二人の本田と綾瀬はるかの話 家にいるなら邦画を見よう 1
林信吾(作家・ジャーナリスト)
林信吾の「西方見聞録」
【まとめ】
・新型コロナウイルス、感染が予想を遥かに上回り緊急事態宣言。
・自粛生活の充実に邦画はどうか。
新型コロナを取り上げた前シリーズの第2回で、世界レベルでの致死率や、死亡に至るケースは65歳以上の高齢者が圧倒的に多いとのデータを示し、ネットで喧伝されているような生物兵器ではあり得ない、と書いた。そうしたところが、
「これを書いた時点では、アメリカがあんなことになるとは予測できなかったみたいだな」などというコメントか返ってきた。
まあ、たしかに。
間違いを書いたわけではないが、感染拡大の速さと規模が、当局やメディアの分析・予測を大きく上回ったことも事実で、ネットメディアでさえフォローしきれなかったか、などと、書いた本人が言うのもおかしなものだが、唖然とさせられた。
4月7日に安倍首相が緊急事態宣言を発したのは、すでにご案内の通りだが、それに先駆けて、偶然にも本田という同性の有名人が相次いでネットで自粛を呼びかけ、ある意味で宣言以上に大いなる反響があったようだ。
一人はサッカーの本田圭佑選手。色々なことを言われた時期もあったが、実績は誰にも負けない。ワールドカップに3大会連続で出場し、しかも3大会連続してゴールを挙げたのは、日本人として初めてである。そればかりか、彼はアジア、ヨーロッパ、南米、北米、オセアニアの5大陸にまたがってプロの公式戦でゴールを記録しており、こちらはなんと、世界中で本田△(本田さんかっけー、と読む笑)だけがなし得た快挙なのだ。
写真)本田圭佑選手
出典)Photo by Светлана Бекетова
現在はブラジルのボタフォゴというクラブに所属しているが、地球の裏側から日本の新型コロナ対策について、
「やるべきは自粛であり、休校であり、それらに対する国からの徹底した補償である。その補償に感謝して、コロナが落ち着いたら皆んなで一生懸命働く(原文ママ)」
とSNSで発信した。
もう一人はタレントの本田翼で、こちらはむしろ読者の方が詳しいかも知れないが、私も一度、クイズ番組で見た彼女が、かわいいだけでなくリアクションがとにかく面白かったので、この子は「天性のモテ女子」だとブログで称賛したことがある。
彼女は、youtube上に「ほんだのばいく」というチャンネルを開設しているが、4月4日に「3分半、私に下さい」と題し、主に若年層に向けて、
「<不要不急>には友達と遊びに行くことも……含まれます!」
「軽はずみな行動で人の命を、自分の命を危険にさらさないで下さい。家にいましょう」
と、外出の自粛を熱のこもった口調で呼びかけた。こちらは大阪府知事が絶賛し、さらに話題となった。
写真)第28回 東京国際映画祭 オープニングセレモニー 本田翼 (起終点駅 ターミナル)
出典)flickr by Dick Thomas Johnson
首相や都知事のリーダーシップと手腕には、今もってあまり信を置く気にはなれないのだけれども、サッカー界のレジェンドとトップアイドルの「両本田」から正論をぶつけられたのでは、さすがの私も、おっしゃる通りでございます、と襟を正す気分になる。
緊急事態宣言そのものも、法的な拘束力はない。外国メディアの一部には、この点を批判的に論じる向きもあるが、それこそ前シリーズでも述べたように、
「日本人は規律正しいから、政府も信頼しているのですよ」
と言いたいところである。堂々とそう言い続けるためにも、また、やむを得ず出かける人を「非国民」と呼ぶような世の中にしないためにも、ここはひとまず家からあまり出ないようにするのが、世のため人のため、そして自分のためでもあろう。
ただ、各家庭に布製マスクを2枚ずつ配布するという「アベノマスク」政策などは、今からでも遅くないからやめさせるべきだ、というように、言うべきことは言い続ける。それもまた、国民の権利であるし使命でもあるはずだから。
……というわけで、家での「自粛生活」をいかに豊かな時間に変えるか、邦画を見て過ごすのはどうだろう、というのが今回のシリーズの主題ということになる。
私は昔から映画が好きで、とりわけ昭和の東京には、安い値段で3本立てが見られる、名画座と呼ばれる映画館が、そこかしこにあったので、月間20本くらい見ることも珍しくなかった。今では映画館やレンタルビデオ店に出向かなくとも、見る方法がいくらでもある。よい時代になったものだ。
で、どうして邦画を見るべきなのかと言うと、ハリウッドの大作のように世界中で話題になることなどなくとも、束の間ストレスを忘れさせてくれる佳作は結構あるものだし、やはり日本語の芝居の方が感情移入しやすい、という要素もある。あくまでも私の個人的な考えだが。
ついでに、私の個人的な好みで今の日本のトップ女優を選ぶとすれば、綾瀬はるかだと思う。容姿、とりわけスタイルの良さは万人が認めるところだと思うが、加えてNHK・BSの『精霊の守り人』というドラマで幾度も立ち回りのシーンがあり、その身体能力の高さに瞠目させられた。
一方で、笑える芝居をやらせても上手だ。コメディエンヌがちゃんとやれるというのがよい女優の条件であると、これまた偏見と言われようが、私は昔から信じている。
ただ、私が綾瀬はるかという女優に本当に惚れ込んだのは、2015年に公開された『海街diary』の1シーンを見た時であった。
この映画は結構当たったので、ご存じの読者もおられるかも知れないが、鎌倉を舞台に、一軒家で暮らす三姉妹と、そこに引き取られてくる異母妹の物語だ。綾瀬はるか、長澤まさみ、夏帆がその三姉妹、広瀬すずが異母妹を演じている。
写真)映画『海街diary』ロケで使用された鎌倉市某所にある家
出典) Photo by Sakaori
両親はいずれも家を出てしまったという複雑な環境だが、出奔した父親が東北の小さな町で亡くなったという知らせを聞いて葬儀に出向くところから話が始まる。そこで、父親を亡くして憔悴している異母妹の存在を知り、帰りの電車が動き出す直前に声をかける。
「よかったら鎌倉に来ない?四人で暮らそうよ。みんな働いてるから、あんた一人くらいなんとかなるよ」
それがどうした、と今言った人は、ちょっと表に出ましょうか……という話ではなくて、たしかに、どうということはない台詞だ。けれども、綾瀬はるかがこの台詞を口にした瞬間、スクリーンの中の世界が、なんとも言えないやさしい空気に満たされたのが、見ているこちらにまで伝わってきた。何百本と映画を見た私にして、稀有な体験だった。
ここで再び新型コロナの話題となるが、自粛のストレスのせいか夫婦仲が悪くなり「コロナ離婚」に至るケースも出始めていると聞く。
この映画でも、両親がいずれも出奔してしまっているわけで、その意味では「抑止力」にはならないだろう。ただ、あえて突き放した言い方をするが、家に閉じ込められて夫婦の仲に亀裂が入るようでは、もともと問題があった、ということになるのではないか。
そのことは踏まえた上で、両親に去られても頑張って生きてゆく四姉妹の姿を見て、家族の絆というものをもう一度考えてみるのも、悪くないと思えるのである。
(続く)
トップ写真)名画座「ギンレイホール」にて
出典)flickr by naoto shinozaki
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この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト
1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。