「アメリカは日本の核武装をどうみるのか」『中』70年代に出た「日本の核の選択」論
古森義久(ジャーナリスト/麗澤大学特別教授)
【まとめ】
・半世紀前の学術論文「日本の核オプション」では、「日本独自のソ連に対する確実な核抑止力の保持は可能」という結論が記載されていた。
・その後アメリカでは日本にも核武装を認めるべきだとする意見が各方面から出るように。
・原因は同盟国の日本への防衛パートナーとしての信頼感の増大、中国や北朝鮮の核の脅威の高まり、米国にとっての「核のカサ」の負担増などといえよう。
私がワシントンに毎日新聞特派員として初めて赴任した1976年にはちょうど米軍の現役の空軍大佐だったジョン・エンディコット氏による「日本の核オプション」という学術論文が発表されていた。エンディコット氏は博士号を持つ戦略専門家で日本在勤の経験もあって、日本側の核の態度についても詳しかった。
彼の論文は米ソの対立が激しかった当時、もしアメリカの日本への「核のカサ」が崩れそうになった場合、日本独自の核兵器保有によるソ連への核抑止が可能かどうかを主に研究していた。その前提として日本自身が独自の核戦力の保持という選択肢を選ぶ可能性もあるとしていたのだから、大胆な研究でもあった。
同論文は結論として日本が独自の長距離核ミサイル搭載の原子力潜水艦数隻をアラビア海に配備しておけば、日本本土が攻撃を受けた最悪の事態でも、モスクワを核ミサイルの直撃で大破できる能力を保てる、と明記していた。日本独自のソ連に対する確実な核抑止力の保持は可能という結論だった。ソ連としては自国の首都破壊という確実な恐怖のシナリオが存在する限り、日本への核攻撃は止めておく、ということになる。日本独自の核抑止力の発揮だといえた。
このエンディコット論文の試案を現在の日本に当てはめると、その洞察には注視すべき要素があることがわかる。つまりいまの日本にとっての核兵器の脅威を与える中国や北朝鮮に対してこの試案の核ミサイル搭載原潜を日本海や東シナ海に配備すれば、潜在敵の首都を直撃して完全に破壊できる、つまり抑止が効くということである。
ただしエンディコット論文は当時のアメリカ政府に対して日本独自の核武装には賛成するべきではないという政策提案を明記していた。だがこの提案は半世紀も前の出来事だったのだ。
その後のアメリカでは日本にも核武装を認めるべきだとする意見が各方面から出るようになった。国際的な背景としてはソ連の共産党政権が1991年に崩壊するという大変化があった。一方、北朝鮮が冒険的な核武装の道を歩み始めた。中国も大規模な核戦力の構築を着々と進めるようになった。日本にとっての直接の核の脅威が増し、その日本を守るアメリカの「核のカサ」にも揺らぎが懸念されるようになったのだ。
そんな国際環境の変化に対応するかのようにアメリカでは2006年10月、保守系の政治評論家の重鎮チャールズ・クラウトハマー氏がアメリカが日本の核武装を推奨すべきだという論文を発表し、ワシントンの国政の場でも波紋を広げた。同氏は北朝鮮の核武装への対抗策として「アメリカは信頼できる同盟国の日本の核武装を推奨すべきだ」と主張していた。
まさに同じ時期の2006年10月、第二代目ブッシュ政権の元大統領補佐官だったデービッド・フラム氏が同種の日本核武装奨励論を発表して、議論をさらに熱くした。こんな趣旨だった。
「アメリカは日本に対してNPTを脱退し、独自の核抑止力を築くことを奨励せよ。第二次世界大戦はもうずっと昔に終わったのだ。現在の民主主義の日本が台頭する中国に対してなお罪の負担を抱えているという愚かなみせかけはもうやめるべきだ。核武装した日本は中国と北朝鮮が最も恐れる存在となる」
フラム氏はブッシュ政権をこの時点ですでに離れていたが、なお共和党側の論客として重視されていた。こんなことも述べていた。
「核武装した日本は中国と北朝鮮への懲罰となるだけでなく、イランの核武装阻止というアメリカの目標にも合致する。日本の核武装の奨励は他の無法国家の核の挑戦を抑える有力な武器ともなる。イスラエルの核攻撃能力を高めるというアメリカの戦略目標にも寄与するだろう」
要するに日本の核武装は反米国家群の野望や膨張を抑えるにも有益だと主張するわけだった。
さらにアメリカ議会の一部でも日本の核武装に賛成する意見が出ていた。2009年7月の下院外交委員会の公聴会でエニ・ファレオマベガ議員(民主党)が「日本が独自の核武装を求めても不自然ではない」と述べた。「北朝鮮や中国が核戦力を強める現状ではアメリカの同盟国の日本の核武装も認められてしかるべきだ」という論旨だった。
2011年7月にも下院外交委員会でスティーブ・シャボット議員(共和党)が同趣旨で「日本は核武装を真剣に考えるべき」と述べたのだった。
2013年2月には戦略問題専門家のジョン・ボルトン氏が「日本は自国の防衛のために独自の核兵器保有を目指すべきだ」と大胆な提言を発表した。ボルトン氏はその後、第一期トランプ政権に入り、国家安全保障担当の大統領補佐官にまでなった。
その直後の同年3月、上院外交委員会の公聴会でも日本の核武装を認めるべきだとする意見が共和、民主両党の複数議員から表明された。この公聴会の主題は北朝鮮の核開発への対策だった。だから日本の核武装も北朝鮮の核の脅威を抑えるため、あるいは対抗するため、という前提が多かった。
アメリカの国政の場ではそれまで禁句に近かった「日本の核武装」という論題が自由に論じられたのだった。この時点で日本の核武装には自動的に反対というアメリカ側のそれまでの反応はかなり崩れたともいえる。
トランプ氏は第一期の大統領選挙中の2016年3月、CNNテレビのインタビューで日本や韓国の核武装の可能性を問われ、その動きを認めるとも受けとれる回答をした。「北朝鮮の狂ったような核武装に対して日本や韓国が(独自の核武装で)自衛する日がくるかもしれない」と述べたのだ。
だがこの時期のトランプ氏は大統領ではなかった。大統領選挙の候補者に過ぎなかったのだ。だからその発言もその後にすぐ誕生したトランプ政権の政策とはならなかった。だがそれでもなおアメリカ側全般での日本の核武装への反応の微妙な変化の一端だったといえよう。
そんな変化を示すように2022年10月、イリノイ大学のソンファン・チェ教授が「日本と韓国がともに核兵器を保持すべきだ」とする論文を発表した。チェ教授は韓国系アメリカ人の学者だった。韓国系の識者たちは韓国でもアメリカでも日本が独自の軍事力を強くすることには拒否症を示してきた。まして日本の核兵器保有には文句なしに反対という反応が一致していた。だがそのタブーが崩れた観をみせたのがチェ教授の論文だったのだ。
このようにアメリカ全体として、堅く凍結した氷河が少しずつ融けるかのように、日本の核武装というシナリオにも少しずつ軟化の兆しがみえてきたのだ。その原因はすでに触れたように、一部では同盟国の日本への防衛パートナーとしての信頼感の増大、中国や北朝鮮の核の脅威の高まり、さらにはアメリカにとっての「核のカサ」の負担増などだといえよう。
(下つづく。上)
#この記事は「月刊 正論」2026年3月号に掲載された古森義久氏の論文の転載です。
トップ写真:北朝鮮によるロケット打ち上げ映像が流れるテレビ放送を注視する人々(韓国・ソウルのソウル駅にて)
出典:Chung Sung-Jun by Getty Images
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この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授
産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

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