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「裸の両王」が世界を分断する?(下)3年目に入ったロシア・ウクライナ紛争・最終回

OSAKA, JAPAN - JUNE,28 (RUSSIA OUT) U.S. President Donald Trump (R) and Russian President Vladimir Putin (L) attend their bilateral meeting at the G20 Osaka Summit 2019, in Osaka, Japan, June,28,2019. Vladimir Putin has arrived to Japan to partcipate the G20 Osaka Summit and to meet U.S.President Donald Trump. (Photo by Mikhail Svetlov/Getty Images)

林信吾(作家・ジャーナリスト

林信吾の「西方見聞録

【まとめ】

・「邪魔者は消せ」の行動原理がプーチン大統領を「裸の王様」たらしめている。

・もう一人の「裸の王様」はトランプ米大統領。「やった者勝ち」で収束なら禍根を残す。

・「大ロシア主義」と「アメリカ・ファースト」で、世界が不安定になる未来だけは御免だ。

 ロシアの大統領選挙で、下馬評通り圧勝したプーチン氏だが、彼を「裸の王様」と呼ぶ向きがあることを、前回紹介した。

 本シリーズの冒頭近くでも、ロシアという国のウォー・ポテンシャルはまことに侮りがたく、物量の力でウクライナを圧倒する可能性があることを指摘したが、それは同時に、自軍の損害など顧みない戦略が採用されていることも忘れるべきではない。

 たとえば昨年10月、ロイター通信社の取材記者たちは、最前線に投入されている「ストームZと呼ばれる部隊の存在を明らかにした。

 隠れて飲酒したとか、些細な軍紀違反をとがめられた兵士たちから成る「懲罰部隊」で、要は正規部隊の「弾よけ」として、食料・弾薬すらまともに与えられないまま、戦闘に駆り出されているという。匿名で取材に応じた兵士の一人は、

 「生き残って体験を語れる者は、ほとんどいないだろう。だから今、語っておく」

 と述べた。ちなみに上級部隊の司令部に取材を申し入れたところ、ストームZについては「コメントを控える」の一言で、電話を切られてしまったそうだ。

 さらには、BBCが2月5日に報じたところによると、ロシア軍と政府は、それまで囚人兵に与えていた「6ヶ月の間前線で戦えば、残りの刑期にかかわらず恩赦を与える」という待遇を廃止した。

 この結果、刑務所から集められた兵士たちは、終戦まで戦うか、さもなくば死か、という選択肢しか与えられないこととなったのである。

 もともと囚人兵の募集は、ロシアの民間軍事会社ワグネルが始めた。

 同社の創立者エフゲニー・プリゴジン氏が、囚人たちを前に演説する動画が流出したが、その中で語られていたのは、

 「君たちがウクライナに行ったなら、100人のうち10人から15人は戦死し、20人ほどが負傷するだろう。ただし20人のうち15人は回復する」

 ということだった。これを信じるなら、8割方生きて恩赦を得られることになる。

 そして実際(と言ってよいのかどうか……)今年1月に最初の恩赦が与えられた。その数50人。第一陣としてウクライナに送られた囚人兵の総数は3000人以上だとされているので、生き残ったのは1.%に過ぎなかったことになる。たかだか飲酒をとがめられた程度のことで「弾よけ」にされるのだから、囚人兵の扱いなど推して知るべしだろう。

 さらに言えば、恩赦された元囚人兵の中から、再び凶悪犯罪に手を染める者が出て、ロシア国内でも非難囂々であると聞く。

 公平を期すために述べておかねばならないが、ウクライナ側でも「軍務の経験がある者」に限って、ロシア側より先に囚人兵を募集した。こちらもまず間違いなく、生還した場合の恩赦が条件になっていると思われるが、詳細まではよく分からない。

 いずれにせよ、前述のように民間軍事会社ワグネルが最初に囚人兵を募集し、2023年6月までに、数次にわたって延べ5万人以上が志願したとされている。

 ロシアには死刑制度がなく、殺人など凶悪犯罪で有罪になった場合、終身刑や30年以上もの刑期が珍しくないそうで、前述の「6ヶ月戦闘に参加すれば恩赦=釈放」という条件に惹かれた者が大勢いたわけだ。なおかつ正規軍兵士のそれを上回る額の給与も約束されていた。ただし、本当に支払われたという情報は、3月末現在、どこからも出てこない。

 2023年6月というのは、読者も記憶に新しいところではないかと思われるが、23日、ワグネルがロシア連邦政府に対して反旗を翻した。

 この「プリゴジンの乱」は、ワグネルに対して、ロシア国防省が約束した弾薬が支給されず、戦闘員の犠牲が増える一方であることに起因するとされるが、隣国ベラルーシのアレクサンドル・ルカシェンコ大統領の仲介により、48時間を待たずして収束。プリゴジン氏はベラルーシに亡命することとなったのである。この結果、ワグネルは囚人兵もろとも直接ロシア軍の指揮下に組み込まれた。

 プリゴジン氏はその後、一度はロシアに戻ったとも言われていたが、8月23日、モスクワ北西部トヴェリ州の上空で自家用ジェット機が原因不明の空中爆発を起こし墜落。彼を含む乗客10人全員が犠牲になった。

 12月23日付『ウォールストリート・ジャーナル』紙は、ロシア情報機関の元関係者や、西側情報筋からの証言を総合するに、これは事故ではなく、

 「プーチン大統領の側近が指示した暗殺であると見られる」

 とする記事を掲載した。物証がないので、断定的なことまでは開陳しがたいが、ありそうな話ではある。

 と言うのは、プーチン大統領という人の行動原理が「邪魔者は消せ」であることを濃厚に暗示する事例が多すぎるからだ。前回紹介した反体制派のカリスマと称される人物然り、第二次チェチェン紛争の契機となったロシア国内での連続爆破テロが、実はプーチンの謀略だったと暴露した関係者然り。

 このことがまた、彼をして「裸の王様」たらしめている理由ではないかと私は考える。

 くだんの童話は、後難を怖れるあまり「知恵のある人にしか、この服は見えない」という詐欺師の言葉に乗っかる家臣たちと、素直に見たまま、つまり王様は裸だと喝破する男の子の物語ではないか。

 さてそうなると、もう一人の「裸の王様」とは一体誰のことか、と問われるかも知れない。

 いや、賢明な読者は、すでにお察しのことではないかと思う。米国のドナルド・トランプ前大統領である。

 すでに共和党の大統領候補となることが確実で、かつ世論調査などでは、複数の州で現職のバイデン大統領を上回る支持率を得たことから、11月15日に実施が予定されている大統領選挙を制し、復権するのではないかとの観測が日を追って強まっている。

 もしも(再び)トランプ政権になれば……という「もしトラ」から、最近では再登場がほぼ確実だという「ほぼトラ」なる前提で、様々な予測を開陳する人たちがいる。

 日本の一部メディアにおいては、日米同盟を破棄もしくは骨抜きにされる危機があるとか、NATO脱退が現実味を帯びる、といった「予測」も見られるが、実のところこれは、リベラル派によるネガティブ・キャンペーンのようなものである。

 この件については、本誌でも古森義久氏が数次にわたって指摘しているので、詳細はその記事に譲るが、ひとつだけ読者諸賢に忘れていただきたくないのは、バイデン大統領が当選した2000年の選挙結果を覆そうと躍起になり、ついには、2001年1月に起きた、連邦議会乱入事件を先導したとして起訴されている、という事実である。

 未だ裁判中の事案ではあるのだが、民主主義のルールを守ろうとしない人がなにを主張しようが、まったく信用するなとまでは言わないが、少なくとも眉に唾をつけて聞くのが、ジャーナリストというものではないだろうか。

 そのような彼の支持者たちも、私に言わせればたいがいで、CNNなどの世論調査によれば、2023年になってからも、共和党支持層の60%以上が2020年の選挙結果について「不正が行われていた」と信じているそうだ。連邦議会に乱入した人々の多くは、今の世界は「ダークサイド」に支配されており、トランプ氏こそはその成敗に立ち向かう、正義のヒーローなのだとか。げに信者とは恐ろしいものだ。

 ウクライナの問題に話を限っても、トランプ氏は紛争が3年目に入った2月末、

 「自分が大統領になったら、この紛争は24時間で収束させる」

 と大見得を切ったものの、具体的になにをする考えなのかは、一言も語らなかった。

 どうせ支持者向けの大風呂敷だろう、で片付けられるのなら話は割と簡単なのだが、彼のこれまでの言動から推察するに、東部の親ロシア派支配地域における権益を一部認め、同時にウクライナのNATO加盟を阻止する(もともと全加盟国の支持がなければ加盟できない)といった方向性を示して、講和に持ち込もうとすることは十分に考えられる。

 それでもなんでも紛争がすぐに終わるのなら、その方がよいという考え方もあり得るので、きわめてデリケートであるし、そもそも仮定の話だから、これ以上立ち入った議論をするのは賢明ではないとも思えるが、プーチンの暴挙を「やった者勝ち」で収束させてしまうようなことがあれば、必ずや後世に禍根を残すであろう。

 「大ロシア主義」「アメリカ・ファースト」のせいで、世界が不安定になる未来だけは、御免こうむりたい。

トップ写真:

G20大阪サミットにあわせ行われた米露首脳会談(2019年6月28日 大阪市)出典:Mikhail Svetlov/Getty Images