無料会員募集中
.政治  投稿日:2022/12/10

陸自「次期装輪装甲車にAMV」の問題点


清谷信一(防衛ジャーナリスト)

【まとめ】

・AMVの選定自体に異論はないが、防衛装備庁、陸上自衛隊幕僚監部の当事者能力に問題がある。

・防衛省が次期装輪装甲車の概要の説明を拒んだことも問題だ

・他国は当たり前に納税者に公開している情報を公開せず隠蔽しているために、防衛調達の実態が納税者に知られていない。

 

防衛省は12月8日に陸上自衛隊の8輪の96式装甲車の後継としてフィンランドのパトリア社のAMVを選定した。筆者は長年AMVをその採用国であるポーランドや南アフリカなどで現地取材してきたが、優れた装甲車であると考えている。またポーランド軍はアフガニスタンの戦闘でも使用しており、実戦での能力も証明されている

AMVの選定自体に異論はないが、防衛装備庁、陸上自衛隊幕僚監部の当事者能力に疑問があり、今後AMV導入を巡っても悶着が起こる可能性がある。

またいつものことだが、防衛省、自衛隊の過度の秘密主義、隠蔽主義でこのプログラムの概要すら政治家も納税者は知らされないまま、予算が決められることになる。

96式後継の選定は当初「装輪装甲車(改)」という名称で、コマツと三菱重工がそれぞれ提案した。コマツはNBC偵察車をベースに開発した車輌を提案、三菱重工は16式機動戦闘車をベースにしたMAV(Mobile Armoured Vehicle)を提案して、2014年度から2016年度の間に試作が行われ、2016年度から2018年度の間に各種技術・実用試験が行われた。

▲写真 三菱重工に提案された機動装甲車 出典:防衛省より

その結果コマツ案が採用された。だがその後の試験で防弾性能などに問題があるとして2018年6月に開発は中止がアナウンスされた。だが問題はそれだけではなかった。筆者が取材した限り、不整地走行性能など多くの不具合があったようだ。それはコマツが契約を取るために極端に安い価格を出して契約を取ったからだ。

この車体はコマツが開発したNBC偵察車をベースに安価に開発されたものだ。陸幕は同車の装甲は車内を加圧して外部からのNBC(核・生物・化学)兵器の侵入を防ぐためものであり、防弾性能は求められていなかった。しかも路外走行能力も求められていなかった。そのような装甲車を、金をかけずに開発した安普請な装甲車であった。

問題は、性能AMVの選定自体に異論はないが、防衛装備庁、陸上自衛隊幕僚監部の当事者能力に疑問があり、今後AMV導入を巡っても悶着が起こる可能性がある。比べればMAVが採用されるべきだったがコマツに仕事を与えたい、そうしないとコマツの仕事量が減って、事業が継続できなくなる、それを避けたいという「おとなの事情」があったからだろう。ところが採用したものの、箸にも棒にもかからない代物だったので調達が中止になった。

ほぼ同時期にコマツは排ガス規制の強化にあわせて軽機動装甲車の改良型を開発したが、調達単価が3千5百万円から5千万円に高騰し、財務省が難色をしめしたこともあって採用されなかった。このためコマツは事業規模を維持できず、装甲車事業から撤退した。(コマツが装甲車輛から引かざるを得ない理由)

このため防衛省は新たに「次期装輪装甲車」として96式の後継選定を2022年度に開始した。候補は三菱重工がMAV、NTKインターナショナル社AMVを、双日エアロスペースがGDLS(General Dynamics Land Systems)提案した。

MAVはこれとは別の「共通戦術車」に既に採用されている。これは16式機動カナダのLAV6.0 を提案した。だがLAV6.0は2022年度末の納期に試験用車輌が間に合わずに脱落した。

▲写真 GDLSが提案したLAV6.0 出典:防衛省より

このためMAVとAMVの一騎打ちとなったが、防衛省が求める基本性能はAMVが優れ、後方支援・生産基盤については両車同等、経費についてはAMVが優位でAMVを次期装輪装甲車のAPC(Armoured Personnel Carrier:人員輸送型)として選定した。

だが問題がある。AMVは国内でライセンス生産されることになっているが、それは現在パトリア社が調整中ということだ。どこが国内生産するか現段階では不明ということだ。それでいて、後方支援体制や生産基盤について防衛省は判断したことになる。無責任ではないか。

通常、このような場合メーカーが初めから国内パートナーと組んで生産体制も提案する。8日行われた本件のレクチャーで、ライセンス生産先が決まらない、あるいは調達単価が上がるなどの条件を満たさなかった場合、キャンセルもありうると説明していた。

だが既に防衛省は来年度予算で次期装輪装甲車29両分を232億円で要求し、2026年度から配備するとしている。採用がキャンセルされた場合、また時間と費用を掛けて入札と試験を行うことになる

防衛省の秘密主義も問題だ。防衛省は今回APC型にしか言及していなかった。だが同車は初めからファミリー化を前提としている。筆者の質問に答える形で指揮通信車、施設支援車などの派生型の調達予定があることを述べたが、筆者が質問しなければ明らかにしなかっただろう。

他国では普通基本型となるAPC型含めてどのような派生型を各何輌ずつ調達し、総調達数と予算を明らかにする。だが防衛省、自衛隊は初年度の調達数しか明らかにしない。設備投資の概要すら国会や納税者に説明しないのは民主国家の「軍隊」として不合格だ

装備調達は企業で言えば設備投資だ。例えば上場の輸送会社で新しいトラックを導入するとしてその種類も、調達数も、総額も明らかにせずに役員会の了承が得られるだろうか。これがどんなに異常であるか、国会議員の多くも認識していない。

また防衛省は次期装輪装甲車の概要すら説明を拒んだ。AMVは多くの国で採用されているが、それぞれの国でカスタマイズが容易であることがセールポイントである。その概要は例えばポーランドや南アフリカなどは明らかにしているが、防衛省は病的にまでそれを拒む。

筆者はAPC型の武装についても質問したが12.7ミリ機銃を搭載することは、におわせたが、明確な答えは得られなかった。昨今のAPCでは銃座に機銃を搭載するだけでなく、火器とレーザー測距儀、暗視装置、ビデオカメラ、自動追尾装置などを統合したRWSの搭載が普通に行われているが、それも明らかにならなかった。

暗視カメラや安定化装置を組み込んだRWSはより遠く、夜間の索敵が可能であり、走行中の射撃でも高い命中精度が期待できる。またドローンの迎撃にも有効だ。単に機銃を搭載した場合と何倍も戦闘力が違ってくる。今や途上国ですら標準装備として導入が進んでいるRWSを陸自はただの1個も導入していない。まるで昭和から進歩がない

また現代の装甲車はエレクトロニクス関連の比重が増えている。ナビゲーション・システム、戦場における状況を把握するバトル・メネジメント・システム、RWSなどがシステムとして統合されている。さらにこの装甲車が部隊とネットワークを構成する。普通外国ではこれらの概要程度の情報は公開される。そうでないと政治家も納税者もその調達が適正か否かの判断がつかない。

因みにMAVは陸自の別な8輪装甲車プログラムである共通戦術装甲車に採用されおり、無人砲塔に30ミリ機関砲を搭載した歩兵戦闘車型、有人砲塔に30ミリ機関砲を搭載した偵察車型、タレス社の迫撃砲を搭載した自走120ミリ迫撃砲型の開発が進められている。

だがこれらの搭載システムの統合に不具合があって、開発が難航している。装甲車輌のシステム統合、ネットワーク化は非常に高度であり、日本のメーカーにその実績は少なく、能力も低い。このシステム統合について何の説明もなく、車体のドンガラだけの説明で良し、としている防衛省のメンタリティは昭和で止まっている。これでまともな装甲車の運用は不可能だ。また諸外国ではAPCといえどもドローンなどの運用やドローンジャマーなどを搭載することも進んでいるが、次期装輪装甲車にそのような機能が搭載されるかも不明だ。

このような他国は当たり前に納税者に公開している情報を公開せず隠蔽しているために、防衛調達の実態が納税者に知られていない。このため政治やメディアによる監視も十分ではなく、諸外国からみれば奇特、不合理な調達が是正されていない。

このような状態で防衛費をGDP比2パーセントに上げても国防力の強化につながらず、いたずらに国家財政を悪化させるだけだろう。

トップ写真:パトリア社が開発したAMV 出典:防衛省より




この記事を書いた人
清谷信一防衛ジャーナリスト

防衛ジャーナリスト、作家。1962年生。東海大学工学部卒。軍事関係の専門誌を中心に、総合誌や経済誌、新聞、テレビなどにも寄稿、出演、コメントを行う。08年まで英防衛専門誌ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー(Jane’s Defence Weekly) 日本特派員。香港を拠点とするカナダの民間軍事研究機関「Kanwa Information Center 」上級顧問。執筆記事はコチラ


・日本ペンクラブ会員

・東京防衛航空宇宙時評 発行人(Tokyo Defence & Aerospace Review)http://www.tokyo-dar.com/

・European Securty Defence 日本特派員


<著作>

●国防の死角(PHP)

●専守防衛 日本を支配する幻想(祥伝社新書)

●防衛破綻「ガラパゴス化」する自衛隊装備(中公新書ラクレ)

●ル・オタク フランスおたく物語(講談社文庫)

●自衛隊、そして日本の非常識(河出書房新社)

●弱者のための喧嘩術(幻冬舎、アウトロー文庫)

●こんな自衛隊に誰がした!―戦えない「軍隊」を徹底解剖(廣済堂)

●不思議の国の自衛隊―誰がための自衛隊なのか!?(KKベストセラーズ)

●Le OTAKU―フランスおたく(KKベストセラーズ)

など、多数。


<共著>

●軍事を知らずして平和を語るな・石破 茂(KKベストセラーズ)

●すぐわかる国防学 ・林 信吾(角川書店)

●アメリカの落日―「戦争と正義」の正体・日下 公人(廣済堂)

●ポスト団塊世代の日本再建計画・林 信吾(中央公論)

●世界の戦闘機・攻撃機カタログ・日本兵器研究会(三修社)

●現代戦車のテクノロジー ・日本兵器研究会 (三修社)

●間違いだらけの自衛隊兵器カタログ・日本兵器研究会(三修社)

●達人のロンドン案内 ・林 信吾、宮原 克美、友成 純一(徳間書店)

●真・大東亜戦争(全17巻)・林信吾(KKベストセラーズ)

●熱砂の旭日旗―パレスチナ挺身作戦(全2巻)・林信吾(経済界)

その他多数。


<監訳>

●ボーイングvsエアバス―旅客機メーカーの栄光と挫折・マシュー・リーン(三修社)

●SASセキュリティ・ハンドブック・アンドルー ケイン、ネイル ハンソン(原書房)

●太平洋大戦争―開戦16年前に書かれた驚異の架空戦記・H.C. バイウォーター(コスミックインターナショナル)


-  ゲーム・シナリオ -

●現代大戦略2001〜海外派兵への道〜(システムソフト・アルファー)

●現代大戦略2002〜有事法発動の時〜(システムソフト・アルファー)

●現代大戦略2003〜テロ国家を制圧せよ〜(システムソフト・アルファー)

●現代大戦略2004〜日中国境紛争勃発!〜(システムソフト・アルファー)

●現代大戦略2005〜護国の盾・イージス艦隊〜(システムソフト・アルファー)

清谷信一

copyright2014-"ABE,Inc. 2014 All rights reserved.No reproduction or republication without written permission."