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.政治  投稿日:2015/10/7

南シナ海で中国をけん制するウルトラC~“潜水艦救難艦”のベトナム供与~


 

 文谷数重(軍事専門誌ライター)

執筆記事プロフィール

潜水艦が遭難したら、どうするのだろうか?

海底着底状態であれば小型潜水艇で乗員を救出する。日本では有人潜水艇DSRV(Deep Submergence Rescue Vehicle)と、その母艦である潜水艦救難艦のペアが使われている。横須賀にある「ちよだ」 とその搭載DSRVがそれだ。呉にも母艦「ちはや」と搭載DSRVがある。このうち「ちよだ」は更新用の代替艦が建造中である。昨年度予算で発注され、履行期間4年間(4国)であるので再来年度の末には完成し、引き渡されるだろう。

■ベトナムに引き渡せないだろうか?

代替艦が完成すれば「ちよだ」は廃用され、鉄くずとして解体売却される。しかし救難母艦の「ちよだ」と搭載DSRVはまだまだ使える。救難母艦は故障知らずのディーゼルエンジンなのであと20年は使える。DSRVはやたらと丈夫であり、必要性がないため限界深度(おそらく1000m以上)まで潜っていない。疲労が全く溜まっていないことから、電池やシールを交換すれば同じように20年以上は使える。

この「ちよだ」をベトナムに引き渡すことはできないだろうか? 日本は救難艦を渡すことで、ベトナム潜水艦運用を活発にし、中国を制約できる。

ベトナムはロシア潜水艦の「キロ」型6隻を購入した。だが、積極的に活用している話はない。その理由としては潜水艦を運用した経験が全くないことが大きいが、それに加えて事故時の不安もあることも影響している。

日本が救難艦をベトナムに引渡し、海自OBの支援をつければベトナムは潜水艦の訓練や運用に自信を持つ。それにより、対立する中国に南シナ海での潜水艦脅威を与えることができる。結果、東シナ海や太平洋向けの中国海軍力を減らすことが期待できるのである。(注1)

■問題化しにくい「ちよだ」引渡し

この「ちよだ」引渡しは、国内外での反発が少ない。この点は利益である。「ちよだ」やDSRVは軍艦ではあるが、攻撃的な武器ではない。救難用機材である点から内外では文句はつけにくい。

また領土問題には触れずに、南シナ海に緊張状態を作り出し、中国とその海軍を拘束させる効果も見込める。この点でも「ちよだ」とDSRVの供与は優れている。

日本は南沙の問題に関与できる立場ではない。現状では、中国と周辺国が南沙諸島での領有を争っている。それはそれで日本にとって都合がいい事態である。日本はそれに絡んだり、あるいは煽ったりすることができない。

まず、南沙は中国の核心的利益であるため、日本が絡んだ場合には恨みを買い、かつての尖閣国有化同様の反発を引き起こす可能性がある。また、そもそも南沙諸島の領有問題は関係諸国同士の問題であり、日本としてはどこの国にも肩入れできないし、すべきではないこともあげられる。

日本と米国にとっての南シナ海問題は、自由航行と上空通過の権利の確保だけである。暗岩なのか、岩なのか、島であるかどうか、それがどこの国のものであるか、海底資源は誰のものかについて、関与すべきではない。(注2)

その点で「ちよだ」引渡しは優れている。南沙領土問題に触れることなく、南シナ海で中国海軍力を拘束する効果を期待できるためだ。

■日本潜水艦救難に役立つ可能性もある

他にも効果は見込める。まずは、おそらく南シナ海で活動している海自潜水艦の救難に役立つ点だ。

海自潜水艦は、おそらく海南島周辺まで展開している。もちろん、潜水艦行動は秘匿性が高いためどこで活動しているかは全く公表されていない。海自部内でも潜水艦行動域は潜水艦関係者だけしか教えられない。だが、そのサイズから推測される行動範囲や、戦時の攻勢的対潜水艦戦の所要を考慮すれば、南シナ海まで、中国南海艦隊の拠点である海南島まで展開している。

そして、仮に南シナ海で潜水艦が遭難した場合、日本国内からの救難はおそらく間に合わない。この点で、ベトナムが潜水艦救難艦を持ち、救難協力を得られる体勢は日本にとっての利益となる。

また、ベトナム潜水艦運用や、その性能を知り得る機会ともなる。海自の潜水艦救難艦は潜水艦職域が運用している。その技術支援にOBを送り込むことができれば、ベトナム潜水艦運用についての情報収集となり、「キロ」の性能や特徴をつかむこともできる。ちなみに「キロ」はベトナムだけではなく、ロシアや中国海軍も使っている。

ギブ・アンド・テイクでベトナムに潜水艦運用を教えても良い。潜水艦の操作操縦、運用は東西問わない。一部には差がある(例えば、浮上時に空にする主要タンクの底は、西側はフリーホールだが、東側はキングストンバルブをつけている)と言われているが、基本的に同じである。

■鉄くずにするよりマシ

通例であれば「ちよだ」とDSRVは廃用後、鉄くずとして廃棄売却される。「ちよだ」本体価格は250億円、別に単体発注された「ちよだ」DSRVは200億円したが、鉄くずとしては1500万程度にしかならない。実際には非鉄金属分があるので多少高く売れるが、解体費も掛かるため、ほぼタダのようなものだ。

それであればベトナムに渡したほうがいい。「ちよだ」には秘密はない。自衛隊用の通信システムを除去すれば、あとは通常の商船と変わるものでもない。エンジンにせよ舵機にせよ、「ちよだ」は民生品使用なのでベトナムでも入手・整備は可能である。

軍隊に渡すのが問題なら、ダミーで救難公社なり会社なりを作らせればよい。これは既に巡視船引渡しで解決した方法である。ベトナムも日本も問題回避に適した方法を見つけ出すだろう。

注1)このあたりは筆者記事 文谷数重「『そうりゅう』型潜水艦、南シナ海で行動中!?新型潜水艦救難艦に要求されるべき任務 中国の疑心暗鬼を呼ぶ救難艦の出没」『軍事研究』2015年9月号(ジャパンミリタリーレビュー,2015.8)参照。

注2)南シナ海人工島について、中国だけに非があるわけではない。この点については、文谷数重「抗堪性不足!小規模攻撃で容易に機能喪失 米中の全面戦争時には瞬時に陥落!恐るに足りぬ脆弱な中国の人工島 」『軍事研究』2015年10月号(ジャパンミリタリーレビュー,2015.9)参照。

*トップ写真:潜水艦救難母艦「ちよだ」。海上自衛隊ホームページより

 


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