軍拡路線追認する新聞に問う その2
清谷信一(防衛ジャーナリスト)
【まとめ】
・自衛隊の設備に予算が回って来なかったのは、防衛省、自衛隊が高くて低性能な装備を高額で買うから。
・マスコミが防衛費の使い方をもっと報じていれば、現在のような歪んだ装備調達偏重の予算の使い方はある程度変わっていたはず。
・日本を代表する経済紙を自称するのであれば、防衛予算の構造的な問題をまず指摘すべきだ。
日経の防衛予算関連記事は、防衛省や自衛隊の予算使い方を精査もせずに、まるで政府広報紙如く、防衛予算拡大へ世論を誘導しているように見える。そして予算の問題と法整備の問題を混同している。(日本経済新聞:自衛隊、劣悪環境で人材難 「人的資本」軽視のツケ 防衛費を問う③)
(以下、引用)
>「寒冷地や標高の高いレーダーサイトの隊舎はエアコンを整備しない基準だった。エアコン整備を一気に進めるよう促したい」。元防衛相の河野太郎氏が6月、ツイッターに投稿した。
>隊舎そのものも傷みが激しい。陸上自衛隊東千歳駐屯地(北海道)の隊庁舎は築60年弱で、外壁のコンクリートが破損して崩れかけている。大地震があれば災害対応で出動する自衛隊自体が危険にさらされかねない。
>防衛省が所有する建物の4割、9800棟程度は築40年以上だ。旧耐震基準の建物でその8割は耐用年数を過ぎている。
>18年にはトイレットペーパーを自衛隊員が自費で購入する話が国会で取り上げられた。調査によると陸自部隊の13.6%もいた。
(引用おわり)
かつてこのような「些細な問題」を日経はいつもスルーしてきた。今になってそれを急に憂うようになったのは何故だろうか。まずそのような報道をしてこなかった不明を自己批判すべきだろう。
そもそも、このようなことに予算が回って来なかったのは、防衛省、自衛隊が高くて低性能な装備を高額で買うからだ。結果として正面装備に予算を取られて、本来必要不可欠な予算をケチってきたのだ。筆者は長年問題にしてきたが、セーターの支給もしてこなかった。
そのような前提を解説もしないで、現場の自衛官は予算が足らなくて大変な思いをしていますと、浪花節的な記事を載せて世論を軍拡に誘導するならば、戦前戦中の大政翼賛会のメディアと同じだ。
筆者は河野太郎氏が防衛大臣当時、せめてサッシを断熱サッシに変えるべきだと申し上げた。最小の投資で冷暖房効率が高くなること、断熱サッシは外国製が多く、国内サッシメーカーへ断熱サッシ量産のスプリングボードになって産業振興にもなるからだ。これが実施されたかは知らないが、河野太郎氏はサッシ業界に断熱サッシに力を入れろとハッパをかけて、業界は多忙になったそうである。
筆者より遥かに影響力がある日本経済新聞が、防衛費の使い方をもっと報じていれば、現在のような歪んだ装備調達偏重の予算の使い方はある程度変わっていたはずだ。
▲写真 平成26年度国内における米陸軍との実動訓練(2014年11月27日) 出典:陸上自衛隊HP
(以下、引用)
>演習や訓練などのために部隊が移動する場合、予算から高速道路料金が捻出できないことがある。一定の幹部以上でなければ、一般道を走ったり、目的地よりかなり手前のインターチェンジで降りたりして節約することがあるという。
>在日米軍は日米地位協定に基づき、軍用車両が施設間を移動するときに有料道路を使う場合、支払いが免除される。自衛隊は災害派遣時などは無料だが、通常の移動や訓練目的では一般の人と同様に支払う。
(引用おわり)
意図してかどうかは、知らないが予算問題と法整備の問題を混同するのはこのシリーズの執筆者である各記者と担当デスクの能力に問題があるのではないか。
これは予算の問題ではなく、道路法の車両規制と同じく法整備の問題だ。道路法の規制で装輪装甲車は横幅2.5メートル以下となっている。だから96式装甲車などまでは、2.5メートル以下の横幅に収められていた。そして機動戦闘車もそれで行こうとした。だが物理的に横幅2.5メートルで105ミリ戦車砲の反動を吸収できるわけがない。そこで三菱重工と機甲科OBが説得して例外規定を使うことで横幅を3メートル弱に拡大することになった。当初の陸幕の主張通りに作っていたら主砲を撃ったらひっくり返る欠陥兵器ができていたろう。
実は国交省に年に1回書類を出すだけで横幅の規制を緩和できる。だが、防衛省も陸幕もその程度のことを嫌がった。法律の改正が面倒くさいのと、これを遵守していれば横幅の大きい外国製装甲車を調達から排除できるからだろう。
96式装甲車にしても8輪車のくせに、不整地走行能力が低く、雪でもないのにチェーンを巻かないと走行できない。実際コマツの設計者からはせめて2.6メールまで横幅があれば、と悔やんでいた。だが陸幕がそもそも装輪装甲車は路上でしか使わないよね、不整地では下車戦闘だよね、とういう夢想的な運用を考えて開発と調達を進めてきた。
実はこの道路法のこの規制には「在日米軍を除く」とある。つまり、これに「自衛隊も」と書き加えるだけで国交省に毎年書類出す必要もなくなる。それは記事にある高速道路の料金問題も全く同じだ。これを書いた記者はそのような視点が欠けている。これを予算の問題だと断じるのは見識の欠如である。
小泉内閣では有事法が成立し、自衛隊を縛る規制が緩和された。例えば野戦病院は病院法違反で実戦では使用できなかったがこれは解消した。だが、まだ問題となる規制は少なくない。しかし、その後の内閣は全くと行っていいほどノータッチだ。そして日経を含む新聞もこの問題を無視してきた。
日経の記者にはそのような自衛隊や軍隊に対する基礎的な知識が欠如している。新聞やテレビ、通信社など記者クラブメディアは非会員メディアやフリーランスを排除して記者会見や各種レクチャーなどの取材機会を独占しているが、防衛省に日がな一日入り浸って、一体何を取材してきたのか。
(以下、引用)
>陸自の自衛官は「活動に必要な予算すらなければ、隊員の士気に関わる。いざというときに力を発揮できる環境を整えてほしい」と訴える。
(引用おわり)
こういうコメントを使うのも、意図的な防衛費増大を狙う意図的な世論誘導だろう。「必要な予算」をつけてこなかったのは陸幕にまともな軍事常識が欠如しており、適切な予算配分を怠ってきた結果である。
他国の3倍の戦車、3~10倍の小火器を野放図に調達していれば、隊舎の更新やトイレットペーパーが買えなくなるのは当たり前の話である。
▲写真 16式機動戦闘車 出典:陸上自衛隊第6師団HP
そのお高い装備も欠陥が多い。16式機動戦闘車はつい数年前まで、クーラーが無かった。財務省が「夏場にクーラー無しで、特に南西方面で戦えるのか、クーラーをつけないならば予算を認めない」と言われて、クーラーがつくようになった。だがそれ以前に調達した16式はクーラーをつけるという話を聞いたことがない。財務省に言われて渋々つけたのだ。陸自の装甲車両の多くはクーラーがなく夏場のNBC環境では戦闘が不可能だ。
意図しているかどうかは不明だが、相手の言い分を検証しない、あるいはできる能力がなく、防衛予算を増やせという主張を取り上げているようにしか思えない。
(以下、引用)
>防衛費は戦闘機や艦艇などの大型で目を引く正面装備ばかりが注目されてきた。防衛省も自衛官の身の回りの備品や隊舎整備、移動費などに関する予算要求を諦めていた。
(引用おわり)
これはご案内のように、記者クラブメディアがそのようなことを問題としてこなかったからだ。そのようなことを問題として報じてきたのは我々専門記者である。
そもそも記者クラブの記者に軍事の専門知識や常識はない。専門知識も興味もない記者が、外国の軍事事情も取材した経験記者が防衛省に配属されているに過ぎない。だから防衛省や自衛隊の話が本当かどうか、検証もできない。だから当局の「ここだけの話」というリークを聞いてこのような記事を書くのだ。
また記者クラブは当局と癒着してきた。一民間任意団体に過ぎない。筆者は防衛省職員が防衛記者クラブのコピー取りをしたり、コーヒーを作ったりして役務を提供するのは不適切ではないかと河野太郎大臣(当時)に質問し、その後そのような役務提供がなくなった。
小野寺大臣の時代、筆者はNHKの防衛記者クラブのキャップから質問の妨害を受けた。大臣が不快に思うような質問をするな、ということだ。得てして記者会見では大臣が困惑するような質問が出ないし、事前に質問を提出して、大臣は書面を読んで回答することも多々ある。これは諸外国ではあり得ない話だ。
そして記者クラブが専門記者を排除するので日本では軍事の専門記者が大変育ちにくい。専門知識に裏付けられた報道が少ないために、政治家も国民も防衛問題に対する知識や常識が不足した状態で不毛な「神学論争」を繰り返しているのだ。
日本を代表する経済紙を自称するのであれば、防衛予算の構造的な問題をまず指摘すべきだ。そして高コストの装備調達にメスをいれるべきだ。他国では当然行われている業界再編性も我が国では行われておらず、高コスト体質が放置されている。経済紙であれば、これをまず問題とすべきだろう。
それをせずに予算が少なくて「可哀想な自衛隊」みたいな記事を書いて世論を誘導するのでは経済紙の記事とはいえまい。
(その1。全2回)
トップ写真:自衛隊訓練の様子 出典:陸上自衛隊HP
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この記事を書いた人
清谷信一防衛ジャーナリスト
防衛ジャーナリスト、作家。1962年生。東海大学工学部卒。軍事関係の専門誌を中心に、総合誌や経済誌、新聞、テレビなどにも寄稿、出演、コメントを行う。08年まで英防衛専門誌ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー(Jane’s Defence Weekly) 日本特派員。香港を拠点とするカナダの民間軍事研究機関「Kanwa Information Center 」上級顧問。執筆記事はコチラ。
・日本ペンクラブ会員
・東京防衛航空宇宙時評 発行人(Tokyo Defence & Aerospace Review)http://www.tokyo-dar.com/
・European Securty Defence 日本特派員
<著作>
●国防の死角(PHP)
●専守防衛 日本を支配する幻想(祥伝社新書)
●防衛破綻「ガラパゴス化」する自衛隊装備(中公新書ラクレ)
●ル・オタク フランスおたく物語(講談社文庫)
●自衛隊、そして日本の非常識(河出書房新社)
●弱者のための喧嘩術(幻冬舎、アウトロー文庫)
●こんな自衛隊に誰がした!―戦えない「軍隊」を徹底解剖(廣済堂)
●不思議の国の自衛隊―誰がための自衛隊なのか!?(KKベストセラーズ)
●Le OTAKU―フランスおたく(KKベストセラーズ)
など、多数。
<共著>
●軍事を知らずして平和を語るな・石破 茂(KKベストセラーズ)
●すぐわかる国防学 ・林 信吾(角川書店)
●アメリカの落日―「戦争と正義」の正体・日下 公人(廣済堂)
●ポスト団塊世代の日本再建計画・林 信吾(中央公論)
●世界の戦闘機・攻撃機カタログ・日本兵器研究会(三修社)
●現代戦車のテクノロジー ・日本兵器研究会 (三修社)
●間違いだらけの自衛隊兵器カタログ・日本兵器研究会(三修社)
●達人のロンドン案内 ・林 信吾、宮原 克美、友成 純一(徳間書店)
●真・大東亜戦争(全17巻)・林信吾(KKベストセラーズ)
●熱砂の旭日旗―パレスチナ挺身作戦(全2巻)・林信吾(経済界)
その他多数。
<監訳>
●ボーイングvsエアバス―旅客機メーカーの栄光と挫折・マシュー・リーン(三修社)
●SASセキュリティ・ハンドブック・アンドルー ケイン、ネイル ハンソン(原書房)
●太平洋大戦争―開戦16年前に書かれた驚異の架空戦記・H.C. バイウォーター(コスミックインターナショナル)
- ゲーム・シナリオ -
●現代大戦略2001〜海外派兵への道〜(システムソフト・アルファー)
●現代大戦略2002〜有事法発動の時〜(システムソフト・アルファー)
●現代大戦略2003〜テロ国家を制圧せよ〜(システムソフト・アルファー)
●現代大戦略2004〜日中国境紛争勃発!〜(システムソフト・アルファー)
●現代大戦略2005〜護国の盾・イージス艦隊〜(システムソフト・アルファー)