"Japan In-depth"[ジャパン・インデプス]

コーリン・パウエル元米国務長官逝去

宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)

「宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2020#42」

2021年10月18-24日

【まとめ】

中国、台湾で百十周年の記念演説が行われた。

・米国軍事・外交官のコーリン・パウエル元国務長官が逝去。

・米議会内で対台湾「曖昧戦略」の変更を求める声が超党派で広がる。

 

衆議院議員選挙が公示された。日本の報道が選挙中心になることは仕方ないとしても、国際情勢は日本を待ってはくれない。岸田文雄内閣発足から2週間経ったが、日本の周辺では様々な報道や情報が飛び交った。例えばこんな具合だ。

10月1-5日、延べ約150機の中国軍機が台湾の防空識別圏に進入した。

6日、台湾国防部長が「中国は2025年までに完全な台湾侵攻能力を持つ」と証言。

8日付WSJは、「米軍の特殊作戦部隊と海兵隊の小部隊が極秘に台湾に派遣され、少なくとも一年前から台湾軍の訓練に当たっている」と報じた。

9日、習近平国家主席が辛亥革命百十周年で記念演説を行った。

10日、蔡英文総統が国慶節百十周年で記念演説を行った。

14-15日、米軍の駆逐艦とカナダ軍のフリゲート艦が共同で台湾海峡を通過した。

いずれも重要なニュースだが、筆者個人的に最も衝撃が大きかったのはコーリン・パウエル元国務長官の逝去だった。丁度本稿執筆中に第一報が入ってきた。筆者はこの偉大な米国軍人・外交官と直接話した記憶はないが、同長官の逝去は決して他人事ではない。同長官の子息マイク・パウエルを個人的に良く知っているからだ。

1987年にマイクは米陸軍でドイツ駐留中にアウトバーンでの訓練中の事故で大怪我を負い、回復してから国防総省の日本課(昔は上げ底で日本部などと呼んでいたが、当時は課長と課長補佐の二人しかいなかった)の課長補佐になっていたと記憶する。当時からマイクは超優秀。さすがはパウエル将軍の息子、と思ったものだ。

それはともかく、パウエル将軍が経験した三つの大戦争のうち、二つは筆者も(従軍ではないが)関与したことがある。一つ目は湾岸戦争で、サウジアラビアに50万の多国籍軍を終結させるなど、ベトナム戦争での教訓から学んだ「戦争の定石」を見事に実行した戦争だった。そこで日本は「物資協力」で米中央軍を間接支援した。

二つ目はイラク戦争だ。あれはチェイニー副大統領、ラムスフェルド国防長官が主導し大失敗した戦争だったが、そこでパウエル国務長官は恐らく生涯悔やんだに違いない猿芝居を演じさせられた。もしパウエル将軍が副大統領だったら、イラク戦争はなかったか、それともラムスフェルド国防長官と骨肉の争いになったかもしれない。

あのパウエル将軍が亡くなった。彼は古き良き共和党の良識を代表する政治家だったが、晩年はその共和党に支持すべき政治家がいなくなってしまった。大統領選で共和党のはずのパウエル元長官がオバマ候補を支援し、民主党の党大会でバイデン候補のために演説をするなんて。心からご冥福をお祈りしたい。

さて、話を中国・台湾に戻そう。今週の産経新聞と日経ビジネスのコラムでは、中台両首脳による演説の比較と、ワシントンでの対台湾「曖昧戦略」に関する議論について詳しく書いたので、ご一読願いたい。前者では筆者の愛読する某有力日刊紙の記事が如何に先入観と事実誤認に基づいて書かれているかについて書いた。

一方、後者では米議会内で伝統的「曖昧戦略」の変更を求める声が超党派で広がりつつあるが、果たしてそうした声がコンセンサスになることが米中関係にとって良いことなのかにつきやや批判的に分析している。この点は日本の安全保障にも直結する大問題だと思うのだが、日本のマスコミの反応は悲しくなるほど鈍い。

なお今週の外交安保TVは筑波大学の東野篤子准教授をお招きし、中東欧地域と中国の関係などについて存分に語ってもらった。自分で言うのも何だが、筆者にとっても、目から鱗の話が多く、大変勉強になった。お時間のある向きは、ちょっと覗いてみてほしい。

今週は時間の関係でこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは来週のキャノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。

トップ画像:ワシントンDCで講演する、コーリン・パウエル元国務長官(2009年1月9日)出典:Photo by Brendan Smialowski/Getty Images