マニラ湾埋め立て事業の中国企業 ブラックリスト企業と米が懸念
大塚智彦(フリージャーナリスト)
「大塚智彦の東南アジア万華鏡」
【まとめ】
・マニラ湾埋め立て参加の中国企業、米がブラックリストに掲載。
・埋め立て予定海域は米大使館敷地やフィリピン海軍本部の沖合。
・「脱中国、親米」の現政権は契約見直し含む断固たる対応求められる。
フィリピンの首都マニラの西に広がるマニラ湾で現在、開発のための埋め立て工事が進もうとしているが、主体となっている合弁事業会社が契約した企業の中国企業に対して米政府が環境問題と安全保障問題さらに地域社会へのリスクという観点から懸念を表明する事態になっていることが明らかになった。
在マニラ米大使館の指摘ではこの埋め立てプロジェクトに関係する中国企業が米商務省のブラックリストに載る企業(2020年に登録)でもあり、世界銀行やアジア開発銀行からも「詐欺的商慣行に従事している」とされていることなどからフィリピン政府に同プロジェクトへの中国企業の参加中止を検討するように求めているという。
地元紙などが8月2日に報じたところによると、米大使館のスポークスマンはマニラ湾で計画中の総面積318平方キロメートルに及ぶ埋め立てプロジェクトに中国通信建設会社(CCCC)の関連会社が関与していると指摘。
この会社は中国とフィリピンの間で領有権争いが生じている南シナ海で中国政府により進められている人口島の建設、軍事基地化にも重要な枠割を果たしているという。
★環境、安全保障の面からの懸念
総額34億ペソ(約88億円)という巨額のプロジェクトはマニラ市当局と「ウォーターフロント・マニラ・プレミア開発」による合弁事業で、合弁企業の一つとCCCC関連会社の中国企業との間で「埋め立て作業実施」の契約が結ばれていることが報じられた。
この埋め立て予定海域はマニラ湾に面した米大使館の敷地やフィリピン海軍本部の沖合にあたり、安全保障の面からも懸念があると米大使館関係者は指摘している。
海軍本部はプロジェクトに対して本部からマニラ湾への200メートルのアクセス水路を確保するように要求しているという。
さらに環境の観点からも、この埋め立てプロジェクトにより「潜在的、長期的かつ不可逆的な悪影響を含む重大な懸念がある」と米側がフィリピン政府に伝えていることも明らかになった。
このほかにフィリピンの環境保護団体も、マニラ市の人口密集地域での洪水被害をさらに悪化させる可能性があるとして埋め立てプロジェクトに対して反対を表明していることも明らかになった。
★前政権がブラックリスト中国企業を無視
中国は南シナ海で国際法を無視する形で一方的に島嶼や環礁に人工建築物や滑走路を建設して軍事基地化、自国の海洋権益が及ぶ範囲「九段線」の範囲であるとの主張を繰り返している。
このため南シナ海ではフィリピンの他にベトナム、マレーシア、ブルネイなどと中国との間で領有権争いが現在も続いている。
そうした事態に対してドゥテルテ前大統領の政権は「紛争海域の人工島などの建設に関与した中国企業をブラックリストに登録するという米政府の決定には従わない」との姿勢を示し、米からの警告や懸念を無視する方針を打ち出していた。その上でマニラ湾埋め立てプロジェクトの基本構想がドゥテルテ政権で進められたのだった。
▲写真 米国に対し批判的姿勢だったドゥテルテ前大統領(2017年)出典:Photo by Jeoffrey Maitem/Getty Images
こうした前政権の姿勢が根底にあることがマニラ湾埋め立てプロジェクトに問題のある中国企業が関与するという今回の事態の背景になった可能性が大きいとみられている。
加えて世界銀行やアジア開発銀行などの国際的金融機関もこの中国企業に対して「詐欺的な商慣行に従事している」との異例の指摘もあり、単に環境や安全保障の面からだけでなく企業として一般の商慣行を逸脱する方法での契約や取引に警戒、注意する必要が発せられているのだ。
★影響を再評価する方針表明
米政府はマニラの大使館を通じてフィリピン政府の関係機関と密接に連絡、情報交換しながら注視していることを強調しており、フィリピン政府も現状把握に努めていることを明らかにしている。
フィリピンのマリア・アントニア・ロイザガ環境相は8月2日、このマニラ湾埋め立てプロジェクトに対して「他の当事者からも懸念の声が上がっている」としたうえで「新たなメンバーによる委員会を設置してプロジェクトの累積的な影響評価を実施する」との方針を明らかにし、プロジェクト全体を特別チームで精査し総合的に評価し直すという政府の姿勢を表明した。
ドゥテルテ前大統領の後任、マルコス大統領はそれまでの中国への過度の依存という姿勢を見直し、経済面ではある程度協力しながらも特に安全保障の面では「脱中国」を掲げて米政府との密接な関係構築を続けている。
このため今回の指摘が米大使館を通じた米政府からの懸念を反映したものだけに、契約見直しを含めた断固とした対応が求められているといえる。
トップ写真:在フィリピン米国大使館が沿線に所在するマニラのロハス大通りから眺めたマニラ湾 出典:Eddie Gerald / Getty Images
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この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト
1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。