無料会員募集中
.国際  投稿日:2015/11/17

[渡辺敦子]【仏同時テロ:提起される「団結」と「疎外」】~9.11以来最悪の「西側」攻撃~


渡辺敦子  (研究者)

「渡辺敦子のGeopolitical」

執筆記事プロフィール

以前、習近平訪英についてのコラムで、the Westという地理的概念が、欧米の政治、特にアイデンティポリティックスにおいて、いかに依然大きな役割を担っているかについて述べた。

実は今回のテロでも、このthe West は頻繁にメディアに登場している。例えば14日のWashington Post紙は、事件を”the worst terrorist strikes on Western soil since Sept. 11”としたし、Financial Timesによれば、それは”the deadliest terrorist atrocities in a western capital city”であった。

言葉以外のヴィジュアルな例もあった。英国の多くの新聞は、「連帯」のシンボルとしてトリコロールにライトアップされた、”世界中の”建物の写真を掲載したのだが、その多くはカナダ、オーストラリア、アメリカなどの建物である。英国在住の中国人の友人は「上海のビルもライトアップしたんだけど」と苦笑していた (BBCのサイトには上海の写真も掲載されている)。

問題は、このthe Westがどんな言説的役割を担うのか、である。この文脈のthe Westは、「連帯」の一方で政治上の「線引き」を示す。 一方で誰がWestなのか、というのは極めて断定困難だ。

太陽の沈む方向であるwestは、語感として「成熟」「先進」などの意味を含む。

英国生まれのくまのプーさんは、

“There’s the South Pole, said Christopher Robin, and I expect there’s an East Pole and a West Pole, though people don’t like talking about them.”

と言ったのだが、この観念上の地図において、フランス、英国は確実にWestであり、米国は「新しい」Westである。ただし西海岸と東海岸では、東のほうがWestに近く、西とは温度差があるだろう。ドイツ、フィンランドは時に、「東」に分類される。ロシア、トルコは常にボーダー上にある。微妙なのはギリシアで、西欧文明の源であると考えられるにもかかわらず、現代では経済危機もあり、複雑な立場だ。英国と対立を繰り返してきたアイルランドは「極西」を自称するという。だが、間違いなく「西極」は存在しない。

では地理的には「極東」と呼ばれる日本はどうなのか。少なくとも政治的にはthe Westの一員である、と考えられる。以前、大学で行われたある勉強会で、中国人の学生に「なぜ日本はthe Westの一員になれたのか。たとえば韓国は the Westの一員とは考えられないだろう」と質問された。ありがちな回答のひとつは「日本は歴史的に価値観を共有してきた」というものだろうが、何をもって価値観とするのか。仮に資本主義、民主主義が価値観であるとしても、これらの定義は常に流動的だし、韓国との差を説明しない。また、一体誰がthe Westの「門番」か、つまり誰がメンバーシップを発行するのか、という問題もある。

問題は、「団結」の言説が常に、そこから外れた人の「疎外」を伴うことだ。マスコミなどで日常的に繰り返される、恐らく悪気のない政治的線引きの言説が、読み手に小さなわだかまりを与える可能性がある。テロならば、実際には西側以外では何度も繰り返されてきた。パリの同時テロの一日前には、ベイルートの自爆テロで40人以上が死亡、90年代のレバノン内戦終結後最大の惨事となった。1カ月前にはトルコのアンカラで100人以上が死亡した。

米シンクタンクによれば、過去のテロによる死者の97%はムスリムだという。そうした国々から見れば、the West以外で起きたテロは問題ではないのか、と思いたくもなるだろう。そしてその疎外感のつみ重ねが、テロのひとつの温床となってきたことは否めない。

事件は痛ましい。団結は大切だ。だがその表裏である「疎外」に思いをはせることを、忘れたくはない。


copyright2014-"ABE,Inc. 2014 All rights reserved.No reproduction or republication without written permission."