[島津衛]中国政府が進める“軍事以外の方法による『見えにくい侵攻』”〜中国の防空識別圏の設定と「三戦」[現役自衛官の国防・軍事ノート]
ペンネーム・島津 衛(防衛大学校卒、現役自衛官)
先日、中国が東シナ海に防空識別圏を設定した。これを言葉を換えれば、軍事手段以外の方法で「見えにくい侵攻」を行っているとも言える。
「見えにくい侵攻」。それらは「三戦」と呼ばれる。「三戦」とは、「輿論戦」、「心理戦」、「法律戦」のことだ。2003年の「中国人民解放軍政治工作条例」の改訂において定義されたものであり、その際に政治工作の三原則として「瓦解敵軍」、「官兵一致」、「軍民一致」を挙げている。
中国におけるこのような心理戦重視の姿勢は今に始まったものではない。日清戦争、日華事変、そして大東亜戦争のころから「日本に比して劣勢な装備を補うため」に「宣伝」を積極的に行った。それが始まり(「走り」は中国の言葉? 藤田)である。「抗日戦争」における日本兵捕虜の協力や国共内戦における国民政府軍の集団投降など成功体験が積み重なることで、中国はますます「三戦」重視の傾向を強めることとなる。
世界に目を転じても、コソボ紛争において捕虜収容所の写真が一気に国際世論の風向きを変えたように、心理戦が徐々に戦争そのものに影響を及ぼすようになっている。イラク戦争では米国のメディアコントロールも話題になったが、米国は捕虜虐待や開戦の合法性などにおいて国際世論を敵に回してしまった。メディアが発達した現代では「三戦」の影響はもはや無視できない状況になっている。
中国はどのように「三戦」を戦っているのか。
まず「輿論戦」。もともと国際世論は透明性の足りない中国には不利な状況だ。中国はその巻き返しを図ろうとしているように見える。例えば、国防部報道官制度により主導的な発言権の確保と透明性の宣伝を行ってきた。さらに、2008年以降は国防白書の発表を説明つきで行うようになるなど、逐次「積極的輿論戦」に取り組んでいる。
次に「心理戦」だが、新華社系週刊誌『瞭望』によると、中国は20世紀末に心理戦部隊を編成したと報じている。この部隊は、随伴放送や宣伝ビラの散布等を行う部隊と思われるが、それだけでなく、空母、ステルス戦闘機や対艦弾道ミサイルなどの各種装備の導入や大規模着上陸演習の実施などの「威嚇効果」のあるものを宣伝して「抑止効果」を狙う動きもある。
最後の「法律戦」には、「消極的法律戦」と「積極的法律戦」がある。中国はこれまで前者について軍隊を含めた国際法の遵守を徹底するよう取り組んできたが、「積極的法律戦」、すなわち「ルール作りへの関与」や「独自の解釈」も進めている。先の尖閣諸島上空の防空識別圏の設定もその一つだ。1992年の「中国人民共和国領海及び接続水域法」、1998年の「中華人民共和国排他的経済水域と大陸棚法」、2005年の「無人島法」等において軍隊への法的権限の付与や独自の解釈を行ってきた。
以前は「領土問題はない」とされてまったく議論にもならなかった尖閣諸島が、現在中国の防空識別圏に取り込まれ、頻繁に領空侵犯や領海侵犯を受け、わが国の漁船の自由も奪われている。これが「見えにくい侵攻」の実態である。この「侵攻」は場当たり的にも見えるが、体系的に行われている部分もある。
これに対抗するには、わが国としての防衛意思をしっかりと示し、後手を踏まないようにすることが何よりも重要である。先日設置された国家安全保障会議の役割が期待されるところだ。
【あわせて読みたい】
- 「これではまるで中国政府の記者会見だ!」〜情報発信強化を謳いながら、安全保障報道で外国メディアを差別する安倍政権(清谷信一・軍事ジャーナリスト)
- 米朝「正常化」したら日本はどうする〜アメリカが北朝鮮に対し「核の放棄」から「核不拡散」に舵を切れば、日本は取り残される(藤田正美・元ニューズウィーク日本版編集長)
- 「軍事産業は国の財産」と演説した現実的政治家ネルソン・マンデラの死と「最後の未開拓巨大市場」南アフリカの現在(清谷信一・軍事ジャーナリスト)
- 12月8日、金正恩の後見役・張成沢(国防委員会副委員長)の逮捕!〜吹き荒れる「粛正」の嵐で揺れる北朝鮮。どうなる?!金正恩政権(朴斗鎮・コリア国際研究所所長)
- 防衛省・技術研究本部の海外視察費はわずか92万円〜写真やカタログだけで十分な開発ができるのか?(清谷信一・軍事ジャーナリスト)
- 中国の武力的「冒険主義」を思いとどまらせるのは「外交」しかない〜12月ASEANの首脳会談でのアジェンダ(藤田正美・ジャーナリスト/元ニューズウィーク日本版編集長)