"Japan In-depth"[ジャパン・インデプス]

マルコス政権、米比同盟重視に回帰

MANILA, PHILIPPINES - FEBRUARY 2: U.S. Secretary of Defense Lloyd Austin III poses for a photo with Philippine President Ferdinand Marcos Jr during a courtesy call on February 2, 2023 at the Malacanang Palace in Manila, Philippines. Austin is visiting Manila for meetings with Philippine officials in an effort to boost bilateral ties between the two countries. (Photo by Jamilah Sta Rosa-Pool/Getty Images)

宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)

宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2023#10

2023年3月6-12日

【まとめ】

・今回、フィリピン出張で、米比関係が劇的に改善したことを実感。

・マルコス政権は米比同盟を重視する従来の外交政策に明確に回帰している。

・2月、米オースティン国防長官、米比防衛協力強化協定に基づく米軍活動拠点追加を発表。

 

先週は超駆け足でマレーシアとフィリピンに出張してきた。珍しいことに外務省からは、「講師派遣」事業の一環で両国に出張しFOIP推進等をテーマに現地シンクタンク・大学等で講演するだけでなく現地メディアのインタビューも受けよ、とのご下命があったのだ。体力的には限界に近かったが、同時に得るものは多かった。

例えば、今回久し振りでマニラに戻って痛感したのは、米比関係が劇的に改善したこと、及び、ごく数年前までなら夢でしかなかった、日米比三か国による安全保障協力というアイデアが具体化しつつあることだ。へーーっ、1991年の在比米軍撤退を知る者にとっては、文字通り、隔世の感がある。

1991年の在比米軍撤退が南シナ海に「力の空白」をもたらし、人民解放軍の活動を活発化させたことは間違いない。だが、南シナ海に「力の空白」が生じたのは1991年が初めてではないことも、今回現地に来てようやく実感できた。筆者の計算では、第二次大戦以降既に6回も「力の空白」が生じているようだ。

中国は南シナ海で戦略的な「力の空白」 が発生する度に、同海域への海洋進出を、段階的かつ慎重ながらも、確実に実施してきた。流石のフィリピンも漸く「目覚めた」のだろうか。昨年6月に発足したマルコス政権は、米比同盟を重視する従来の外交政策に明確に回帰しているようだ。

昨年9月のNYでの米比首脳会談、11月のハリス副大統領来比、本年2月2日のオースティン国防長官来比と最近の米国はフィリピン重視が際立っている。米国防長官は米比防衛協力強化協定(EDCA)に基づく米軍の活動拠点追加を発表した。フィリピンについては今週のJapanTimesにコラムを書いたので、ご一読願いたい。

一方、マレーシア訪問も久し振りだった。これまで何度か訪れたが、どれも総理訪問同行ばかりで、じっくりクアラルンプールの街を見る機会は皆無。その意味でも今次訪問は有意義だった。例えば、マレーシアの非同盟外交は事前に勉強してきたつもりだったが、実際マレーシアの知識人と話すと、そんな単純な話ではないらしい。

マレーシアは人口3260万人、マレー系が70%だが中華系も23%もいる多民族国家であり、イスラム教徒が64%のイスラム系社会でもありながら、しっかり民主主義を実践している。これって、凄いことだよな、と現地に来て初めて分かった。考えてみれば、ASEAN民主主義実践国はフィリピン、マレーシア、インドネシアしかない。

いずれも島嶼国で、そのうち二つがイスラム系多民族国家というのは偶然の一致なのか。それとも、何か特別の秘密があるのだろうか。昔インドネシアに出張した際も同様の感慨を持ったが、この疑問は未だ解明されてない。

最後に日韓関係についても触れておきたい。日本のマスコミは、「3月6日、韓国政府がいわゆる「徴用工」訴訟問題で、日本企業の賠償支払いを韓国の財団が肩代わりする解決策を正式発表した。これを受け林外相は、植民地支配への痛切な反省と心からのおわびを明記した日韓共同宣言の継承を表明した」と報じた。

多くの日本メディアは「日韓最大の懸案解決で両政府が事実上、合意した。両国は尹錫悦大統領の3月中旬来日と岸田文雄首相との会談へ向け調整に入った。2019年から日本政府が始めた半導体関連材料の対韓輸出規制強化についても、解除に向けた協議を開始する。」と報じている。

この件では、先ほどシンガポールのTVでZoom生出演させられて往生した。「これで問題は解決するのか」「日本政府は謝罪しないのか」等々聞かれ、「慎重ながら楽観的だが、悪魔は詳細に宿るので、再びゴールポストを動かされないよう、状況を見る必要がある」などと歯切れの悪いコメントしかできなかった。日韓関係が「90%国内問題」から、「90%国際問題」となるのは一体いつの日のことだろうか。

〇アジア 

中国が全人代で新たな国務院総理を選出する。朝日新聞が李克強現総理に関する興味深い記事を書いていた。自民党でいえば、李総理を含む共青団(共産主義青年団)は、叩き上げの党人派というより、霞が関エリート官僚集団であり、習近平は二世、三世世襲議員の代表ということなのだろう。党高官低という点では日本と同じなのか。

〇欧州・ロシア

ウクライナ大統領がバフムトにつき「防衛作戦を継続し態勢をさらに強化する」と確認したそうだ。他方、戦略的に重要でない同地からウクライナ軍は徐々に撤退していくとの観測もある。戦場の状況は正直分からないが、どこからが正確な情報で、どこからがプロパガンダ情報なのかをしっかり見極めないと、えらい恥をかくことになる。

〇中東

イラン各地で女子学生が窒素ガスなどによる攻撃を受けているらしい。昨年イスタンブール空港のラウンジで会ったイランの女子高校生たちは意気軒高だったが、彼女たちを狙うなんて何と卑劣な連中だろうか。イラン・シーア派の一部狂信的グループの仕業かどうかは未だ不明だが、子女を狙うなんてイスラムとは程遠い話だ。

○南北アメリカ

ワシントンで開かれたCPACの会合を見る限り、トランプ人気はまだ衰えていないようだ。副大統領候補を狙うニッキ―・ヘイリーとは異なり、デサントスなど賢い連中はトランプとは「真正面で戦わない」戦術を続けている。正しい手法だとは思うが、これが吉と出るか、凶と出るかは、まだ分からない。

〇インド亜大陸 

あるインドの友人が、日本企業、特に中小企業がインドに投資してくれないと嘆いていた。投資を躊躇する理由は様々あるだろうが、中国との関係がこうなった以上、日本企業には東南アジア以外に新たな市場や製造拠点が必要ではないのか。インドの投資環境も改善していると聞く。今年は対インド投資の研究をしてみたい。

今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは今週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。

トップ写真: マルコス ジュニア大統領とオースティン米国国防長官(2023年2月2日、フィリピン・マニラ)出典:Photo by Jamilah Sta Rosa-Pool/Getty Images