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.国際  投稿日:2022/11/16

米中首脳会談、具体的関係改善なし


宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)

「宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2022#45」

2022年11月14-20日

【まとめ】

・東南アジアで多国間首脳会議が行われた。世界のメディアが最も関心を持ったのは米中首脳会談。

・米中文書を読む限り、唯一「台湾独立」が中国にとってレッドラインであることは間違いなさそうだ。

・今回は「目立った合意がなく、具体的な関係改善もなく、もしかしたら悪化しつつある米中関係の更なる悪化を回避できただけ」かもしれない。

 

今週は東南アジアで多国間首脳会議が目白押しだった。日本では日韓、日中も関心が高いが、世界のメディアが最も関心を持ったのは恐らく米中首脳会談だ。確か3年振りぐらいの対面会談だが、習近平とは以前何度も会談しているものの、バイデンにとっては大統領就任後初の米中首脳会談なのだから、まあ当然だろう。

今回執筆が遅れたのは、物理的に書く時間がなかったからである。言い訳になるだけだが、米中会談が始まったのは14日日本時間1830。2100からテレビ生出演があり、バイデンの記者会見が2230過ぎに始まり、その後に既に締め切りを過ぎていた産経新聞コラムをようやく書き始め、書き終えたのは翌15日0230だった。

15日は15日で、朝飯に続いてテレビ出演が3つあり、帰宅したのは何と2250。有難い話ではあるし、基本的にはどの番組でも米中、日韓、ウクライナがトピックだったので何とかなったが、終わって間もない首脳会談についてまともなコメントができるか否かを試されたような一日だった。体力的には限界、当然そのまま爆睡した。

こうした経験もあり、今週の産経新聞のコラムでは、米中首脳会談の「内容」そのものよりも、「首脳会談終了後短期間でそこそこのコメントをするためのテクニック」について書いた。ご関心ある向きはご一読願いたい。という訳で今回の外交安保カレンダーでは産経新聞で書けなかった米中会談の深読みについて書こう(今回は時間の関係で和訳できなかった部分があることを予めお詫び申し上げる)。

産経コラムに書いた通り、日本政府関係者でも米側からの正式デブリーフ(事後説明)がないと詳細は分からないので、当面は公式発表を信じるしかない。米側の対外発表が「最も機微かつ重要な部分を除けば概ね公表される」のに対し、中国側は「ちょっと重要な部分でも公表文から削除される」ことが多いので実に困ってしまう。

この点は今回も同様。以下は、米中の公表文の一部を再録し、個々の興味深い部分には筆者が独断と偏見のコメントを加えている。まずは米側のReadoutから。

 ●The two leaders spoke candidly about their respective priorities and intentions across a range of issues. 「率直に話した」とは、意見が一致しなかったということ。「それぞれの優先順位と意図」とは、米側の目的が合意や関係改善ではないということだ。要するに、中国側の「レッドライン」「忍耐の限界」、すなわち、米側がどこまで押したら中国側が本当に「切れる」か否かを見極めたい、ということだろう。

 ●President Biden explained that the United States will continue to compete vigorously with the PRC…. He reiterated that this competition should not veer into conflict and underscored that the United States and China must manage the competition responsibly and maintain open lines of communication. 

「力強く競争する」とはもう容赦しない、「紛争に転ずるべきではない」とは米側は戦いを欲していない、「コミュニケーションラインを維持する」とは誤算や不測の事態が生じないよう話し合いだけは続けたい、ということ。

 ●The two leaders agreed to empower key senior officials to maintain communication and deepen constructive efforts on these and other issues.

米側文書で「agree」が使われたのは、この部分と「核兵器不使用」「ブリンケン国務長官訪中」の三か所だけ、これで今回如何に「合意」が少なかったかが分かるだろう。

▲写真 G20サミットでの習近平国家主席(インドネシア・ヌサドゥア 2022年11月15日) 出典:Photo by Leon Neal/Getty Images

  ●On Taiwan, he laid out in detail that our one China policy has not changed, the United States opposes any unilateral changes to the status quo by either side, and the world has an interest in the maintenance of peace and stability in the Taiwan Strait. He raised U.S. objections to the PRC’s coercive and increasingly aggressive actions toward Taiwan, which undermine peace and stability across the Taiwan Strait and in the broader region, and jeopardize global prosperity.

米側文書の肝はこの台湾部分だ。米国の「一つの中国」政策は「不変」であり、中台による「一方的現状変更に反対」と述べ、バイデン自身の「台湾防衛」不規則発言は今回封印している。しかし、この米側表現がなければ、そもそもこの首脳会談は実現しなかっただろう。いずれにせよ、バイデンは米国側のレッドラインがどこにあるかは明らかにしていない。

これに対し、中国外交部の発表文はもっと素っ気ない。外電によれば概要は次の通りだ。米側文書と比較するため敢えて英語バージョンにする。

 ●The discussions were thoroughgoing, frank and constructive.

「包括的で率直で建設的」 と言っているが、米側文書に「建設的」という形容詞がないのは面白い。

 ●Mr. Xi laid out his government’s position on Taiwan which is the core of China’s core interests, the foundation of political foundations in the China-U.S. relationship, and a red line that cannot be crossed in the China-U.S. relationship.

「核心中の核心的利益」とは意味不明だが、最近「核心的利益」が増え過ぎているからだろうか。いずれにせよ、「台湾問題」の様々な側面のうち、どこが中国にとって「レッドライン」なのかは触れていない。会談でも米側に言質を与えなかったのだろう。

 ●We hope and have always strived for maintaining peace and stability in the Taiwan Strait, but ‘Taiwan independence’ is as incompatible to peace and stability in the Taiwan Strait as fire and water.

唯一「台湾独立」が中国にとってレッドラインであることは間違いなさそうだ。では米台関係の格上げや米国の安全保障面での台湾支援強化はレッドラインなのか、要するに、その場合中国は「切れる」のか、この点について中国側は曖昧にしている。恐らく明確にできないのだろう。

 ●米側文書にある「核兵器不使用に関する米中合意」への言及はない

もう紙面が尽きてしまった。来年あたりから再び米中「何たら」戦略対話みたいなものが再開されるだろうが、だらだらと話し合いが続くだけだと思う。今回は「目立った合意がなく、具体的な関係改善もなく、もしかしたら悪化しつつある米中関係の更なる悪化を回避できただけ、なのかもしれない」、こんなことが行間から読み取れる。

〇アジア

バイデンは米中首脳会談後の記者会見で、北朝鮮の長距離核ミサイル開発についてこう述べている。重要なのでちょっと長いが全体を再録する。

 ●I’ve made it clear to President Xi Jinping that I thought they had an obligation to attempt to make it clear to North Korea that they should not engage in long-range nuclear tests.  And I made it clear as well that if they did — “they” meaning North Korea — that we would have to take certain actions that would be more defensive on our behalf, and it would not be directed against North Korea — I mean — excuse me — it would not be directed against China, but it would be to send a clear message to North Korea.  We are going to defend our allies, as well as American soil and American capacity.

中国は北朝鮮を制御できないかもしれないが、そうする責任があり、もし北が「長距離核兵器の実験」を行えば、「米国は、中国に対してではないが、より自衛的な一定の行動をとらざるを得ないだろう」と述べている。中国はこのメッセージを如何に受け止めたか、ちょっと心配だ。

〇欧州・ロシア

ポーランドはロシア製ロケット弾がウクライナ国境付近に着弾し2人死亡と発表。常識的にロシアの発射とは考えにくいが、万一そうなら、対ポーランド攻撃は対NATO攻撃でNATO条約の4条事態、集団的自衛権発動となる恐れがある。恐れていたことが起きたとしたら、ゲームチェンジャーだが・・・。冷静な対応が求められる。

〇中東

最近イランに詳しい友人と話したが、イラン国内で「ヒジャーブ」騒動が拡大しているものの、それがイスラム共和制を揺るがすものとは思えないという。西側報道は反政府運動の力を過大評価しているようだ。なるほど、独裁政治がそう簡単に倒れるとは思えない。ここでも冷静な分析が必要だろう。

〇南北アメリカ

トランプが予想通り、2024年大統領選への出馬を表明したが、これが「新たなモメンタム」の始まりか、「トランプ時代の終わり」の始まりかは意見が分かれるだろう。いずれにせよ、トランプにとって「大統領候補」であることは、今後直面する「司法闘争」にとっての「お守り」だ。但し、「お守り」は「防弾チョッキ」にはならないのだが・・・。

〇インド亜大陸

特記事項なし。今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは今週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。

トップ写真:G20サミットでのジョー・バイデン大統領(インドネシア・ヌサドゥア 2022年11月15日) 出典:Photo by Leon Neal/Getty Images




この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表

1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。

2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。

2006年立命館大学客員教授。

2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。

2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)

言語:英語、中国語、アラビア語。

特技:サックス、ベースギター。

趣味:バンド活動。

各種メディアで評論活動。

宮家邦彦

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