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.社会  投稿日:2023/8/31

この夏、一番「?」だった映画   日本と世界の夏休み その7


林信吾(作家・ジャーナリスト

林信吾の「西方見聞録」

【まとめ】

・『リボルバー・リリー』、時代背景など説明不足。

・『クレヨンしんちゃん』の設定とエンディングはプチ炎上状態。

・野原家がこのように描かれ、評されるとは、まさしく末法の世。

 

『リボルバー・リリー』を見てきた。

 新型コロナ禍のせいで、映画館に足を運んだのも、ずいぶん久しぶりだ。

 私が小学生だった昭和40年代、夏休みと言えば、もちろん毎日ではないが、映画館で過ごすのが楽しみだった。家庭にエアコンなど普及しておらず、冷房の効いた映画館では至福の時間が味わえたのである。映画会社の方でも心得たもので、アニメ映画やらコント55号の映画やら、4~5本立ての興行を打って、小学生たちを半日釘付けにしたものだ。

 今やエアコンなど特に有り難みもないが、昨今では最新の空気清浄設備を備え、昔の映画館特有のかび臭い空気とは別物になっている。客席でタバコを吸うようなバカは、もちろん絶滅している。風情は変われど、相変わらず快適な空間なのだ。

 そこへもってきて綾瀬はるか主演の最新作。これは見に行かない手はない。

 

 ……まあ、結論から言うと、裏切られたが。

 大正末期、関東大震災翌年の東京が舞台で、綾瀬はるか演じる小曽根百合は、日本の特務機関により、台湾で特殊工作員としての訓練を受け、東アジア各地を舞台に3年間で57人を暗殺してのけた、という設定。

 1924年現在、人はもう殺さないと言って、東京で銘酒屋を営んで静かに暮らしているが、上海の銀行に隠匿されていた陸軍の秘密資金をめぐって、一人の少年ともども追われる身となってしまう。ざっくり、こういったストリーだが……

 まず、脚本がよくなかった。荒唐無稽な設定はよいとしても、時代背景とか、いくらなんでも説明不足と言う他はない。私個人は、なにしろ〈戦争〉に強くなる本(ちくま文庫・電子版アドレナライズ)を書いたくらいだから、大正時代の軍縮や、陸海軍の軋轢などについて相応の知識を備えているが、今の若い人が、

陸軍と海軍は犬猿の仲ですから」

 などという台詞を唐突に聞かされて、疑問を抱くことなどないのだろうか。

 銘酒屋という言葉にせよ、本当は酒を商っているわけではなく、そういう看板を掲げている売春宿なのだが、映画を見ただけではそうした情報はまったく得られない。

 カメラワークとライトワークも感心しなかった。

全体的に絵が暗くて、綾瀬はるかの美しさを堪能できない。さらに言えば「露出」も少なすぎる。ドレスの裾をまくり上げて拳銃を抜いたり、洋服を脱ぐシーンもあることはあるが、ほとんど肌を見せてくれない。

 個人的な感想とは言え、こうしたことは昨今なんとなく開陳しづらい世相になってきているが、松坂慶子、由美かおる、夏目雅子といった昭和の美人女優たちは、いずれも見事なヌードを披露してくれたものだ。

 前半の主な舞台となるのは東京・玉の井で、現在の版図で言うと墨田区東向島のあたりだが、明治時代から前述の銘酒屋などが軒を連ねていた。永井荷風墨東奇譚の舞台でもある。

 ヒロインの盟友で、ウイグル人の血を引く元馬賊だという女性をシシド・カフカが演じていた。役どころはカフェーの経営者だが、この店もまた2階に座敷があって、そこでなにをするのかはご想像にお任せするが、とにかくそうした仕事をしている女の子も登場する。

 くだんの少年が玉の井に匿われていることを突き止めた陸軍は、部隊を繰り出してカフェーを襲撃するが、三八式歩兵銃を揃えた部隊(二個小隊規模=およそ40名と見た)を相手に、ヒロインはタイトル通りリボルバー(回転式拳銃)、シシド・カフカ演じる元馬賊は西部劇でおなじみのウィンチェスター銃で応戦。あっぱれ返り討ちにしてしまう。

 銃撃戦のシーン自体はたしかに見応えがあったが、問題は最後のやりとり。

「それ(ウィンチェスター)、どこで買ったの?」「浅草」

 これほど面白くないギャグを見せられたのは、ずいぶん久しぶりだ。

 ひどさのクライマックスが、映画のクライマックスである日比谷公園での銃撃戦だが、この時もまた、ヒロインに思いを寄せている元海軍士官、さらには元馬賊から従業員の女の子までが助太刀に来る。

 これまた、カメラワークとライトワークが最悪で、濃霧という設定とは言え、誰が何をしているか分からないアクション・シーンなど、あるものではない。

 その銃撃戦の結果だが、ヒロインは白いドレスを地に染めていたものの、顔は綺麗なままだし、前述の助っ人たちにいたっては全員無傷。ひどい。ひど過ぎる。

 綾瀬はるか主演の最新作だから、期待通りの出来だったなら「全力でオススメ」しようと思っていたのだが、これはもはや、コメントを差し控えさせていただく他はない。

 我ながら、いささか偉そうな物言いになってしまった、と思う面もあるのだが、それもこれも、映画、とりわけ邦画に対する思い入れのなせる技である。

 小学校低学年の頃から、かなりの数の映画を見てきたし、様々な角度からの知見も養ってきた。その集大成として、今のところ電子版のみであるが、この春正しい邦画のミカタ(アドレナライズ)が刊行されたので、できればご一読いただきたい。

 もう一本『クレヨンしんちゃん』も見た。タイトルをフルで紹介させていただくと、『しん次元!クレヨンしんちゃんTHE MOVIE超能力大決戦とべとべ手巻き寿司』である笑。あまりといえばあまりなので、以下『しんちゃん』とさせていただく。

 ジャンルを問わず映画を沢山見た、などと大見得を切って、舌の根も乾かぬうちに言い出しにくいのだが、アニメ映画だけは、いささか「食わず嫌い」の傾向があって、ジブリの作品以外はほとんど見ていない。『鬼滅の刃』のような話題作も含めて。今次も、ジブリの新作『君たちはどう生きるか』を見るつもりだったのだが、ネットで賛否両論、というよりは「プチ炎上」状態だったので、どんなものか、と先に見た次第。

 このシリーズは数多く公開されているが、初の3DCGということで、チケット代に3D用眼鏡の料金が上乗せされていた。

 ジブリのアニメを見慣れている身としては、あの『しんちゃん』の面々を3Dで見せられる意味がよく分からなかったが、ネットで話題になっていたのは、そのことではない。

 概略紹介すると、20と23の年に、正義と悪の超能力者が地球に誕生する、という予言が現実のものとなり、正義の超能力を授かったのは主人公しんちゃん(=野原しんのすけ)、そして暗黒の力を授かったのは非理谷充(ひりや・みつる)。

明らかに「非リア充」をもじった名前だが、その名の通り、学業も就職活動もさっぱりで、30過ぎて仕事はティッシュ配り。私自身、あれって職業だったのか、などとつい思ってしまったので、あまり偉そうに言えた義理ではないのだが、非正規雇用で友達も恋人もいない「弱者」として描かれている。そのような生活の中、唯一の心の支えだった「推し」のアイドルが結婚してしまったことで、世の中に対する恨みをつのらせた彼は、手に入れた暗黒の超能力で社会を混乱に陥れるが、クライマックスでは主人公の地元である埼玉県春日部市に現れ、園児達を人質に幼稚園に立てこもる。あとは「お約束」の展開で、正義の超能力を授かった主人公が奮闘し、悪を制圧する。

そして最後に、これもシリーズのお約束らしい(それほどたくさん見ていないので……)のだが、父親(野原ひろし)が非理谷に説教を垂れるのだ。

「今の社会は生きづらいかも知れないけど、幸せになる道はきっとある」

「幸せなるための早道とは、誰かを幸せにしてあげること」

 そして主人公一家が「頑張れ!」とエールを送って大団円となる。

 ……こう述べると、いかにもありがちなアニメのラストシーンと思われがちだが、この設定にひっかかった、という人が多い。それでプチ炎上状態なのだ。

 前にも本連載で少し触れたことがあるが、主人公の父・野原ひろしは35歳にして埼玉県春日部市に一戸建てを所有し、妻(母・野原みさえ)は専業主婦。しんちゃんと妹ひまわりの二人子供がいて、自家用車もあればペットの犬もいる。

 そのような父が、わずかに若いとは言え同じ30代の恵まれない青年を励ましても、

「マイホームに住む勝ち組に言われてもなあ……」

 としか受け取られない、というのだ。実際、ある映画評サイトでは、この設定とエンディングは「気持ち悪い」とまで書かれていた。

 日本社会の「地盤沈下」は、いよいよ深刻だな、と思わざるを得なかった。

 この漫画が『週刊漫画アクション』で連載が始まったのは1990年。バブルが崩壊する直前のことであった。当時は30代のノン・エリートでも、頑張れば一戸建てを手に入れることができたのである。私の知人もこの頃、30代で神奈川県下に一戸建てを購入している。

 そもそも論から言うと、この漫画の野原家は、ごく平凡な中流家庭と描かれていたはずで、近所の人達の暮らし向きにも「格差」は見られない。5歳になる長男の言動は、確かに常軌を逸したものだが、背景には家族の絆とか、幼稚園児なりの友情がちゃんと描かれていた。

 どう考えても非正規雇用の若者に「上から目線」でエールを送る人たちではないはずだ。

その野原家がこのように描かれ、評されるとは、まさしく末法の世ではあるまいか。

出典)株式会社アドレナライズ

トップ写真:第68回カンヌ国際映画祭に出席した夏帆、綾瀬はるか、広瀬すず、長澤まさみ、是枝裕和(本記事とは直接関係はありません)

出典:Stephane Cardinale – Corbis/Getty Images




この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト

1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。

林信吾

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