"Japan In-depth"[ジャパン・インデプス]

医療ガバナンス研究所設立から7年

上昌広(医療ガバナンス研究所理事長)

「上昌広と福島県浜通り便り」

【まとめ】

・NPO法人を立ち上げたのは、医師の育成には診療と研究の両立が不可欠だと考えたから。

・公的研究費の不足を嘆く声が多いが、診療で稼いだカネを研究・人材育成に投じてはどうだろう。

・現場で診療し研究を積み重ねて医療現場を改善させ「官でない公」を作りたい。

 

2016年4月に医療ガバナンス研究所を設立して7年が経過しようとしている。多くの方々のお陰で活動を継続することが出来ている。この場を借りて御礼申し上げたい。本稿では、我々のグループの活動方針をご紹介したい。

私が、東京大学医科学研究所の研究室を閉鎖して、NPO法人を立ち上げたのは、医師の育成には診療と研究の両立が不可欠で、自由に診療・研究するには経済的に自立しなければならないと考えたからだ。

我々のグループは約60人のメンバーで構成される。その半分が医師である。診療の主な場は福島とナビタスクリニックである。

前者は、坪倉正治・福島県立医科大学教授尾﨑章彦医師(ときわ会常磐病院、同大学特任教授)を中心に、常勤・非常勤を含め7名の医師が、大学および民間病院に勤務している。

後者は、立川・川崎・新宿のJRの駅ナカのクリニックだ。社員・理事は医療ガバナンス研究所の関係者で構成され、久住英二医師を中心に毎日1,000人程度の外来患者を診療している。

福島とナビタスクリニックに共通するのは、医療難民」を診療することだ。前者は原発事故による医療崩壊、後者は仕事が忙しくて医療機関を受診できない人たちが対象だ。

興味深いのは、福島と首都圏の駅ナカの何れにおいても、コロナ禍でオンライン診療が発展し、診療のあり方が一変することだ。どのようにオンラインとオンサイトを使うことが患者の利益に繋がるか、その試行錯誤を積み重ねることが大切だ。

我々は基礎研究者ではない。臨床医だ。患者のニーズに併せた診療を積み重ね、その経験をまとめることが、臨床研究となる。これまで、我々のグループは、福島の被曝・災害関連の健康問題、コロナ対策、および製薬マネーなどの論文を書いてきた。今後は、オンラインの活用など、新たな診療のあり方について研究を進めていきたい。

では、臨床医は、どういう環境で働くべきか。勤務医として身を立てるなら、志ある経営者のもとで働くことが大切だ。福島では、相馬中央病院、ひらた中央病院、常磐病院などの経営者が、若手医師を支援している。福島からは被曝問題だけでなく、コロナ対策でも多くの臨床研究が発表され、世界から高い評価を受けたが、これは、このような経営者の仕事と言っていい。

さらに、経験を積めば、独立すればいい。自分たちで医療機関を「経営」すれば裁量は増す。厚労省も医学界もプライマリケアが重要と主張するが、それなら個人、あるいはグループで早期に開業した方がいい。その収益を研究、人材育成投資に使うことが可能だからだ。

臨床研究に投資することは、医療機関の成長にも貢献する。向上心ある若手医師・医学生が集まってくる。経営者から見れば、医師確保コストが低下する。

▲図1

図1は、我々のグループが発表した英文論文数の推移だ。東大から独立後、生産性が向上していることがわかる。研究の自由度が増し、研究資金も増えたからだ。

特記すべきは、22年に発表した112報の論文のうち、29報(26%)は大学生が筆頭著者であることだ。坪倉・尾﨑医師に加え、谷本哲也医師、瀧田盛仁医師(共にナビタスクリニック内科)らの指導に負うところが大きいが、医学生が実際に研究に従事し、英文論文をまとめるという作業を通じて、思考力が身に付く。医師は、診療して、調べて、書くという作業を一生続ける。医学生は、我々のグループのインターンを通じて、その第一歩を経験することになる。

財政難が続く我が国で、公的研究費の不足を嘆く声が多い。我々は臨床医だ。診療で稼いだカネを研究・人材育成に投じてはどうだろう。ゲノムプロジェクトや遺伝子治療などの「巨大プロジェクト」は出来ないが、小さくてもいいから、やれることはある。我々が発表した論文は、すべてそのような研究だ。  

私は、現場で診療し、研究を積み重ねることで、我が国の医療現場は少しずつ改善していくと信じている。このような作業を通じ、「官でない公」を作りたいと願っている。

トップ写真:医療ガバナンス研究所のスタッフ、インターンの大学生たちと。前列中央が筆者(2022年11月27日、筆者提供)