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「折衷案」こそ諸悪の根源(下)民法改正「18歳成人」に思う その5

林信吾(作家・ジャーナリスト)

林信吾の「西方見聞録」

【まとめ】
・「少年減免」は各国にあり、取り立てて日本の少年法が「殺人犯に甘い」との批判は当たらない。

・少年法の問題点は「凶悪化」に対してではなく、「低年齢化」に対して機能不全

・年齢で機械的に区切るのではなく、罪状と情状に応じ臨機応変に対応できる制度が望ましい。 

 

 民法と並行して、少年法の改正問題について述べているが、今年の成人式は
「最後の20歳成人」
 を祝う式典となったため、会場の出口などで毎年行われる、新成人へのインタビューでも「18歳成人」への移行に関する質問が、必ずと言ってよいほど出ていた。

「式典より、同級生と飲み会に行くのが楽しみ」
 と答えた男性は、くだんの質問に対しても、
「成人イコールお酒が飲める、というイメージが強い。責任だけ負わされて楽しみは後回し、というのは、今の18歳が気の毒な気もする」
 と語った。

 事の重大さは違うかも知れないが、私が今次の少年法改正について、18,19歳の「特定少年」は、果たして成人なのか少年(=未成年)なのか、基本的なところを曖昧にした、単なる折衷案ではないか、と批判したのも、おおむね同じ発想に基づいている。

 1月15日には、東京・文京区の東京大学弥生キャンパス(農学部など)で大学入学共通テストが行われていたのだが、高校2年生で17歳の少年が、隠し持っていた包丁で大学職員と男女の受験生、計3名を襲撃する事件が起きた。

 殺人未遂罪で現行犯逮捕されたが、18歳と19歳を「特定少年」として実名報道も可能とする改正少年法が4月から施行されるので、その年齢に達する前の「駆け込み犯行」ではなかったか、との見方をする人も、ネット上には一定数いたようである。

 その後の報道を見る限り、どうも少年法の問題とは関わりなく、最初に自供した通り、
「東大理Ⅲ(理科三類。医学部に進学する)を目指して勉強していたのだが、思うように成績が上がらず、やけになって、人を殺して切腹しようと思った」
 ということであったらしい。

写真)ノーヘルメットのバイク運転で検挙される新成人 2019年1月13日 成人の日
出典)Photo by Carl Court/Getty Images

 話を戻して、現行少年法においては、刑事罰を科すことができる「刑事責任年齢」は14歳以上で、一定の年齢以下であれば死刑や無期刑は科さないとする「少年減免」は18歳未満となっている。
前回も述べたように、こうした法律は各国にあるのだが、ここで諸外国の例を少しだけ見ておくとしよう。

 その前にひとつ、お断りを。

 日本のメディアでは、とかく「欧米では」という表現が多用されるが、言うまでもないことながら、法体系は国によって様々である。

 たとえば同じ英国(=連合王国)内でも、イングランドでは刑事責任年齢が10歳以上、スコットランドでは12歳以上という違いがあるし、米国に至っては州ごとに法律が異なっている。

 しかし、西ヨーロッパ諸国にあって、刑事責任年齢を日本と同じ14歳以上に設定しているのはドイツくらいなもので、日本より高い16歳以上となるとルクセンブルクだけだということも、また事実である。

 少年減免もまちまちで、イングランドでは21歳未満の者には終身刑(死刑は廃止されている)は課さないことになっているし、ドイツでは同じく21歳未満の者に対しては、最高刑が懲役10年までに制限されている。フランスでは罪状や情状によって異なり、16歳以上で再犯の場合は成人と同じ刑罰を受ける場合があるそうだ。

 総じて言えることは、少年減免に関する限り、取り立てて日本の少年法が「殺人犯に対しても甘い」という批判は当たらないように思う。

 少年犯罪の凶悪化について語られる際、必ず引き合いに出されるのが、1988年に東京・足立区で起きた「女子高生コンクリート詰め殺人事件」だが、同事件で主犯格の少年(犯行当時18歳)には懲役20年が課せられている。もちろん、彼らが被害者に対してなしたことを考えればこれでも甘すぎる、との意見を開陳する人も大勢いて、かく言う私もその一人だが。

 アジアに目を向けると、たとえば中国では、刑事責任年齢が16歳以上と日本より高いが、殺人や麻薬密売といった重罪の場合は14歳以上となる。かの国では、アヘン戦争という歴史問題があるため、麻薬犯罪は特に重く罰せられるのだ。

 そのアヘン戦争とも関わりのある話だが、香港では10歳以上となっている。これはまず間違いなく、大英帝国の支配下にあった歴史が関係しているのだろう。

 韓国も日本と同じ14歳以上。北朝鮮も同じだと聞くが、詳しい資料はない。年齢性別など関わりなく、将軍様の逆鱗に触れたら問答無用で殺される国であるから、そもそも少年法的な発想など意味を持たないのかも知れない。

 東南アジアでも、マレーシアは10歳以上、シンガポールでは7歳以上と、やはり大英帝国による支配の影響が見て取れる例が多い。

 米国では前述のように、州によって法律が異なるのだが、刑事責任年齢については、特に定めていないという州が、実は多い。ただしこうした州では誰かを訴追するに際して、
「被告が犯罪を起こした時点で善悪の判断をする能力を身につけていたことを、検察が立証する義務がある」
 との規定を設けている。刑事責任年齢を設定している州でも、6歳から12歳の間でまちまちだが、少年減免については18歳未満と定めている州が多いようだ。

 以上を要するに、日本の少年法が抱える問題点は、少年減免ではなく、刑事責任年齢にあるのではないだろうか。言い換えれば、少年犯罪の凶悪化に対してではなく、低年齢化に対して機能不全に陥っているのではないか。

 以前私は、本誌の連載において「いじめと迷惑系(ユーチューバーなど)への厳罰化が急務」だと述べた。

 原稿料の二重取りだと非難されないよう、骨子のみ繰り返させていただくが、北海道・旭川市で女児中学生が、いじめを苦にして自ら命を絶ってしまった。この件で、彼女に裸の写真を送らせて拡散した男子は、児童ポルノ所持の容疑で警察に摘発されたのだが、犯行当時13歳であったため刑事責任を問われることはなく、説諭処分で終わった。

 人ひとり自殺に追い込んでおきながら叱られただけ、というのでは、到底納得できないと思うのは遺族だけではないだろう。

 もちろん、法律は厳密に解釈する必要があるので、警察の対応を責めるのは当たらない。ただ、この男子が14歳になっていたならば、まず間違いなく家庭裁判所での審判を受け、おそらくは保護観察処分を課せられただろうと考えると、やはり釈然としない。

 やはり今後の課題としては、刑事責任年齢の見直し、それも、年齢で機械的に区切るのではなく、罪状と情状(家庭環境など)を総合的に判断して、ある程度までは臨機応変の対応が可能なシステムにした方がよいのではないだろうか。

(つづく。その1その2その3その4

トップ写真)成人式 兵庫県甲子園 2021年1月11日
出典) Photo by Buddhika Weerasinghe/Getty Images