他国の10倍の価格の防弾板で調達が進まぬ陸自最新型防弾ベスト
清谷信一(防衛ジャーナリスト)
【まとめ】
・危機管理産業展にて防衛省は陸自の最新型個人装備である18式防弾ベストを展示。
・着用時の不快感、法外な単価による調達数の少なさからベストの普及は進まず。
・開発、調達能力を抜本的に改善する必要がある。
■倍増する防衛予算の使い道
政府与党は2021年の衆議院選挙において、防衛費をそれまでのGDP比1%から2%に倍増することを公約に掲げた。岸田政権はそのため防衛力整備計画で本年度からの5年間で43兆円、年平均8.6兆円の防衛費を確保するとしている。
果たしてその倍増した防衛予算は適切に使われるのだろうか。筆者は大変悲観的に見ている。防衛省、特に防衛装備庁と陸上幕僚監部(陸幕)は装備調達の開発と調達の当事者としては失格レベルだ。恐らく増額された予算で国防が適切に強化されないだろう。予算を増やすことで、コスト意識が薄れて不要な装備を買うなど害の方が大きくなるのではないか。
■危機管理産業展で展示された欠陥ばかりの18式防弾ベスト
本年10月11~13日に行われたにビッグサイトで開催された危機管理産業展において、防衛省は陸自の最新型の個人装備である18式防弾ベストを展示した。だがこれは調達単価がべらぼうに高く、諸外国からみれば欠陥品だった。
18式は砲弾の破片などから身を守る、防弾繊維が入ったソフト・アーマーとその上に、小銃弾などから身を守るための防弾板が装備されたプレート・キャリアとからなっている。ソフト・アーマーでは小銃弾は防げないからだ。
だが、このプレート・キャリアは他国の軍隊のもののように、単体では使用できない。自衛隊以外の軍隊ではプレート・キャリアは単体で装着して使用する。基本的に任務に合わせて複数の種類の防弾ベストを使い分ける。
18式はソフト・アーマーに防弾版を装着すると17キロ前後になるので、下車歩兵は重量が過多で動きが鈍くなる上に、体力の消耗が激しくなる。近年の個人装備は50キロ以上にもなるので、どこの軍隊もその負担軽減に力を入れている。
またソフト・アーマーは体を覆う面積も大きいので熱中症にもなりやすい。このため他国では胴体のバイタルパートだけを防護するプレート・キャリアのみを装着して戦うことが少なくない。これはアフガニスタンやイラクなどの戦訓が影響しており、現在ではプレート・キャリアは先進国だけではなく途上国でも普及している。
だが陸自だけはその例外であり続けた。だが、自分たちだけ例外であり続けることに何の疑問も持って来なかったようだ。陸自は米軍だけではなく英仏豪など他国とも共同演習を行っているが、他国の軍隊がプレート・キャリアを使用しているなか、自分たちが重たい現用の防弾チョッキ、3型改を使用しており、それに何の疑問を感じて来なかった。共同訓練から学ぶ意識があったのだろうか。
筆者は陸幕に18式に関する取材をおこなった。その際に18式は2014年度から開発が行われ、当時はソフト・アーマーにプレートを装着したものが主流だった、と説明を受けた。だが当時でもボディ・アーマーの過重が既に問題となっており、米軍でも2009年「不朽の自由作戦」から、従来のボディアーマと組み合わせて使う、約10キロと軽量な「SPCS(Soldier Plate Carrier System)」を導入しており、2021年から更に進化したな「MSV(Modular Scalable Vest)」が配備されている。
英陸軍は2015年に歩兵個人装備の一新を開始した。これはボディ・アーマー、プレート・キャリアだけではなく、ヘルメット、バックパック、ポーチ類など50以上のアイテムからなっている。英国防省3年間で27,000セットを調達、初年度である2014年度は14,000セットを調達、更にオプションで10年間に90,000セットを調達する計画であった。
写真)DSEIで展示された英陸軍が2025年から導入する個人装備 筆者提供)
写真)DSEIで展示された英陸軍の現用個人装備もプレートキャリアを装備している 筆者提供)
これらの事実から開発当時既に、プレート・キャリアの普及は進んでいたと言って良い。単に陸幕が世界趨勢を理解していなかったと言ってよいだろう。
開発から採用まで9年もかかるのはスローモー過ぎる。開発完了時には旧式化している。またその時の現用装備と同じものを開発するのではなく、将来を見越して開発するものだ。そのような能力が装備庁にも陸幕にも欠如している。
自衛隊は国産装備開発の理由に「我が国独自の環境に適したものが必要」と枕詞をつけるが、夏場は気温が40度前後になり、高温多湿な気候は「我が国独自の環境に適したものが必要」ではないのか。確かに18式にはソフト・アーマーのクッションが取り外し式となっていたり、随所にヒートマネジメントに基づいた工夫されている。だが17キロの重量は下車歩兵に過大だし、体を覆う部分が多く、熱がこもるのは防げない。他国のようにプレート・キャリア単体で使うという発想が出ないのが不思議だ。
18式でソフト・アーマーとプレート・キャリアを分離したのは、被弾時に脱がせ易くするためだ。そしてソフト・アーマーもまた単体では使用できない。胴体部はプレート・キャリアを装着するためのベルクロテープだけなので、弾倉入れなどのポーチなどの装備が装着できない。例えば、敵の銃弾が飛んでこないエリアで活動する特科(砲兵)部隊ならば砲弾の破片から身を守るソフト・アーマーだけでもいいはずだ。これに関しては今後装着できるシステムを追加すること検討しているとのことだ。だがそれは、当初開発から想定しておくべきことだ。
写真)ソフトアーマーにポーチなどが装着できない 筆者提供)
写真)ソフトアーマー前部には取り外し式のパットが装備されている 筆者提供)
写真)プレートキャリア部分にはクッションがない。
筆者提供)
■法外な単価で防弾版の普及進まず
もう一つの問題が防弾板の価格である。問題はその価格だ。18式防弾ベスト1式の調達単価は3,630,800円(令和5年度調達実績)、ソフト・アーマー及びプレート・キャリア:220,800円、防弾版:3,410,000円(胸部×1、背部×1、脇部×2、下腹部×1、上腕部×2)となっている。
この防弾板は約340万円という単価は諸外国のものの約10倍である。どこの国の軍隊でも国内産業保護は考慮しているが、一桁も高いものを導入する胡乱な軍隊は存在しない。陸自は火器などでも一桁高いもの平然と調達するので、感覚が麻痺しているのではないか。因みにその他のコンポーネントは概ね諸外国の2~3倍程度である。
この法外な単価のせいで、18式の調達は非常に遅く、歪なものとなるだろう。毎年の調達数が少ない上に、更に防弾板がほとんど調達されないだろう。本年度予算には8千セットが27億円で要求されているが、防弾板のセットはその予算内で僅か100セット、8千セット中の僅か、1.25パーセント分しか調達されていない。
現用の防弾チョッキ3型改でも本来装備されているはずの防弾板がほとんど支給されていない。1個中隊でわずか数セットしかない。これまた防弾板の価格が高価だったからだ。それが揃わないうちに18式の導入が開始されたということは防弾チョッキ3型改の調達は失敗に終わったということだ。装備開発に置いては価格のコントロールは必要不可欠だ。価格も性能の一部である。
陸幕は防弾チョッキ3型改の調達の失敗を「失敗」だと思っていなかったのだろう。だから18式でも同じ間違いを犯している。18式の単価は3型改の約3倍であり、より調達が遅延することが予想される。陸幕ではプレートの調達を再考し、輸入も含めて調達コストを低減するという。
陸幕にはそもそも何年で18式を全部隊の必要数調達するという計画が存在しない。これは軍隊ではあり得ないことだ。更新が長引けば、各部隊でバラバラの装備をすることになり、戦力の見積もりはもちろん、訓練や兵站でも負担が増える。
本来軍隊ではこのような個人装備は全キットを揃えて部隊ごとに、支給していく。例えば5年で全部更新する。このような計画が陸幕には存在しない。新装備を導入して戦力の維持強化を図るのではなく、新装備導入自体が目的している。調達計画が存在しないということは当事者能力が欠如しているということだ。
もうひとつ問題なのは教範(運用マニュアル)が存在しないことだ。簡単な取り扱い説明書しか配布されていない。つまり、どのような任務やその脅威度によってプレート・キャリア部分を分離して使用するのか、どのプレートを装着しないか、などといった運用が示されていない。各部隊では部隊ごとに使い方を研究して決めないといけない。当然全部隊ではバラバラな運用になる。これでは軍隊ではなく山賊、軍閥の類である。これに関しては今後縛りの多い教範を作るのではなく、運用も含めて説明書での充実を図るそうである。
■抜本的に改善必要、装備庁や陸幕の開発指導能力・調達能力
装備庁や陸幕は世界で行われて軍事見本市にデリゲーションを送って視察をし、陸上自衛隊教育訓練研究本部隷下の開発実験団では外国装備のサンプルを調達して、調査や実験を行っている。それでいて、なぜこのような胡乱で非常識に高価な装備を、調達計画もないまま導入し、使い方すら部隊に丸投げなどとしているか、不思議でならない。
陸幕があてにならないためか、中央即応連隊では独自に外国製のプレート・キャリアの調達を考えているようだ。彼らは海外に邦人保護など「実戦」に派遣される可能性が高いから、それだけ危機感をもっているのだろう。
冒頭で紹介した危機管理産業展の展示も広報上大変問題があった。新型鉄帽も、コンバットシャツも、ベストに装着して使うベルトパッドやマガジンポーチなどのポーチ類さえなかった。防弾板は前後に装着する2枚が装備されていた。マガジンポーチは隊員の私物であろう、中国製のサバゲ用のものが装着されていた。展示を担当していた中央即応連隊の隊員によれば、これらの装備は部隊に未配備とのことだった。
写真)支給品のマガジンポーチがなく私物を使用した模様 筆者提供)
18式のマガジンポーチは、筆者はその後の取材で見分したが弾倉を取り出し易い独自の工夫もされており、このようなものこそ公開すべきだった。
写真)新型のマガジンポーチ 筆者提供)
防衛省が陸自の最新個人装備でございと、展示しているのにセットのコンポーネントが欠品だらけで、戦争ゴッコで使う中国製装備を展示に使用していたのだ。広報という面でも大変問題だ。対して英国防省と陸軍は9月に行われた見本市、DSEIにおいて2025年から採用される新型歩兵装備と比較のための現用装備をフルセットで展示していた。
装備庁や陸幕の開発指導能力、調達能力は失格レベルと言わざるを得ない。より高度で複雑な装甲車両や航空機の開発、調達能力がどのレベルか察しがつくだろう。このような当事者意識のない組織に何倍もの予算を与えれば、無駄遣いがより激しくなるだろう。優先するべきは防衛費の増大よりも防衛費の使い方、効率化の改革だ。開発、調達能力を抜本的に改善する必要がある。
トップ写真:18式個人装備 筆者提供)
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この記事を書いた人
清谷信一防衛ジャーナリスト
防衛ジャーナリスト、作家。1962年生。東海大学工学部卒。軍事関係の専門誌を中心に、総合誌や経済誌、新聞、テレビなどにも寄稿、出演、コメントを行う。08年まで英防衛専門誌ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー(Jane’s Defence Weekly) 日本特派員。香港を拠点とするカナダの民間軍事研究機関「Kanwa Information Center 」上級顧問。執筆記事はコチラ。
・日本ペンクラブ会員
・東京防衛航空宇宙時評 発行人(Tokyo Defence & Aerospace Review)http://www.tokyo-dar.com/
・European Securty Defence 日本特派員
<著作>
●国防の死角(PHP)
●専守防衛 日本を支配する幻想(祥伝社新書)
●防衛破綻「ガラパゴス化」する自衛隊装備(中公新書ラクレ)
●ル・オタク フランスおたく物語(講談社文庫)
●自衛隊、そして日本の非常識(河出書房新社)
●弱者のための喧嘩術(幻冬舎、アウトロー文庫)
●こんな自衛隊に誰がした!―戦えない「軍隊」を徹底解剖(廣済堂)
●不思議の国の自衛隊―誰がための自衛隊なのか!?(KKベストセラーズ)
●Le OTAKU―フランスおたく(KKベストセラーズ)
など、多数。
<共著>
●軍事を知らずして平和を語るな・石破 茂(KKベストセラーズ)
●すぐわかる国防学 ・林 信吾(角川書店)
●アメリカの落日―「戦争と正義」の正体・日下 公人(廣済堂)
●ポスト団塊世代の日本再建計画・林 信吾(中央公論)
●世界の戦闘機・攻撃機カタログ・日本兵器研究会(三修社)
●現代戦車のテクノロジー ・日本兵器研究会 (三修社)
●間違いだらけの自衛隊兵器カタログ・日本兵器研究会(三修社)
●達人のロンドン案内 ・林 信吾、宮原 克美、友成 純一(徳間書店)
●真・大東亜戦争(全17巻)・林信吾(KKベストセラーズ)
●熱砂の旭日旗―パレスチナ挺身作戦(全2巻)・林信吾(経済界)
その他多数。
<監訳>
●ボーイングvsエアバス―旅客機メーカーの栄光と挫折・マシュー・リーン(三修社)
●SASセキュリティ・ハンドブック・アンドルー ケイン、ネイル ハンソン(原書房)
●太平洋大戦争―開戦16年前に書かれた驚異の架空戦記・H.C. バイウォーター(コスミックインターナショナル)
- ゲーム・シナリオ -
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●現代大戦略2005〜護国の盾・イージス艦隊〜(システムソフト・アルファー)