無料会員募集中
.政治  投稿日:2022/5/1

ゴム製履帯の可能性 後編


清谷信一(防衛ジャーナリスト)

【まとめ】

・CRT研究は後追いにも関わらず、外国製のサンプル購入をしての調査や、実際に自衛隊の装甲車輌での試験もしていない

・CRTの導入は、陸自にとって現在そして将来を考えても、保守費用と労力は大幅に低減できる。

・官民ともに防衛産業をビジネスと捉えて、CRTのビジネス展開を前提にした装備開発が求められる。

 

前編では通常の金属製履帯に対して、ゴム製履帯CRT(Campsite Rubber Track)が大きなアドバンテージがあることを述べた。防衛省、防衛装備庁でもCRTの研究は三菱重工を主契約者として行われた。筆者が取材したところ、この成果を装備化につなげるつもりは装備庁、陸上幕僚監部とも現状まったくないとのことだった。では一体なんのための研究をしたのだろうか。

しかもこの研究は諸外国で既に装備化しているものの後追い研究にも関わらず、外国製のサンプル購入をしての調査や、実際に自衛隊の装甲車輌での試験もしていない。本来であれば英軍やノルウェー軍などのように数種類サンプル購入をして、まずはトライアルをやってみるべきだ。その結果を分析して、まずそれを国産化できるか、またその場合のコスト的な合理性はあるかを検討してから開発にかかるべきだった。

▲写真 CRTと転輪などのシステムの説明。 出典:SORCY社(筆者提供)

▲写真 CRTの構造 出典:COURCY社(筆者提供)

技術開発では当たり前の、このような当たり前の手順を踏まないのか筆者には理解できない。ソーシー社のCRTは単なるゴム製ではなく、内部はアラミド繊維、金属製メッシュ、金属製コード、金属製補強構造物など7層以上の構造となっている。対して装備庁の研究では資料を見る限りステンレス製のスチールコード一層のみのようだ。外国製の実用化された製品を使用しても、分析することなく想像で研究をして、これでCRTの将来性を判断するのは当事者能力の欠如ではないだろうか

筆者はかつて三菱重工が開発している次世代水陸両用装甲車の担当者に、この車輌にCRT導入の可能性はあるかと聞いたが否定的だった。その理由は剛性、特にリーフを登攀するときの剛性が不足しているからとのことだった。だがソーシー社では既に50トン級の装甲車両用の製品を実用化している。

この水陸両用装甲車は当初三菱重工の自社ベンチャーだったが、現在では防衛省のプログラムになっている。これが目指しているのは米国が開発を諦めたEFV(遠征戦闘車:Expeditionary Fighting Vehicle)と同等の車輌であり、そうであれば戦闘重量は35トン程度だ。現用のAAV7であれば26トン程度に過ぎない。また英海兵隊が使用しているバイキングや、赤道直下のシンガポールが開発した2連結ATV(汎地形車輌)もリーフ登攀は前提にしているはずだ。判断は性急に過ぎないか。

▲写真 BvS10(バイキング) Tchad swimming 出典:BAEシステムズシステムズ(筆者提供)

水陸両用装甲車にCRTを採用するメリットは大きい。まず軽量であり、EFVクラスの車輌であれば地上で1〜2トン軽量となる。また前編で既に述べたように水中では浮力があるのでより軽量となる。水中での実質的な重量は2〜4トン以上軽量となる。更に錆びないので、塩害による被害が少ない。ただでさえ整備に労力が掛かる水陸両用装甲車にとって、これは大きなメリットだろう。

保守費用と労力は大幅に低減できる。これらのメリットがあり、既にかなりの強度を実現している製品があるのに、三菱重工が試しもしないで否定するのは、筆者は理解できない。

実は三菱重工では数年前からこの水陸両用装甲車の履帯にCRTを採用する方向に転換しており、某ゴムメーカーと共同開発しているとのことだ。だが、防衛装備庁ではこの事実は把握していないという。

10式戦車、90式戦車、AAV7、89式装甲戦闘車、96式自走120ミリ迫撃砲、99式自走榴弾砲など陸自の装軌装甲車は少なくない。仮にこれらの履帯をすべてCRTに換装すれば、運用コスト、兵站負担と燃料費を大きく削減できるだろう。履帯の整備が簡単になればその分整備要員を減らすこともできる。これは人手不足の陸自にとって大きなメリットだ

▲写真 CRTを採用したミルレム社のUGV、テーミス(筆者提供)

更に将来は無人車輌が導入されれば、CRTが採用される可能性は高い。エストニアのミルレム社はゴム製履帯を採用したUGV、テーミスで成功したが、同社は戦闘重量12トンで20~50ミリ機関砲が搭載できる、CRTを採用した無人戦闘車Type-X RCVも開発している。今後陸自でも無人車輌の導入は必至であり、その際にCRTが国産できればそのメリットは大きい。自国生産しないならば外国製品を導入しても陸自には大きなメリットがあるだろう。

CRTが作れず、国産の金属製履帯の生産ラインを維持するためだけにあえてコストが高く不便な金属履帯を使い続けるのが国益になるのだろうか。それは電気機関車を導入せずに、釜炊きの仕事を確保するためにSLを使い続けるようなものだ。

CRTは輸出にも適している。防衛装備輸出の規制にも抵触しないので輸出も可能だ。飛行艇や潜水艦の輸出よりよほど容易で、機会も多い。政治や外交が介入しないので、純粋にビジネスベースで輸出が可能だ。更に強靭なCRTは建機や農業車輌などの産業機材への技術波及も大きく、これらを製造販売する日本企業の競争力を高めることとなるだろう。

ただCRTを三菱重工が主導で開発することに対する不安がある。同社は建機ビジネスから撤退している。かつて同社は1963年から米キャタピラー社との合弁会社である三菱キャタピラーを有していた。だが、2008年には50パーセント保有していた株式の一部をキャタピラー社に売却して33に減らし、三菱キャタピラーはキャタピラージャパンに改名。2012年には33パーセントすべての株式をキャタピラー社に売却した。現在でもフォークリフトの販売だけは継続されている。

つまり三菱重工の履帯のビジネスはほぼ防衛省だけということになる。しかも装軌式装甲車輌は今後も多く開発される可能性はない。これまでの防衛省や国内メーカーの開発の実態を見るに、三菱重工がCRTを水陸両用装甲車に採用しても、それだけで終わり、他の自衛隊の装軌車輌、ましてや民間の建機や農業用車輌への派生効果は低いのではないだろうか。それは水陸両用装甲車の製造コストを高騰させるだけではなく、折角開発した技術が死蔵されてしまう可能性も高い。

むしろ三菱重工よりもコマツ、日立建機、クボタ、ヤンマーなど建機や農業機械を作っている企業の協力を仰ぎ、装備化を進めるべきではなかったか。産業用としても普及すればビジネスとして自立して、自衛隊が使用するCRTの開発や改善に投資できる金額も増える。

▲写真 技本が研究したCRTの試作品(筆者提供)

防衛産業の衰退と企業の防衛産業からの撤退は加速している。これは防衛省、装備庁の姿勢にも大きな問題がある。装備向けに開発した技術を他の製品に転用や輸出したり、民生化して内外の市場で売るという発想がない。だから開発あるいは自衛隊の装備で調達しただけで終わり、ビジネスにつながらない

例えば技術研究本部は壁面透過レーダーを開発したが、その理由は外国製が電波法の規制に抵触するからという消極的なものだった。しかもユーザーである陸自がどの程度調達するのかということも調べなかった。他国の後追い、しかも法的な問題で外国性が導入できないというのに装備化を全く考えずに開発を行った。

▲写真 中国のヒューマン・ノバスカイ・エレクトロニック・テクノロジーの壁面透過レーダー(筆者提供)

対して中国のヒューマン・ノバスカイ・エレクトロニック・テクノロジーは、技本と同時期に開発を開始したがそのきっかけは中国で大きな震災が続き、災害時の人命救助につかえるのではないかという発想だった。

同社の壁透過レーダーは人民解放軍に採用されているが、多くの派生型が開発され、更に民間型も開発して輸出を行っている。つまりは軍が採用しただけでなく、軍民両市場で販売して一つのビジネスとして成立している。開発だけで終わった技本の研究と比べてどちらが企業の利益と防衛技術基盤の維持に有利か、言うまでもあるまい。

装備庁の研究開発を請け負っても企業にはその場限りで、ビジネスに拡大させる機会もないし、その気もない。リスクを負わずに防衛省に寄生していればいいという、後ろ向きな体質が出来上がっている。

他国では当たり前の、官民ともに防衛産業をビジネスと捉える常識が我が国にはない。今回ご紹介したCRTは、ビジネス展開を前提に自衛隊の装備として開発すればこのような現状を変える一石になるのではないだろうか。

 

<参考資料>

・IDR(International Defence Review誌2021年10月号の「Continuous revolution: The rise of Campsite Rubber Track technology」

Soucy社サイト https://www.soucy-defense.com/advantages/

・防衛装備庁サイトより

ゴム製軽量履帯 https://www.mod.go.jp/atla/research/dts2012/R1-5p.pdf

・軽量ゴム履帯の材料特性

https://www.mod.go.jp/atla/research/dts2013/R3-3.pdf

・軽量化履帯の研究

https://www.mod.go.jp/atla/research/ats2015/image/pdf/P10.pdf

・我が国の装甲車開発を踏まえた次世代水陸両用技術の成果と今後の展望https://www.mod.go.jp/atla/research/ats2019/doc/inoue.pdf

前編はこちら)

トップ写真:防衛省と三菱重工が開発中の水陸両方装甲車(筆者提供)




この記事を書いた人
清谷信一防衛ジャーナリスト

防衛ジャーナリスト、作家。1962年生。東海大学工学部卒。軍事関係の専門誌を中心に、総合誌や経済誌、新聞、テレビなどにも寄稿、出演、コメントを行う。08年まで英防衛専門誌ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー(Jane’s Defence Weekly) 日本特派員。香港を拠点とするカナダの民間軍事研究機関「Kanwa Information Center 」上級顧問。執筆記事はコチラ


・日本ペンクラブ会員

・東京防衛航空宇宙時評 発行人(Tokyo Defence & Aerospace Review)http://www.tokyo-dar.com/

・European Securty Defence 日本特派員


<著作>

●国防の死角(PHP)

●専守防衛 日本を支配する幻想(祥伝社新書)

●防衛破綻「ガラパゴス化」する自衛隊装備(中公新書ラクレ)

●ル・オタク フランスおたく物語(講談社文庫)

●自衛隊、そして日本の非常識(河出書房新社)

●弱者のための喧嘩術(幻冬舎、アウトロー文庫)

●こんな自衛隊に誰がした!―戦えない「軍隊」を徹底解剖(廣済堂)

●不思議の国の自衛隊―誰がための自衛隊なのか!?(KKベストセラーズ)

●Le OTAKU―フランスおたく(KKベストセラーズ)

など、多数。


<共著>

●軍事を知らずして平和を語るな・石破 茂(KKベストセラーズ)

●すぐわかる国防学 ・林 信吾(角川書店)

●アメリカの落日―「戦争と正義」の正体・日下 公人(廣済堂)

●ポスト団塊世代の日本再建計画・林 信吾(中央公論)

●世界の戦闘機・攻撃機カタログ・日本兵器研究会(三修社)

●現代戦車のテクノロジー ・日本兵器研究会 (三修社)

●間違いだらけの自衛隊兵器カタログ・日本兵器研究会(三修社)

●達人のロンドン案内 ・林 信吾、宮原 克美、友成 純一(徳間書店)

●真・大東亜戦争(全17巻)・林信吾(KKベストセラーズ)

●熱砂の旭日旗―パレスチナ挺身作戦(全2巻)・林信吾(経済界)

その他多数。


<監訳>

●ボーイングvsエアバス―旅客機メーカーの栄光と挫折・マシュー・リーン(三修社)

●SASセキュリティ・ハンドブック・アンドルー ケイン、ネイル ハンソン(原書房)

●太平洋大戦争―開戦16年前に書かれた驚異の架空戦記・H.C. バイウォーター(コスミックインターナショナル)


-  ゲーム・シナリオ -

●現代大戦略2001〜海外派兵への道〜(システムソフト・アルファー)

●現代大戦略2002〜有事法発動の時〜(システムソフト・アルファー)

●現代大戦略2003〜テロ国家を制圧せよ〜(システムソフト・アルファー)

●現代大戦略2004〜日中国境紛争勃発!〜(システムソフト・アルファー)

●現代大戦略2005〜護国の盾・イージス艦隊〜(システムソフト・アルファー)

清谷信一

copyright2014-"ABE,Inc. 2014 All rights reserved.No reproduction or republication without written permission."