"Japan In-depth"[ジャパン・インデプス]

ゴム製履帯の可能性 前編

清谷信一(防衛ジャーナリスト)

【まとめ】

軍隊の装甲車輌ではCRT(Campsite Rubber Track)と呼ばれるゴム製履帯の採用が増えている。

金属製履帯と比較したCRTの利点は、最大50パーセントの軽量化と、振動と騒音の削減である。

・CRTの欠点は導入コストが高いことであるが、トータルコストを考慮すると低いものである。

 

 近年軍隊の装甲車輌ではCRT(Campsite Rubber Track)と呼ばれるゴム製履帯(りたい)の採用が増えている。これは単にゴム製ではなく、アラミド繊維や金属など多くの異なった素材からなる重層的な構造を有している。

CRTは金属製履帯にくらべて軽量で振動が少ない。またパーツ点数が少ないために維持整備や兵站が軽減されるなど多くのメリットがある。既に民生の農業や建機用のものは長年使用されているが、装甲車用はより大きな荷重と過酷な使用に耐え、また摩擦に対する耐性も必要なために、実用化のハードルが高かった。

我が国では防衛産業の凋落が激しく、ダイセル、コマツ、横浜ゴム、島津製作所、住友重機械工業など多くの企業が防衛から撤退、あるいは事業の縮小を行っている。このまま行けば、日本の防衛装備の開発、生産基盤は衰退するばかりだろう

そんな中で筆者が狙うべきだと思うのが、このCRTだ。現在はまだ世界でもCRTを使用している装甲車輌は少ないが、ここ10年ほどで採用するケースは増加している。CRTは金属製履帯に比べて多くの利点があり、コストもライフ・サイクル・コストでみれば優秀だまた技術的にも発展の余地も大きい

▲写真 イギリス海兵隊のバイキングATV(筆者提供)

CRTを使用している装甲車としては二連結方式のBAEシステムズ傘下のヘグランズ社のATV(汎地形)装甲車、BvS10バイキングなどが有名だ。ドイツのラインメタルディフェンス社のリンクス、英国のBAEシステム社のCV90、韓国ハンワ・ディフェンス社のレッドバックなどの40トン級の歩兵戦闘車などに採用されており、50トンクラスの戦車に使用できるものも登場してきている。

▲写真 SOCY社のCRTを装着したBAEシステムズのCV90(筆者提供)

CRTの導入は陸自にとっても多くのメリットがあり、また輸出も容易な製品だ。現在メーカーはさほど多くなく、西側ではカナダのソーシー(Soucy)社とタイのチャイセリChaiseri Metal And Rubber)社が有名だ。ロシアや中国でもCRTを2連結式のATVなどに使用している例が見られるがプライヤーは不明だ。

国際的にメーカーが少ないので、市場に参入するチャンスは日本企業にもある。しかも我が国は開発に必要なゴムや複合繊維など素材に強いメーカーが多く、また国内に建機や農業車輌メーカーが多く、世界の市場にも進出して大きなシェアを持っている。技術の派生効果は大きいだろう。

CRTの利点は多い。まず軽量である。重量は金属製履帯にくらべて、最大50パーセント軽い。40トンクラスの装甲車であれば1~1.5トンの軽量化が可能となる。水陸両用車の場合はより値が大きくなる。これはCRTに浮力があるためであるためだ。英陸軍の調査によると金属製履帯の79パーセント軽量となるとの値がでている。基本シングルピースであり、金属の履帯のように多くのパーツがない。

因みに英軍では先述のバイキング、スコーピオン偵察車などで既にCRTを導入している。更に歩兵戦闘車、ウォーリアの近代化、次期歩兵戦闘車、エイジャックスにCRTの導入を検討している。

近年の装甲車輌は防御力の強化のための増加装甲や、RWS(リモート・ウエポン・システム)、各種センサー類など搭載する装備が増えて荷重気味である。CRTを導入すれば重量を大きく低減できる。 軽量になればその分、車輌の燃費がよくなる、CRTを導入によって、最大30パーセント向上するという。

ジェーンズ社のIDR(International Defence Review)誌2021年10月号の「Continuous revolution: The rise of Campsite Rubber Track technology」によれば、英陸軍の試験ではCRT採用によって、通常約28パーセントAFVの航続距離が伸びる。CV90のトライアルの場合、約40パーセントの向上が認められた。

また英陸軍のウォーリアの5千キロのトライアルではCRTは路上で16パーセント、路外では24パーセント燃費が向上した。このトライアルでは5千キロ中、25パーセントが路上、75パーセントが路外で、鉄製履帯での航続距離は418キロに対して、CRTでは535キロ、28パーセントの航続距離が認められた。

2016年にノルウェー陸軍が行った重量42トンのレオパルトC2を使用したCRTに関する実験では33パーセントの燃費向上、50パーセントの航続距離の結果であったという。つまり、航続距離が同じならば、燃料タンクを小型化し、携行燃料を減らすことによって。200キロの車体の軽量化が可能だとしている。

▲写真 SOCY社のCRT(筆者提供)

ソーシー社によればCRTは、金属製履帯に比べて振動も騒音も少ない。振動は最大70パーセント少なく、騒音は13.5dB以下である。金属製履帯の車輌が多数移動すれば履帯がかなり大きな音を立てるので敵に察知されやすい。騒音と振動が少なければ乗員の肉体的負担を大きく減らすことができる。装軌車両が路上走行をする場合、金属製履帯の場合は道路を傷つけないためと、乗員への振動を減らすためにゴム製のパッドを装着するがCRTではこれが必要ない

先述のIDR誌の記事によればパッドの重さは履帯の約3割になり、スペアも必要である。そのパッドの寿命は走行距離400~800キロ程度であり、交換には18時間かかる。英陸軍が東欧で、エイジャックスを使用して行った2千キロの走行では1輌あたり7トンが必要だった。対してパッドが必要ないCRTを用いた英軍のウォーリアのトライアルでは5千キロ走行時に、CRTは415時間メンテナンス時間を削減できた、とある。

そして意外に思えるかもしれないが、生存性が高い。触雷の際CRTは衝撃を吸収して衝撃を和らげ、乗員へのダメージを抑え、NATO規格のSTANAGのレベル3、TNT8キロの履帯下での爆発でも依然走行が可能である。またダメージを受けても応急キットで、300分ほどで修理ができ、その場合でも時速30キロで100キロは走行できて戦場を離脱することが可能だ。

CRTの欠点は導入コストが金属製履帯に比べて高いことだ。軌道輪や転輪も専用を使う必要がある。だが維持整備費は金属製履帯に比べて80%も低いので、トータルコストは低いと考えていいだろう。性能、騒音や振動などの機能、利便性、兵站などの面からみて、CRTが金属製履帯に置き換わる可能性は高い。事実既に建機などでは相当普及が進んでいる。また金属製履帯よりも将来の技術的発展性、コストダウンの蒲生性もより高い。陸自でも真剣に導入を検討すべきだ。

だが防衛省にその気はない。防衛省の防衛装備庁でもCRTの基礎的な開発が行われた。だが、筆者は装備庁の担当者に取材したが、防衛省にはその後、実用化、装備化に向けてのプログラムは存在しないとのことだった。

一般的に防衛省の開発は目的が不鮮明だ。その研究が実用化に向けたものなのか、技術実証に終わるものかの区別が曖昧だ。また装備化した場合に契約企業が輸出や民間製品への技術移転を行うことによって、その技術がビジネスとして育っていくことに興味がない。だから開発が終わるとその成果が活かされないことが大変多い。これは防衛省の装備開発の宿痾ともいえる組織的な欠陥だ

※参考文献は後編に記載

後編に続く)

トップ写真:CRTを採用したラインメタル社のリンクス (筆者提供)