陸自の広帯域多目的無線機は使えない(上)
清谷信一(防衛ジャーナリスト)
【まとめ】
・広帯域多目的無線機(コータム)は、データや動画送れず軍用として致命的。
・総務省が防衛省に割り当てている電波の周波数帯は軍用無線に適していない。
・陸自の無線機は通じない、充足率が低い。東日本大震災への対応でも露呈。
陸上自衛隊では部隊での通信端末として広帯域多目的無線機(略称:広多無(コータム))が採用されている。NECが開発していたソフトウェア無線技術が採用されており、波数帯域としてはHF・VHF・UHFに対応し、また音声通信とデータ通信の同時利用が可能となっている。所要のソフトウェアを使用することで、3自衛隊間およびその他の部外関係機関との直接通信が可能となっている。
だがコータムは性能と使い勝手に大変問題がある。それを防衛省も陸上自衛隊幕僚監部も認めようとしない。
総務省が防衛省に割り当てている電波の周波数帯は軍用無線に適しておらず、コータムは現代の無線機としてはアナログ、デジタルともに変調方式が大変遅く、伝送速度はVHFで約1kbpsでしかない。音声やメール、静止画像をおくるのが精一杯である。他国のようにデータや動画を送ることはできない。
対して、HFデジタル通信の世界標準は128kpbsである。現在、米軍が使用しているUHF/VHF無線機は5G通信であり、10Gbpsである。これはネットワーク化が進む現代の軍隊では致命的な欠陥である。
2020年1月の河野太郎防衛大臣(当時)の記者会見で筆者がコータムの性能にかかる問題についての質問をしたところ、その回答として河野大臣は陸自に同年7月13日、プレス向けのパフォーマンスを行わせた。だが、これは「ぜったい通じる」ように設定で実施したプロパガンダのための「見世物」だった。
会計検査院はコータムの性能不良改善のための改修を防衛省に勧告したが、2018年度の段階で1万9,357台中、ほぼ6割が未改修で放置されている。河野大臣の「パフォーマンス」の時点でも大した差はなかったろう。こんな茶番をやるくらいならば、欧米の主要無線機と実際に演習で性能を比較し、それを大臣に報告させればよかった。また大臣ならばそのような命令を出すべきだった。このパフォーマンスによって河野太郎大臣はコータムの性能にお墨付きを与えてしまったことは大変問題だ。河野大臣が正しく問題を認識して、調査と改善を命じていたらコータムの問題が解決していたかもしれない。大変残念である。
この件に関して筆者はその後も何度か大臣会見で質問したが、歴代大臣は答えられず、それに対する本年(2023年)4月防衛省の回答は次の通りだ。
「陸上自衛隊の広帯域多目的無線機は、陸上自衛隊の使用目的や運用ニーズを踏まえて開発を行ったもので、音声通信や動画の送受信に加え、メールの送受信、位置の把握、状況図の共有、部隊等の位置の共有、緊急性の高い状況の発信・受信などのデータ通信を行う機能を備えています。
広帯域多目的無線機は、平成24年度以降逐次整備してきたところですが、能力向上のための改修も逐次実施しています。引き続き、部隊運用に万全を期すとともに、今後、技術の進展を踏まえた対応についても検討することとしています」。
つまり問題は全くない、ということだ。そうであれば、なぜ会計検査院から指摘されたのか。実は陸自の無線機が通じないというのは昔からだった。それはそもそも総務省が割り当てている、無線の周波数帯が軍用に適していないことが大きい。筆者は長年それを指摘してきた。演習ですら、無線が通じずに、隊員の個人の携帯電話がないと演習ができないという有様だった。これは多くの隊員が首肯するところだろう。
その警告は2011年に発生した東日本大震災という「実戦」で明らかになったことを筆者は過去何度も報じた。だが多くのメディアは自衛隊の活躍の「美談」報道に終始してこの事実を報じなかった。
陸自の無線が通じなかったのにはいくつか理由がある。世代が異なる無線機で通信できないことが多発した。そもそも無線機の充足率が足りずに「なかった」部隊もあった。これが演習であれば他の部隊から借りて来ればなんとかなったが、陸自のほぼ総力出動となったこの震災では不可能だった。
だが最大の問題は陸自の無線機が軍用戦術無線機に適さない周波数帯を割り当てられていることだろう。通信は「軍隊」の神経組織だ。それを陸自は長年軽視してきたのだった。震災後、さすがに無線が通じなかったことは問題となり、調査も行われたが、周波数帯の問題は放置されて、開発中だったコータムがそのまま採用された。
▲画像 広帯域多目的無線機 試作品概念図 出典:防衛省技術研究本部 「新野外通信システム」外部評価報告書(2011年12月20日)
先述のように筆者はこの件に関して防衛省に問い質し、情報通信課から周波数帯についてなんの問題もないと説明を受けた。だが常識的に考えても他国の使用する周波数帯から外れた特性が全く異なる周波数帯でなんの問題もないはずがないのは子供にでもわかる理屈だろう。
本来軍用装備はその任務に適した周波数帯を採用する。それと異なる周波数帯を使って全く問題ないというのであれば魔法でも使うしかない。だがそれは不可能だ。例えばドローンだが海外では5.8〜2.4GHzの範囲で自由な運用が認められている。
自衛隊は海外のメーカーが使用している5GHz帯を使用できず、2.4GHz帯を使用せざるを得ない。このため陸自が採用したボーイング社のスキャンイーグルも仕様を5GHzから2.4GHzに変更されている。だが慶応大学SFC研究所の部谷直亮上席研究員がWEGDEに寄稿した「『有事』に無力な日本の電波法ドローン活用に必要な覚悟」では以下のように述べられている。
「米軍が運用する米国製ドローン『Skydio2+』の通信距離は最大6キロメートルとされるが、これを日本の電波法に適した形で運用するとたった300メートル程度しか飛行できなくなってしまう」。また対ドローン機材を扱う企業の社長の言葉として「電波法の出力規制によって、対ドローン機材の有効射程距離は100メートル程度にまで低下する」という証言も紹介している。
しかも外国製品を日本仕様にすることで、そのための検証も必要となり余計なコストがかかる。このため取得価格も高くなる。
しかしにもかからず、情報通信課はそれでも周波数帯の問題はないと主張している。防衛省の筆者に対する回答は以下の通りだ。
「防衛省・自衛隊としては、無線機やレーダー等の電波を利用する装備品について、必要となる周波数を確保した上で使用しています。無人機について、我が国では、民間で使用されている無人機の周波数帯として、例えば2.4ギガヘルツ帯や5.7ギガヘルツ帯等が割り当てられていると承知していますが、自衛隊は、それら2.4ギガヘルツ帯等の周波数帯にとらわれることなく、任務や活動の目的に応じ、無人機の能力を適切に発揮するために必要な周波数を確保しています。そのため、使用する周波数が原因で、無人機の性能が適切に発揮されないといったことはありません。
また、海外製の無人機を導入する場合も、例えば、機体の能力を発揮することが可能であること、自衛隊の他の装備品に電波干渉が生じないことなどを勘案して周波数を設定し、総務省の承認を得ており、本来の性能を落として運用しているという事実はありません。
現行制度の下、自衛隊は必要な電波を確保してきましたが、先般閣議決定された国家防衛戦略では、『隊が安定的かつ柔軟な電波利用を確保できるよう、関係省庁と緊密に連携する』と新たに記載されました。防衛省としては、国家防衛戦略に基づき、総務省との連携を更に強化して自衛隊に必要な電波の確保を進めてまいります」。
典型的な防衛省は無謬という官僚作文だ。問題がないならば、防衛三文書で見直しの明言は必要ないはずだが、この矛盾を無視している。防衛省は他省庁との協議や法改正を嫌うので、「寝た子を起こさない」ための「大本営発表」をしているのだろう。これは防衛庁時代からの習性が抜けないためだろう。防衛庁は内閣府の外局であり、単に自衛隊を管理監督する官庁に過ぎなかった。だが防衛省に格上げされたということは、他の中央省庁と同様に法改正を含む政策を立案する官庁になったはずだ。だが意識は相変わらず防衛庁のままだ。
穿った見方をすれば外国が使っている得意な周波数帯を維持すれば、これを非関税障壁として外国製の無線機を排除できる。どんなに外国製無線機の性能がよくとも、周波数帯を理由に撥ねることができる。そうであれば自動的に国内メーカーに仕事が落ちてくる。そのような非関税障壁を取り払いたくないのだろう。これでは国内メーカーの研究開発は性能・品質の向上、コスト低減などのインセンティブは生まれまい。
(下に続く)
トップ写真:河野太郎防衛大臣(当時)の指示により、陸自がプレス向けに行ったデモで展示された広帯域多目的無線機(コータム)(2020年7月13日)。写真提供:清谷信一氏
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この記事を書いた人
清谷信一防衛ジャーナリスト
防衛ジャーナリスト、作家。1962年生。東海大学工学部卒。軍事関係の専門誌を中心に、総合誌や経済誌、新聞、テレビなどにも寄稿、出演、コメントを行う。08年まで英防衛専門誌ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー(Jane’s Defence Weekly) 日本特派員。香港を拠点とするカナダの民間軍事研究機関「Kanwa Information Center 」上級顧問。執筆記事はコチラ。
・日本ペンクラブ会員
・東京防衛航空宇宙時評 発行人(Tokyo Defence & Aerospace Review)http://www.tokyo-dar.com/
・European Securty Defence 日本特派員
<著作>
●国防の死角(PHP)
●専守防衛 日本を支配する幻想(祥伝社新書)
●防衛破綻「ガラパゴス化」する自衛隊装備(中公新書ラクレ)
●ル・オタク フランスおたく物語(講談社文庫)
●自衛隊、そして日本の非常識(河出書房新社)
●弱者のための喧嘩術(幻冬舎、アウトロー文庫)
●こんな自衛隊に誰がした!―戦えない「軍隊」を徹底解剖(廣済堂)
●不思議の国の自衛隊―誰がための自衛隊なのか!?(KKベストセラーズ)
●Le OTAKU―フランスおたく(KKベストセラーズ)
など、多数。
<共著>
●軍事を知らずして平和を語るな・石破 茂(KKベストセラーズ)
●すぐわかる国防学 ・林 信吾(角川書店)
●アメリカの落日―「戦争と正義」の正体・日下 公人(廣済堂)
●ポスト団塊世代の日本再建計画・林 信吾(中央公論)
●世界の戦闘機・攻撃機カタログ・日本兵器研究会(三修社)
●現代戦車のテクノロジー ・日本兵器研究会 (三修社)
●間違いだらけの自衛隊兵器カタログ・日本兵器研究会(三修社)
●達人のロンドン案内 ・林 信吾、宮原 克美、友成 純一(徳間書店)
●真・大東亜戦争(全17巻)・林信吾(KKベストセラーズ)
●熱砂の旭日旗―パレスチナ挺身作戦(全2巻)・林信吾(経済界)
その他多数。
<監訳>
●ボーイングvsエアバス―旅客機メーカーの栄光と挫折・マシュー・リーン(三修社)
●SASセキュリティ・ハンドブック・アンドルー ケイン、ネイル ハンソン(原書房)
●太平洋大戦争―開戦16年前に書かれた驚異の架空戦記・H.C. バイウォーター(コスミックインターナショナル)
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