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.国際  投稿日:2026/2/27

『アメリカは日本の核武装をどう見るのか』『下』「核の選択を排するな」という助言


古森義久(ジャーナリスト/麗澤大学特別教授)

古森義久の内外透視


【まとめ】

・現役戦略研究家トシ・ヨシハラ氏は「核のカサ」が揺らぐ危険を指摘し、日本には核武装による対中抑止の選択肢もある考えを示した。

・国家国民の存続のために独自の核兵器保有という選択肢が含まれても自然ということだ。

・しかし、日本の非核三原則や核廃絶の運動には矛盾や欠陥点がある。


日本の核武装に対しては、だがそれでもなおアメリカの政府としての政策の転換や変化は表面では起きていない。ところがここへきて、トランプ政権にも近い有力な現役の戦略研究家が日本独自の核武装への理解を示す発言をしたのだ。その時期は前記のオクラホマ大学の若手学者の論文発表のちょうど一ヵ月ほど前だった。その時系列の間隔をみてもこの課題のアメリカ側の各方面の思考が一定方向へと流れているような構図を思わせるのだ。

この戦略研究家とは日系アメリカ人学者のトシ・ヨシハラ氏である。同氏は中国人民解放軍の海洋戦略の研究では全米有数の権威とされるが、中国の核戦略やアジアの安全保障の分析でも知られる。アメリカの海軍大学院の教授などを歴任し、現在はワシントンの大手国際戦略研究機関の「戦略予算評価センター」(CSBA)の上級研究員を務める。トランプ現政権にも近い立場にある。

そのヨシハラ氏が私のインタビューに答えて、「日本の独自の核武装論も理解できる」と明言したのだった。時期は昨年10月上旬だった。

ヨシハラ氏は、とくに中国による中距離核ミサイルの増強でアメリカが日本を守る「核のカサ」が揺らぐ危険を指摘し、日本には核武装による対中抑止の選択肢もあるとの考えを示した。

ヨシハラ氏との一問一答の骨子は以下のようだった。

――日本の防衛にとって最大の対象となる中国の戦略をどうみるか。

「最近、懸念されるのは中国の核戦力の増強だ。核近代化の名の下に、とくにアメリカ本土には届かないが、日本やグアム島を射程に収める中距離の戦域核ミサイルを重点的に増強している。具体的にはDF26、DF27、さらに新開発の空中発射のJL1などの弾道ミサイルだ。どれもアジアの主目標に対する高精度の攻撃兵器だ」

――その種の核ミサイル増強が日本に与える影響は。

「日米間には、中国が日本に核の攻撃あるいは脅しをかけた場合、アメリカが日本を守るためには核をも使うという公約が拡大核抑止(核のカサ)として存在する。だが中国側が当初からアメリカ本土には核攻撃をかけないという姿勢を明示して日本への核攻勢をかける場合、アメリカが自国本土への核報復を覚悟してまで日本のために核兵器を使うべきか否かの懐疑が生まれる」

――中国がアメリカの日本に対する核の保護を弱めるということか。

「中国側は日米間の拡大核抑止の切り離しを狙うといえる。アメリカの歴代政権は実際に日本への『核のカサ』の誓約を保持してきたが、中国の核戦力の新展開により、客観的にその誓約への疑念を生む新戦略要因が現れてきたといえる」 

――中国の中距離核戦力強化に対する日本の政策への助言は。

「中国による日本への核の脅しという展望を踏まえ、日本には抑止強化の新たな措置をとるよう内外要因による圧力が強まると思う。その新措置に日本独自の核武装という選択肢が含まれることも理解できる。その選択肢を最初から排除することは不賢明(アンワイズ)だと思う」

――日本ではなお核武装の議論さえ排される面があるが。

「確かに現状では、日本独自の核武装には国内世論を別にしても、核戦力のための司令、統制、インフラの構築、アメリカ政府の拡散防止政策への対応など障害も多い。だから日本の当面の現実的な核抑止強化の選択肢はアメリカとの核シェアリング(共有)だろう。中国が核兵器の脅し、あるいは最悪の局面では小規模攻撃により、日本を自国の覇権下に置こうとする試みの危険性を改めて指摘したい」

ヨシハラ氏のこの解説はわかりやすい。日本が独自の核抑止力の保有を考えることまでを除外するな、と助言するわけだ。日本にとっての安全保障上の究極の目標は日本の国家や国民の存続である。そのためにはいかなる手段をも考えるべきだろう。その手段のなかには独自の核兵器保有というオプションが含まれても自然である。国家防衛の出発点で核だけは除外するというのでは幼稚で危険な本末転倒となる。

しかし戦後の日本は長年、非核三原則という核排除の政策をとってきた。この三原則も実は三番目の「持ち込ませず」という部分が虚構だった。日本側が米側の核兵器搭載の艦艇が日本の領海や港に入ってくることも禁じていると主張してきたのに対して、アメリカ側は実は「持ち込み」は日本領土への核兵器持ち込みであって、領海や港への導入は「持ち込み」に相当しない、という解釈をとっていたのだ。

この日米間の解釈の違いは日米両政府が承知のうえで、そんな食い違いはないかのように装っていた。この真実を私自身、エドウィン・ライシャワー元駐日大使にインタビューをして、聞き出した。1981年のことだった。当時の日本はこの「暴露」により激しく揺れ動いた。

そもそも日本の非核三原則は日本へのアメリカの「核のカサ」と矛盾していた。アメリカの核兵器に守ってもらうという道を選びながら、肝心のそのアメリカの核兵器を日本領内には入れるな、近づけるなと排除するのだ。本来、排除すべきは日本に災害をもたらす中国や北朝鮮やロシアの核兵器なのだ。その敵側の核の排除を求めず、味方の核を排するという矛盾なのだ。

日本での核廃絶の運動にも同様の矛盾や欠陥がある。日本が世界でも唯一の核の被害国となった事実は限りなく重い。広島や長崎の惨禍は日本独自の悲劇として記念され、記憶されねばならない。だからそこから生まれる核兵器の全廃という悲願も尊重されるべきである。

だがそれでもなお日本の核廃絶を含む反核運動がアメリカ側の核に抗議するばかりで、ソ連、中国の核の廃絶をほとんど主張してこなかった事実は軽視できない。反米のための反核という偏向の実態があったのだ。

だが広島、長崎の悲劇から80年余が過ぎた2026年の現在、日本にとっての核という重大課題を考える際に、その年来の政治偏向も捨て去るべきだと痛感する。格段と増す日本にとっての核兵器の脅威への現実的な対応を考える時期がきたのである。

その考慮ではとにかく日本の防衛、そして存続という大命題の下に独自の核抑止力というオプションも含めて、あらゆる方途が熟考されねばならない。

ここで報告してきたアメリカ側の日本の核武装に対する思考の変化も日本にとっての新思考のドアを開ける触媒なのかもしれない。

 (終わり。上、中)

 #この記事は「月刊 正論」の2026年3月号に掲載された古森義久氏の論文の転載です。


トップ写真:写真小泉進次郎防衛大臣とへグセス米国戦争長官
出典:防衛省





この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授

産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

古森義久

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