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.国際  投稿日:2022/8/10

ペロシ訪台は「三方勝利の出来レース」


宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)

「宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2022#31」

2022年8月8-14日

【まとめ】

・ペローシ米下院議長台湾訪問、短期的には、三方勝利の「出来レース」。

・ペローシは政治的遺産を残し、習近平は党大会に向け三期目を固め、バイデンはレームダック回避に、いずれもある程度成功した。

・中長期的には、中国側対応は予想通りの過剰反応であり、戦略的誤りだった。

 

 今週は、先週お約束した通り、中国の恫喝やバイデン政権からの嘆願にも関わらず「強行」されたペローシ米下院議長台湾訪問の顛末を書こう。ヤブ睨みがモットーの筆者は、中東生活が長かったせいか、物事を素直に考えない癖が染み付いている。今回の「危機」は、少なくとも短期的には、三方勝利の「出来レース」だと考える。

 ペローシは信念を貫いて政治的遺産を残し、習近平は今秋の共産党大会に向け三期目を固め、バイデンはレームダック回避を目論み、いずれもある程度成功したと思うからだ。

 しかし、中長期的に見れば、今回の中国側対応は予想通りの過剰反応であり、戦略的誤りだったとすら思う。詳細は今週の産経新聞コラムをご一読願いたい。

 いつも書いているように「歴史は繰り返さないが、時に押韻する」ものだ。1930年代と2020年代の東アジアには奇妙な類似点と相違点があるが、我々はこれらを正確に検証する必要がある。何故なら、今回のペローシ議長の台湾訪問も、1930年代と同様、多くの政策決定者が繰り返す「勢いと偶然と判断ミス」の一部だと見るからだ。

 筆者の仮説はこうである。現在は、1945年以降の「民主主義」「自由経済」による「国際化」の時代が中断し、逆に、予測可能性が低下し、不確実性が増大して「経済合理性」が通用しない時代に戻り始めた。世界は「国際主義」から「ナショナリズム」「ポピュリズム」の時代へ逆戻りしているかの如く見える。

 そんな時代には、政策決定者が繰り返す「判断ミス」で誤った「新常態」が生まれ、その「新常態」の下で政策決定者が新たな「判断ミス」を繰り返す。最近では、米国のアフガン撤退決定、ロシアのウクライナ戦争開始、ペローシ下院議長の台湾訪問、中国の大規模軍事演習開始がその典型例だ。米中関係改善は当分無理だろう。

〇アジア

 中国のリゾート海南島でコロナ感染が拡大し観光客8万人が足止めされ、島内都市部を中心に各地で移動制限が強化されている。観光客は「なぜ空港に入れないんだ。責任者を出せ」と大騒ぎらしい。先般の上海「ロックダウン」が、上海だけでなく、中国のどの地域でも起きるということ。予想通りで、ちっとも驚かないが・・・。

〇欧州・ロシア

 ウクライナにある欧州最大規模の原発で連日砲撃が続き、現地原発公社総裁は「大惨事』の可能性に言及し強い危機感を示したそうだ。一方、ロシア入国時にハッシュオイル吸入カートリッジ所持容疑で今年2月拘束された米女子バスケット選手問題でも米露は揉めている。プーチンは「戦争に勝ちつつある」と思っているだろう。

〇中東

 やや旧聞だが、バイデン政権はアルカーイダの最高指導者アイマン・ザワヒリ容疑者をカブール市内で最新型ドローンにより殺害した。これで9.11テロに対する米側の報復は終わったということなのだろうが、アルカーイダはアフガニスタンその他で必ず復活する。米国が「テロとの闘い」を止めたくても、止められないのだ。

〇南北アメリカ

 トランプ氏のフロリダ州邸宅「マール・ア・ラーゴ」で連邦捜査局(FBI)による家宅捜索が行われ、同氏は猛反発している。大統領退任時に機密文書などを大統領府から持ち出したことに関連した捜査の一環というが、目的はそれだけではあるまい。関連情報は下院特別委員会の今後の公聴会でも使われるだろう。トランプ氏にとっては正念場、政治的に生き残るためには同氏推薦候補が中間選挙で勝つしかないのだ。

〇インド亜大陸

 スリランカが中国調査船のスリランカ寄港を延期するよう中国側に要請したそうだ。隣国インドから抗議を受けたため承認の方針を見直したという。この調査船は最新鋭の衛星追跡艦で、人工衛星やロケット、大陸間弾道弾などを追跡、監視できるそうだ。スリランカの親中政策が見直される可能性は高まったのだろうか。要注意である。

 今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは今週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。

写真:台湾蔡英文大統領と会談する米国下院議長のナンシー ペロシ氏2022 年 8 月 3 日 台湾・台北・大統領府

出典:Photo by Handout/Getty Images

 




この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表

1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。

2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。

2006年立命館大学客員教授。

2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。

2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)

言語:英語、中国語、アラビア語。

特技:サックス、ベースギター。

趣味:バンド活動。

各種メディアで評論活動。

宮家邦彦

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