「安保3文書」アメリカの反応
宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)
「宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2022#49」
2022年12月12-18日
【まとめ】
・安保3文書の概要が一斉に報じられるようになった。
・日本メディアの論調は厳しかったが、ワシントンでは批判は聞かない。
・中国、北朝鮮、ロシアの日本周辺国に対する認識、反撃能力保有、安全保障関連経費増など、「3文書」には画期的な部分が少なくない。
ワシントン出張から昨日帰国した。東京を出る直前あたりから、日本ではいわゆる安保「3文書」の概要が一斉に報じられるようになった。なるほど、これは文書作成が仕上げの段階に入った兆候だなと思い、過去数か月間の関係者の最後の努力と苦労に思いを馳せた。誠にお疲れ様である。
今回ワシントンでは政府関係者との接触を最小限に止め、いつもの定点観測を淡々と続けた。出張の第一目的はキヤノングローバル戦略研究所とスティムソンセンターが共同で開催した日本外交に関するウェビナーで喋ることだったが、タイミングが良かったので、報じられたばかりの「3文書」の解説に多くの時間を費やした。
日本メディアの論調は厳しかった。例えば、朝日新聞社説は「先の戦争への反省を踏まえ、日本自身が脅威にはならないと堅持してきた方針を空洞化させることが、賢明だとは思えない。国民への説明も決定的に不足しており、このまま拙速に結論を出すことは許されない。」と書いた。しかし、当然ワシントンではこんな批判は聞かない。
詳細は今週のJapanTimesのコラムをお読み頂きたいが、少なくともウェビナーでは「専守防衛の形骸化」を懸念する質問は一切出なかった。そもそも「専守防衛」とは何なのか。「純粋に防衛的な安全保障政策」「専守防衛的な防衛態勢」と説明されるが、神学的トートロジー(同語反復)に過ぎず、筆者には未だに理解できない。
とにかく今回の「3文書」には画期的な部分が少なくない。各種報道をまとめれば、以下の通りかなり踏み込んでいるようだ。
○周辺国に対する認識
中国=対外的な姿勢や軍事動向等は我が国と国際社会の深刻な懸念事項でありこれまでにない最大の戦略的な挑戦
北朝鮮=従前よりも一層重大かつ差し迫った脅威
ロシア=中国との戦略的連携強化の動きもあいまって、安全保障上の強い懸念
○敵基地攻撃能力(反撃能力)保有を明記
○安全保障関連経費を2027年度に現在の国内総生産(GDP)の2%に達することを目指す
大変結構なことである。
最後にワシントンでのウェビナーで出た質問だけご紹介しておこう。的を射た良い質問ばかりだが、筆者の回答はJapanTimesを読んでほしい。
Q)日本の防衛力を進化させようという機運が、政治的な障害にもかかわらず高まっている。政治・官僚の惰性に比べ、世論はどのような役割を果たすのか。
Q)先日の日中首脳会談で、習近平はこれまでより融和的なアプローチをとったように見えた。日中が対立を回避するために協力できる分野は何か。
Q)近い将来、日韓関係が改善される見込みはあるのか?
Q) 日本は英国、イタリアと共同で次世代戦闘機を開発するというが、この決定の背景にはどのような配慮があるのか?
Q)台湾周辺の安全保障は緊迫している。台湾は日本に近い。台湾危機をウクライナ危機と同様に考えているのか?
Q) 日本がロシア制裁に迅速に参加しながらも、サハリンガスと石油プロジェクトを維持した。他のG7諸国はこのことを懸念しているのか?
〇アジア
共同通信は「中国のゼロコロナ政策が12日までに事実上崩壊した」と報じた。北京では「当局発表の感染者数が減少傾向、政府は実態把握を放棄」したという。習近平指導部の看板政策が「大きく傷ついた」というが、本当か?元々ゼロコロナは「医療目的」ではなかった、このことが明らかになっただけではないのか。
〇欧州・ロシア
G7首脳がウクライナ情勢をめぐりオンライン協議し首脳声明では、破壊されたインフラ施設の復旧に向けて「ロシアが最終的に支払う必要がある」と連帯を表明したそうだ。うーん、これでは戦争の早期停戦は難しそうである。「始めるのは簡単だが、終わらせるのは実に難しい」のが戦争ということか。
〇中東
日経新聞社説が「中国とサウジの接近は座視できない」と書いた。「サウジは米国との強固な関係が揺らいでいる。その隙を突いた中国の影響力拡大が、国際社会の分断を広げることになりかねないことに警戒が必要」という。正しい指摘だが、両国の接近が本当に戦略的なものかどうかはしっかり吟味すべきだろう。
〇南北アメリカ
中間選挙の最終結果が出て、早くも24年の大統領選挙が始まったようだが、今回は例年以上の星雲状態である。トランプについても、起訴は近い、逮捕収監されても出馬は可能、今も岩盤3割の支持で再選されてもおかしくない、バイデン以上にハリスの評判が悪く、正副大統領は揃って不出馬表明するしかない…、等々どこの国でも選挙は大変である。
〇インド亜大陸
特記事項なし。今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは今週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。
トップ写真:総理大臣公邸でG7首脳テレビ会議に出席する岸田首相(2022年12月13日) 出典:首相官邸ホームページ
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この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表
1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。
2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。
2006年立命館大学客員教授。
2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。
2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)
言語:英語、中国語、アラビア語。
特技:サックス、ベースギター。
趣味:バンド活動。
各種メディアで評論活動。