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[島津衛]<ウクライナ危機・7つの教訓>領土問題に関する国際社会の厳しい現実と軍事力の重要性[現役自衛官の国防・軍事ノート]

ペンネーム・島津 衛(防衛大学校卒、現役自衛官)

執筆記事

 

2014年3月18日、ロシアはクリミア・セヴァストポリを自国に編入した。クリミア自治共和国の住民投票や議会の編入要望決議などを受けての併合であり、民族自決の原則からしても正当だとロシアは主張している。

しかしこの主張は国際的なコンセンサスを得られていない。さらに、ウクライナ東部においてこの危機は継続しており、予断が許されない状況にある。

ロシアが国際社会の批判を予測しつつ敢えて併合したのは理解に苦しむところだ。クリミア半島は経済的にそれほど価値が高くなく、むしろ負担になるからだ。軍事的には良好な軍港があり、黒海を制する要地であるという価値があるが、今の時代に軍事的な価値だけで1994年のブダペスト覚書を破棄し、国際社会を敵に回すのは驚きだ。

この問題の背景には、ロシアの国内統治の強化と周辺国のロシア離れの防止という目的があるだろう。その要因となっているのは、クリミアの歴史と情緒に関わる部分だ。クリミア半島はクリミア戦争(1853〜1856年)の激戦で勝ち取った土地であり、かつロシアは、ソ連時代にフルシチョフがクリミアをウクライナに割譲したことを歴史の過ちと考えている。クリミアには多くのロシア人が居住し、またリゾート地としても訪れる言わば心のよりどころだ。そこを守ることで国内の治安を維持し、ロシアから離反しようとする国(ウクライナ)に対して強硬な態度をとるという姿勢を見せることが、周辺国のロシア離れを防止する方策であると考えられる。

このような背景があるため、一度火がつくと引けなくなるというのが現実であり、これが領土問題や民族問題の本質である。わが国を含めどの国にも言えることかもしれないが、今回の併合は力を背景に行われ、国際社会は有効な対応策をとれなかった。

今回のクリミア併合についての国際社会はどう対応したか。まず米国だが、強くロシアを非難したものの軍事的な介入は初めからオプションになかった。大国同士が対立した場合、軍事的な制裁は働きにくいということだ。

また、欧州をはじめとする各国の対応の足並みが揃わなかったのは、経済的なつながりが複雑だからである。冷戦構造が崩壊し、経済的関係が複雑化・深化した結果、明確な対立の軸が生まれにくくなっている。

中国は今回の危機を静観し、自国の今後の行動と重ね合わせてその影響を考慮し、状況を見定めているように見える。そして米ロは中国を味方に匹入れようと綱引きをしているようだ。

今回のクリミアにおける危機のポイントは次の7つだ。

【ポイント1】領土問題は一度火がつくと退けない

【ポイント2】先に実効支配するのが勝ち

【ポイント3】ウクライナ軍弱体化が誘因

【ポイント4】米国の対応は現状変更勢力にプラス

【ポイント5】対露強硬姿勢を取れば防衛力も変わる

【ポイント6】経済関係の複雑化が統一した対応を阻害

【ポイント7】対立国の国民を抱えると相手に口実を与える可能性

以上のことを考えると、今回の危機が直接的・間接的にわが国の安全保障に及ぼした影響は極めて大きい。今回の危機は、領土問題に関する国際社会の厳しい現実と軍事力の重要性をまざまざと見せつけた。

現時点でわが国に大きな影響があるとは思わないが、各国の軍事力、経済力の現状と傾向を鑑みると、わが国は安全保障上の重要な時期のただなかにある。したがって、今後15年をわが国がいかに過ごすかが重要だ。そのポイントは、ある程度独力で対応できるよう、軍事力のみならず、政治・経済・情報など総合力をしっかりと整備していくことである。

 

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