予備選へのトランプ氏の出馬資格を認めなかった同州最高裁の判断を退け、出馬資格を維持する判断を下した。
・諸悪の根源はバイデン大統領の不人気。普通は楽勝だが、バイデンは「普通」ではない。
今週は3月5日に全米15州で予備選挙が同時に行われるSuper Tuesdayがある。例年なら、米大統領選挙に関心を持つ誰もが(プロもアマチュアも)、文字通り固唾を飲んで一喜一憂する日だ。ところが、今年ばかりは誰も、全くと言って良い程、興奮していない。始まる前からトランプとバイデンの勝利は織り込み済みだからだ。
そんな中、先週2月28日にイリノイ州の裁判所が、今年の同州での大統領選の投票用紙からトランプ氏を除外する判決を下した。コロラド州と同様、合衆国憲法修正14条の「反乱者の禁止」を理由にトランプ氏は「候補者として適格ではない」と判断したようだ。まあ、「そうあって欲しい」という気持ちは分からないでもない。
一方、米連邦最高裁は3月4日、コロラド州予備選へのトランプ氏の出馬資格を認めなかった同州最高裁の判断を退け、出馬資格を維持する判断を下した。判断自体は当然で、連邦の基本システムを州法が変更することは無理。問題は最高裁の判断が「全会一致」だったこと。意見が割れれば、政治的にもっとややこしかったろう。
米大統領選の予備選ツアーは、12日に ジョージア、ミシシッピ、ミズーリ、ワシントン、19日が アリゾナ、フロリダ、イリノイ、カンザス、オハイオ各州となる。これまでヘイリー女史が勝利したのは民主党の牙城である首都ワシントンだけだから、トランプ氏の共和党指名獲得は間違いない。彼女はいつまで走り続けられるのだろうか。
それにしても、今年の大統領選は全く「血沸き肉踊らない」、としか言いようがない。諸悪の根源はバイデン大統領の不人気である。普通なら現職大統領の再選だから、比較的楽勝なのだが、おっとどっこい、バイデンは「普通」ではない。経済も悪くないし、ガザも、国境不法移民も、通常なら問題にはならないのだが・・。困ったことだ。
それよりも、今週筆者が気になったのは、Why Authoritarians Like Saddam Hussein Confound U.S. Presidentsと題したNYTのコラムだ。著者は英エコノミスト誌編集者で、フセイン・元イラク大統領が在職中に残した録音テープなどを含む膨大な未公開史料に基づき、イラク戦争に至る過程を詳述している。
何故これが気になるかって?それは筆者のイラクでの個人的な経験から生まれた疑問だ。当時「イラクが核兵器を保有していないなら、なぜフセインは国連の査察を頑なに拒んだのだろう。査察さえ受け入れていれば、米国のネオコンは対イラク開戦の口実を完全に失っただろうに・・・」と筆者は外務省時代からずっと考えていた。
フセインは単なるバカではない。あまりに誇り高かったから?そんなはずはない。ところがこの問いに答える「アキレスの罠」と題された本が最近米国で出版された。NYTのエッセイはその著者が書いたもので、「イラクは核兵器を持っているというCIAの誤った分析により、米国はイラクに戦争を仕掛けた」という通説を覆すものだ。
フセインは「米国はイランと共謀し、フセイン体制を転覆しようとしている」などと考えていたことが、フセイン肉声の録音テープなどで明らかになったという。筆者にとっては長年の疑問を氷解させる実に興味深いエッセイだったが、これについては今週の産経新聞WorldWatchに書いたので、お時間があればご一読願いたい。
続いては、欧米から見た今週の世界の動きを見ていこう。ここでは海外の各種ニュースレターが取り上げる外交内政イベントの中から興味深いものを筆者が勝手に選んでご紹介している。欧米の外交専門家たちの今週の関心イベントは次の通りだ。
3月4日 月曜日
米韓軍、年次合同軍事訓練Freedom Shield 24を開始
豪・ASEAN首脳会合(6日まで)
3月5日 火曜日
米国でSuper Tuesday予備選
仏大統領、チェコ訪問
3月6日 水曜日
コロンビア全土で反政府抗議運動始まる
ロシア外相、ナイジェリア外相と会談
3月7日 木曜日
米大統領、the State of the Union演説
欧州中央銀行、金利を決定
3月8日 金曜日
トランプ氏、オルバン・ハンガリー首相と会談
アイルランド、男女平等に関する憲法改正の国民投票
3月10日 日曜日
ポルトガル、議会選挙
最後は、いつもの中東・パレスチナ情勢だ。
●イランはイラクとシリアの親イラン武装勢力に対米軍攻撃を行わないよう働き掛けているらしく、最近その種の攻撃はほとんど行われていない
●しかし、イエメンの親イラン武装勢力「アンサールッルラー(フーシー派)」は例外で、彼らが対米、対タンカー攻撃を止める兆候は今のところ見られない
●もうすぐラマダンが始まるが、各国を巻き込んだイスラエルとハマースの一時停戦・人質解放に関する交渉は、残念ながら、思うように進んでいない
●先週は「ハマースが人道的見地から人質を解放することはないので、交渉は成功しない」などと書いたが、ラマダン前に何らかの妥協が図られることを祈りたい
今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは今週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。
トップ写真:フロリダ州パームビーチのマール・ア・ラーゴの図書館で講演する共和党大統領候補のドナルド・トランプ元大統領(2024年3月4日)提供:Alon Skuy/GettyImages
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この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表
1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。
2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。
2006年立命館大学客員教授。
2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。
2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)
言語:英語、中国語、アラビア語。
特技:サックス、ベースギター。
趣味:バンド活動。
各種メディアで評論活動。