"Japan In-depth"[ジャパン・インデプス]

サイバー戦、物理的攻撃の脅威

清谷信一(防衛ジャーナリスト)

「清谷信一の防衛問題の真相」

 【まとめ】

・ネットインフラへの物理的な攻撃は日本経済に深刻な被害をもたらす。

・サイバー攻撃に対する日本の自衛隊の対策は改善する必要がある。

・サイバー戦に関わる憲法解釈や法整備の議論をすべき。

 

サイバー攻撃というと一般にサイバー空間内におけるハッキングや侵入、情報の破壊など電子の世界だけのことと思われがちだ。だが、もっと深刻なのはネットインフラへの物理的な攻撃だ。 

特にIXP(Internet Exchange point:インターネット相互接続点)海底ケーブル陸揚所への攻撃は深刻だ。これらが破壊されれば、国内でネットが使えず、日本は完全に海外から孤立する。

ネット空間状のハッキングなどと異なり問題なのは、インフラが物理的に破壊されてしまえば、容易にリカバリーや復旧ができないことだ。また、すべてのネットユーザーが影響を被る。その間ネットが使用できずに、インフラや株式、金融決済、交通や発電、商取引から通販まで止まってしまう。日本経済や国民生活は戦争に匹敵する多大な損害を受けることになる。無論個人の日常生活も深刻な打撃を受ける。

大規模なIXPは日本には10カ所ほど存在し、その多くが東京近郊に集中している。場所は一応秘匿されているが、専門家によると特定はさほど困難ではないそうだ。これらを特定してドローンや迫撃砲、あるいは弾道弾などで物理的に破壊すれば日本でネットはほぼ使えなくなる。また東京への過度の集中は自然災害などに対してもリスク分散されておらず、危機管理上問題なのは言うまでもない。

ネット空間といっても海外との通信は海底ケーブルを通じておこなっている。日本には海底ケーブル陸揚所も10カ所ほどあるが、千葉県と三重県の2カ所にあるものが突出して大きい。この2カ所の基幹施設が物理的に攻撃を受けて破壊されれば、その被害の復旧は極めて長い期間がかかる。

その間海外との通信は不可能となり、ネット空間は鎖国状態となる。なおこれら海底ケーブル陸揚所の所在地は公開されている。またご丁寧にケーブルの埋設地域には「この下には重要なケーブルが埋まっています」と看板まで立ててある。

繰り返すが、IXPと海底ケーブル陸揚所が物理的に破壊されれば、日本が受ける打撃は相当深刻であり、莫大な国富が一瞬にして吹き飛ぶ。

恐ろしいことにこれらの施設は警察や自衛隊が守っているわけではない。民間のガードマン程度では敵の特殊部隊や工作員の部隊が攻撃すればあっという間に制圧、破壊される。ドローンや迫撃砲による攻撃も同様だ。

また、中国などとの戦時となった場合、確実に弾道弾の攻撃目標になっているだろう。通常弾頭の弾道弾によるこれらの施設の攻撃ならば、人的被害は極限されて、敵国は自衛隊や米軍基地を攻撃するよりも国際社会からの批判も抑えることができる。

防衛省は、来年度もサイバー関連の予算や人員を大幅に増やす予定だ。660人程度だった自衛隊全体のサイバー関連人員を23年度までに1000人を超す規模に拡大する。またNTTなど民間企業の人材も採用して、中国やロシアなどによる攻撃の技術向上に対抗する。

▲写真 高度化・巧妙化するサイバー攻撃に対応するサイバー防衛隊員(令和2年度防衛白書) 出典:防衛省

だが、自衛隊が守るのは自衛隊のシステムだけであり、民間や他の官庁含めて、公的なインフラを対象とはしていない。例えば、防衛関連企業や、金融機関、港湾や空港などのサイバーセキュリティに関与はしていない。当然ながら本稿で問題にしているネットインフラの物理的な防衛もやる気はない。しかもこれらのアセットが攻撃されても自衛隊は報復をしない。これは他国の軍隊のサイバー部隊とは大きな違いだ。

通常の自衛隊の戦力は、戦闘機部隊にしろ、戦車部隊にしろ、護衛艦隊にしろ、日本の領土・領空・領海、国民の命や財産を守るために存在する。サイバー戦に関しても、守るのは自衛隊だけだ。これは極めていびつである。

繰り返すが、自衛隊はIXPや海底ケーブル陸揚所、更には発電所や金融機関などのシステム、インフラをサイバー攻撃から守るつもりはない。これは仮想敵国に対して、民間インフラを攻撃してくださいといっているようなものだ。

実際に、北朝鮮や中国の軍関係のハッカーが日本の民間企業にも攻撃を加えている。そもそもサイバー戦において相手がアマチュアなのか、公的機関なのか、軍の部隊なのかの判別をつけるのは極めて難しい。そしてそれらの攻撃に対する報復手段はないので、抑止が効かずに、野放し状態だといってもいいだろう。

そもそも自衛隊のサイバー部隊には問題が多い。まず諸外国に⽐べ、圧倒的に数が少ない。能力も低い。そして実戦経験に乏しい。これは、基本的には攻撃が禁じられていることが大きい。このためサイバー戦で主導権を持てない。仮に有事には超法規措置でその縛りが解けるとしても、その段階になって情報収集していては間に合わない。現状では、自衛隊の野外通信システムなどの防護すら十分ではない。

昨今の戦争は昔の武力のみの衝突だけではなく、ハイブリッド戦争と呼ばれており、サイバー戦、謀略、軍事会社や民間の活用などさまざまな手段が使用される。そして火力を使う以前に勝敗が決していることが少なくない。

自衛隊のサイバー部隊は、防衛省・衛隊だけを守るが、民間の通信・物流・電などのインフラを守らないと公言しているのだから、当然敵国はサイバー攻撃を重視してくるだろう。これらの社会インフラが麻痺すれば⾃衛隊の⾏動の基盤も大きく阻害される。自衛隊の通信や、補給、整備などは大きく民間に頼っているからだ。

防衛省は極論すれば火星人やゴジラの襲来よりはちょっと高い、敵の連隊単位の機甲部隊の揚陸に備えて、未だに多くの戦車や火砲を維持している。このために使いもしないであろう「火の出るおもちゃ」を、多額の費用を掛けて整備、維持している。

一方で、現代の戦争や戦闘の大きなポーションを占めるハイブリッド戦、特にサイバー戦に対する備えはあまりにも無頓着だ。例えば、陸上自衛隊の戦車や火砲と敵の大規模着上陸作戦を想定した装備や部隊は思い切って削減し、サイバー戦に資源を向けるべきだ。そのためには、ネット上でも物理的にも情報アセットを防衛する手段を構築すべきだ。

また、サイバー戦に関する法整備や憲法解釈も整備すべきだ。日本国憲法制定時にはサイバー戦は存在していなかった。憲法のいう「交戦」にこれが当たると解釈するならば、自衛隊は一切のサイバー戦を戦えない。サイバー戦における「交戦」は憲法のいうところの「交戦」ではないときちんと理論武装すべきだ。

そのうえで、サイバー戦においての敵攻撃や民間インフラの防衛を自衛隊がおこなうために必要な法整備を進めるべきだ。

トップ写真 出典:GettyImages / Yuichiro Chino