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[清谷信一]<200億円の海自P-1哨戒機>性能も怪しい高コスト機の開発ではなく現有機の近代化を

清谷信一(軍事ジャーナリスト)

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◆海自のP-1哨戒機開発の正当性は薄い

海上自衛隊(海自)は現在使用しているP-3C哨戒機(川崎重工がラインセス生産)の後継として川崎重工を主契約社として国産のP-1哨戒機を開発中だ。本来ならば既に実用化されていたはずだが、機体強度が不足したり、搭載機器の性能不足などで未だに開発が続いている。

海自はP-1の開発理由としてP-3Cの老朽化を挙げ、更新が必要であるとしていた。だがこれは事実ではない。P-3Cの機体の延命化は可能である。主翼や尾翼などを新造品に換えれば、機体寿命は新造機に近い15、000時間、概ね20年の寿命の延長が可能である。

カナダのIMPエアロスペース社はP-3Cのこの主翼の新造・交換をビジネスとしている。カナダ軍はP-3Cのカナダ版であるCP-140オーロラに対し、同社の近代化パッケージをすべてのCP-140に施し、延命している。

ノルウェー海軍のP-3Nもこの近代化によって延命されている。そして在日米海軍のP-3Cもまた、日本飛行機株式会社が同様の延命化を施している。またP-3Cの製造元であるロッキード・マーチン社も同様の機体延命をブラジル海軍版のP-3AM用に提案している。

◆P-3Cは一機あたり5億円で4年の延命が可能

海上自衛隊もP-1導入の延期によって、P-3Cの限定的な機体延命を行っているが、これによって飛行時間は3、000時間、4年ほどの寿命が延長できる。約一機あたりのコストは5億円だ。

つまり海自が主張している機体寿命は事実ではない。哨戒機の場合は戦闘機などと違って最も重要なのは対潜水艦システムなどの搭載システムだ。これらを更新すれば性能向上は十分に可能だ。

例えば先に挙げたブラジルのP-3AM自体は既にP-3Aに近代化を施したものである。コックピットは仏タレス社製のグラスコックピットを採用している。これによりパイロットのワークロードを減らすだけではなく、重量が大幅に軽減するので燃費やペイロードも向上している。

対潜水艦システムのパッケージはエアバスDS社のFIT(Fully Integrated Tactical System)が採用されている。またフライト・マネジメント・システムも更新されている。更にアリソン社のT-56-A-14エンジンもアップ・グレードされ、性能が向上している。

◆P-1の調達単価は1機約200億円で維持コストも高い

P-1の調達単価は現状1機約200億円だ。既存のP-3Cの近代化は機体、システムどの程度のものを行うかによって異なるが、100億円を超えることはないと思われ、恐らくはP-1調達価格の数分の1だろう。仮に1機の改修費用が50億円であればP-1を1機調達する予算で4機の近代化が可能である。換言するならばP-1の調達期間が20年とすれば、5年で近代化は可能になる。

P-1の問題は調達コストが高いだけではない。機体、エンジン、搭載システムのすべてを専用に国内開発しており、維持運営コストが極めて高い。通常哨戒機は既存の旅客機や輸送機などを流用して調達・運用コストを下げている。P-1のように贅沢な専用の機体を作れる例は極めて少なく、現代ではP-1以外は皆無だといってよい。

米海軍が採用したボーイングの哨戒機P-8にしても、ボーイング社のベストセラー旅客機である737を流用しているぐらいだ。専用機体の開発が如何に贅沢か分かるだろう。

防衛省はP-1と空自の新型輸送機C-2を共同開発することにより、開発費・調達・運用コストを劇的に下げるとしていたが、これも画餅となっている。両機ともに開発費は当初の目論見から大幅に高騰、調達単価は約二倍である。

しかも両機のコンポーネントを共用化することによってコストを下げるはずだったが、P-1とC-2は全く別の機体であり、共用されるはずのコンポーネントは少なからず別個に開発、生産されており、共用コンポーネントのパーセンテージは下がっている。これまた調達・運用コストの増大の一因になっている。

◆P-1はエンジンの調達・運用コストも高い

エンジンも問題だ。P-1はIHIが専用に開発したターボファンエンジン、F7を4基搭載する、いわゆる4発機である。海自は生存性のために必要不可欠だったとしているが、ほぼ同じサイズのP-8は双発である。海自よりも遥かに実戦の経験があり、遥かに潤沢な予算を持っている米海軍が双発機を選択しているのだ。

当然専用エンジンの4発機は汎用エンジンの双発機に較べて、エンジンの調達・運用コストは高い。それが世界的なベストセラー旅客機で使用されているものと、専用に開発されたものであれば尚更だ。かつて海幕は当時P-1開発に難色を示した石破茂防衛庁長官に対して「4発でないと安全ではない。現場の気持ちがわからないのですか」と詰め寄って、P-1の開発を決定させた。

だが後に石破氏は筆者に現場のパイロットは「信頼性の低いエンジンの4発機よりも信頼性の高い双発機の方がいい」と言っていたと語った。

F7の試験時間は約3千時間程度だが、外国製のエンジンは万単位の試験時間をかかる。試験時間を減らすのは「現場のパイロット」の為なのだろうか。単に国産エンジンを作ってみたかっただけではないのか。そんな信頼性の低いエンジンを押し付けられた現場の搭乗員こそいい面の皮だ。

◆搭載システムの性能も極めて怪しい

哨戒機の「キモ」である搭載システムの性能も極めて怪しい。ソノブイの解析器はNECが開発していたがまともなのが出来ず、米国に泣きついたが米国製のものがリリースされずにカナダ製のものを沖電気がライセンス生産するものを採用した。しかも併せてNEC製のものを採用するようだ。

これは片方をパッシブ、片方をアクティブソナーに使用するためだというが、本来カナダ製のものだけで十分で、NECの救済策である可能性が高い。因みに国産のソノブイはNECと沖電気が作っているが、価格は高く性能が低いため、海自は米国が主催する国際的な演習、リムパックでは米国製のソノブイを使用している。

武器禁輸緩和によってP-1が海外に売れるのではと期待する向きがあるが、全くのイリュージョンである。P-1は調達価格・維持運用費は極めて高く、性能はあまり期待できない。こんなものが海外市場で売れるはずがない。

つけ加えるならばP-1の調達・維持コストが高く、海自は想定していた数のP-1の調達が出来ない可能性が高い。現用のP-3Cですら整備費の不足で、部品の共食い整備を行っている状態で稼働率が低下している。毎年2~3機(400~600億円)のP-1を調達し、更に高いP-1の維持費を確保することは極めて困難だ。

このため延命化したP-3Cとの併用が続くのではないだろうか。この場合2種類の哨戒機を運用することになり、訓練・整備・兵站が二重になりコストが嵩む。

更に海自はネットワーク化や潜水艦の増強、無人機の導入、足らない艦艇乗員の搭乗率の向上など他にも予算のかかるプロジェクトが目白押しだ。結論からいえばP-1開発決定時に筆者が主張したように、開発を断念し、P-3Cの近代化を選ぶべきだった。

 

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