「とりあえず落ち着きましょう」熱くなりきれないワールドカップ その6
林信吾(作家・ジャーナリスト)
林信吾の「西方見聞録」
【まとめ】
・元日本代表の本田圭佑が解説をするということで、日本のTV中継に問題を感じる筆者はABEMAでの観戦を選択した。
・本田の解説は、戦術変更、選手交代を次々と言い当て、後輩を「さん」づけで呼び、期待の斜め上を行く見事なものであった。
・試合終了直後も、「とりあえず落ち着きましょう」と、平静な口調のまま。タイトルに反し、筆者が熱くなってしまっている。
諸般の事情により、今次のワールドカップもTV観戦となったが、初めてABEMAで見るという選択をした。元代表の本田圭佑が初めて公式戦の解説をする、という告知があったからで、どんなものかお手並み拝見という気持ちになったのだ。これがひとつ。
もうひとつ、日本のTV中継は、実況も余計な発言が多く「うざったい」という問題がある。実際問題、私はボリュームをうんと絞ったり(無音ではさすがに、会場の熱気が伝わらないので)、BSの場合は副音声の英語実況を聴いたりしていた。
別に英語力をひけらかしたいのでなく、サッカー中継も年季の入った国の人は、余計なことを言わないのがよろしい。
1982年メキシコ大会では、アルゼンチン代表のディエゴ・マラドーナが、イングランド代表を相手に伝説の「5人抜き」を演じたが、英国でのTV中継では、
「マラドーナ、マラドーナ」
と静かに名前を呼び続けただけであった。ドリブルで上がっているとも、相手をかわしたとも言わない。そんなことは見ていれば分かるのだ。
最近は日本の実況もだいぶ進歩してきたと思うが、解説の方は、また別の問題がある。
たとえば元日本代表の松木安太朗氏は人気が高いが、彼のサッカー観にはどうも受け容れ難い部分がある。もちろん個人的な感想だが。
語り口はたしかに面白いし、選手たちと一緒に戦う、という熱い思いは伝わるのだが、いかんせん「マリーシア」「プロフェッショナル・ファウル」といったことを言い過ぎる。
マリーシアとは「よい意味でのずる賢さ」と言ったほどの意味だが、要は、反則とは審判が反則と認めた場合のみである、といった考え方で、脚がかかってもいないのにわざと転倒したり、審判の目をあざむいて有利な状況を作り出すことを是認するものだ。
プロフェッショナル・ファウルとは、私に言わせればさらに悪質で、ここを抜かれたら失点する、という状況なら、反則を覚悟で相手を倒してしまえ、といったもの。
サッカー中継は子供も大勢見ているのだから、このように、勝つためならなんでもあり、といったサッカー観をすり込みかねない解説は、いかがなものか。
話を戻して、23日22時(日本時間。カタールどの時差は6時間なので、現地時間16時)からのABEMAの中継、とりわけ解説は、期待の斜め上を行く見事なものであった。
先発に、希代のドリブラー久保建英とスピードスター前田大然が名を連ねていたのも、個人的には嬉しかった。二人ともヨーロッパのリーグで存在感を示しており、当然ながら、相手がドイツだからと言って萎縮するようなことはない。
開始8分、その前田がいきなりドイツのゴールネットを揺らす。アナウンサーは「前田!」と思わず声を上げたが、解説者(=本田)は冷静に、
「オフサイドやろ」
と流した。直後に副審の旗が上がり、歴史的な先制点は幻となってしまう。
その後は、ほぼ防戦一方の展開となった。現代サッカーで、攻撃的な選手に求められるのは「速さ、高さ、強さ」の三要素だと言われるが、いずれも、ドイツ代表は日本代表を凌駕しており、耐える時間が長くなるというのは想定の範囲内であった。
ここで、過去3度ワールドカップに出場し、その3大会すべてでゴールとアシストを記録した漢(おとこ)の戦術眼を見せつけられた。前半を最少失点(0-1)でしのげればなんとかなる、とした上で、
「後半から3バックに変えてくるんとちゃいますか?」
と戦術変更を言い当て、さらには、
「三笘さんが行った(ドリブル突破をしかけた)時は、フォローいらんねん」
「ここは左利きの選手が入った方が、三笘さんが生かせる。堂安さんでしょ」
といった具合に、選手交代もことごとく的中させたのだ。そして、すでに大きく報じられた通り、その堂安が同点ゴール、やはり後半途中交代の浅野拓磨が決勝ゴールを奪った。
ここまでのところでお分かりのように、彼は後輩の選手を「さん」づけで呼んでいた。一緒に戦った同世代の選手は「ユウト(長友佑都)」「マヤ(吉田麻也)」とニックネームで詠んでいたが。
これも話題になったが、当人は取材に対して、こうコメントした。
「ビジネスの世界では〈さん〉づけに誰も違和感なんか持たない。サッカー界が、少し遅れてるんですよ。体育会系の度が過ぎるというか」
例外的に、久保建英のことは「タケ」と呼んでいたが、これはなん本人に会った際、
「僕のこと〈久保さん〉と呼ぶの、まじでやめてもらっていいですか」
と申し入れがあったからだとか。そしてダメ押しのように、
「さん付けで笑われるとか意味分からん」
とツイートまでしている(本当に本人だろうな?)。
要は彼一流の諧謔なのだろうが、言っていることは間違っていないと思うので、本連載でもこれからは彼の呼び方を本田△(ホンダさんかっけー、と読む)で統一させていただくこととしたい笑。
試合結果はご案内の通りだが、本田△の真骨頂は、ホイッスルが鳴った直後の一言。
ベンチから日本の選手達が一斉に飛び出し、歓喜の輪ができ、サポーターも狂喜乱舞。
アナウンサーも「やりました、日本勝ちました!」と声を上げたが、彼だけは
「とりあえず落ち着きましょう。もうひとつ、どうしても勝たなあかんのですから」
と平静な口調のままであった。
本当に彼の言う通りで、緒戦を勝ったことはたしかに大きい。緒戦を勝ったチームが1次リーグを突破する確率は、7割を超えていると言われたほどだ。
言われた、と過去形を用いたのは、現在ではAIの力を借りて、事細かに解析しているからで、そのデータによると、日本がドイツに勝った時点では、決勝トーナメントに進出できる可能性は70.8%と算出されていたが、第2戦でコスタリカに敗れた結果33.9%まで急落した。さらにドイツとスペインが1-1で引き分けた結果26.1%に下がったという(データはJX通信社が配信したもの)。
この第2戦も本田△がABEMAで解説したが、
「ドイツにやったようなことを、今度は自分たちがやられる番かも知れない」
と警鐘を鳴らしていた。私も、この中継を見て(そう言えば……)と思い出したのだが、1次リーグの2戦目というのは、日本代表にとっては鬼門で、2002年大会でロシアを相手に初勝利を飾って以降、実に20年にわたって勝ち星がないのである(引き分けはあるので、勝ち点は取れていた)。
結果はすでに大きく報じられている通りだが、本田△は
「ポジティブに考えるしかない」
と言い切った。
たしかに日本代表の戦いぶりは、不甲斐ないとまでは言わないが、引き分けでも十分、といった「根拠のない余裕」があったようにも映った。
あるいは、別の要因かも知れない。
ヨーロッパのサッカー界では「ブラジル・シンドローム」と言う言葉が、人口に膾炙している。ブラジル代表相手の試合は毎度タフなので、チームぐるみで精根尽き果ててしまい、次の試合ではパフォーマンスが落ちてしまうのだ。
よく知られる通りブラジルは、ワールドカップを5回制した世界一のサッカー大国だが、それに続く4回優勝を誇るドイツを倒した日本代表に、同じような現象が起きてしまった可能性は捨てきれないと思う。
いずれにせよ、悲願の決勝トーナメント進出は絶望ではない。「持ち越しになった」だけである。ドイツもスペインも、まあ10回戦えば8回は負ける、という相手だが、今の日本代表に「勝ち目など1ミリもない」という相手はない。
その、決勝トーナメント進出が悲願、などと言っているからダメなのだ、というのが本シリーズの趣旨で、色々な意味を込めて「熱くなりきれない」というタイトルを採用したのだが、張本人が今、十二分に熱くなってしまっている。これがサッカーの魔力か笑。
次回・最終回は原点に戻って、日本サッカーの将来像を冷静に検証したい。
「とりあえず落ち着きましょう」
トップ画像:日本のコスタリカ戦を前にインタビューに応える本田圭佑氏(11月27日)出典:Photo by Robert Cianflone/Getty Images
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この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト
1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。