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.国際  投稿日:2026/2/25

オーストラリア資源産業の壮大な規模と精密な操業にエンジニア魂を見た


杉山大志(キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹)

【まとめ】

・オーストラリアの石炭産業と金属鉱物産業の現場を見て回った。

・その規模は壮大であり、のみならず、操業は緻密に組み立ててあった。

・技術を通じて人々に幸せをもたらすエンジニア魂を感じ取った。

 

オーストラリアに行く機会があり、石炭産業と金属鉱物産業の現場を見て回った。まずは石炭である。シドニーから車で2時間ほど北上し、ハンターバレー地区に入る。写真はグーグルアースのものだ。

画像: Google Earthより

 

この中央にあるシングルトンという町が、炭鉱地帯の入り口にあたる。その西側には南北100キロほどにわたって、露天掘り炭鉱が連なっていることが、この写真でもはっきりとわかる。

 

初日にこの露天掘り炭鉱を見学し、翌日は画像右下のニューカッスルで石炭の積み出し港を訪れた。世界最大の石炭積み出し港である。

 

シングルトンから西へ20キロ走り、露天掘り炭鉱の一つであるユナイテッド・ワンボ炭鉱に行った。操業に携わるグレンコア社の方が説明をしてくれた。露天掘りの穴は深さ100メートル以上あり、周囲は20キロほどもある。このような大きな穴を人間が掘るというのは凄いことだが、わずか5年ほどのことだという。その中では、250トンの石炭を積み、自重を合わせると400トンを超えるトラックが動いている。日本では4トントラックをよく見かけるけれども、それとは文字通り桁違いの大きさである。そのトラックに石炭を積み込むのは、これまた同じぐらい巨大なショベルカーである。

 

炭鉱といっても、全てが石炭というわけではなく、石や砂の層があって、その中に石炭の層が挟まっている。いま掘っている箇所では、石炭とそれ以外の土砂の割合が1対7ぐらいということであり、石炭を掘る作業よりも、その周辺の土砂をどける作業の方が手数としては多くなる。いったん掘られた石や砂は、やがて露天掘り炭鉱に埋め戻されて、その上には植林がされ、生態系が回復される。実際にある程度樹木が育ったところを見たが、周辺の植生と区別がつかないほどだった。

 

出荷された石炭はすべてが鉄道に積まれていく。多くのトラックが動いていたが、ドライバーの二人に一人は女性ということである。安全服に身を固めた女性が凛々しく働く姿を何度も見かけた。運転席はエアコンも効いていて力仕事も特になく、女性に向いた仕事であるということだ。問題点は運動不足になりがちなことだとか。

 

翌日はニューカッスルに向かう。途中で百両連結の石炭輸送列車を見かけた。電気機関車が三つも連結されていて、ゆっくりと動いていた。ニューカッスルでは、ワラタ港石炭サービス(Port Waratah Coal Services, PWCS)という会社が所有する石炭センター(コールセンター)を見学した。ここでは石炭が集積されて、それを輸送船に積んで出荷している。

 

ここでもまずは規模の大きさに圧倒される。100両連結の石炭専用列車が毎日30本入港する。その石炭をコンベアで運び、長さ3キロメートルもあるヤード(石炭を積む場所)にピラミッドのように積み上げて、次いで10万トン前後の石炭輸送船に積み込む。石炭輸送船は平均して1日3回も出港する。構内をドライブして、石炭を運ぶ機械の下をくぐらせてもらい、巨大さを体感した。

動画: 巨大な機械がヤードから石炭を掬い上げてコンベアに載せている(PWCSにて撮影)

 

そして巨大なだけではなく、石炭産業は緻密なものだということも、ここでよくわかった。

 

毎日30本も巨大な列車が入港する。この時刻表が壁に掲示してある。その列車が運んでくる石炭は、さまざまな性状のものがある。灰分が多いもの、水分が多いもの、硫黄分が多いものなどだ。顧客によって、必要とされる石炭の性状が決まっているので、それに合わせて出荷しなければならない。そのためには、着く列車ごとに異なる石炭を、うまくブレンドして、性状を合わせるのである。入ってきた列車の石炭のサンプルが取られ、また出荷する直前にもブレンドされた石炭のサンプルが取られて、その性状がチェックされる。ショベルやコンベアは計算機の指示通りに絶え間なく四六時中動き続けて、ブレンドされた石炭が船に積まれる。全てが遠隔操作されていて、人をヤードの中で見かけることはない。

 

このコールセンターから出荷される石炭の一部は、日本の製鉄業向けのものであり、また日本の火力発電所向けのものである。このコールセンターで高い品質の石炭が安定に供給されるからこそ、性能の高い日本の鋼板の製造が可能になり、ひいては性能の高い日本製の自動車を製造することができる。同様に、日本の火力発電所が世界一の高い効率と高い環境性能を達成することができるのも、ここからの石炭供給があればこそである。

 

炭鉱があるハンターバレーは、ワインの一大産地として有名で、農業が盛んである。このため、環境問題には気を使って操業している。炭鉱から土ぼこりが舞い上がって周囲に飛散しないように、常に炭鉱内の道路などには散水がされている。炭鉱から出る排水は集めて再利用し、周囲の環境中への放出は最小限にする。これは、ニューカッスルのコールセンターも同様であった。

 

オーストラリアでも、日本同様、近年ではCO2が排出されることが理由となって、石炭産業に対する風当たりが強くなっている。だがその一方で、このハンターバレーの石炭はいまのペースで採掘するならばまだ何十年分もあるという。これだけの設備投資をして産業を成立させてきたのに、採掘を止めてしまおうというのではあまりにももったいない気がした。

 

シドニーから飛行機に乗って、オーストラリア西端のカルグーリーに行った。ここにはスーパーピットと呼ばれる有名な露天掘り金鉱がある。金以外にも、この近辺ではニッケル、リチウムなどの多くの鉱物が採掘され、精錬されている。

金鉱では、露天掘りに加えて、坑内掘りも行われている。露天掘りは深さ300メートルに達する穴があり、坑内掘りは深さ2,000メートルほどまで達しているということだ。ここで活躍するのもやはり、総重量が400トンを超えるトラックと、それと同じくらいの大きさのショベルカーである。

 

金が取れるといっても、いま採掘されている金鉱石は1トンあたり2グラムしか金は入っていない。だから250トンの積み荷がある巨大なトラックであっても、その中にある金はわずか0.5kgである。1kgの金の延棒を作ろうと思ったら、トラック2杯分から金を取り出さなければいけないということになる。

 

だがそのわずかの金を取るために、巨額の投資がなされ、巨大な設備が動き、絶え間なく日々操業している。この光景も圧巻だった。

 

このカルグリーから北に2時間ほどドライブしたところにはレオノーラという町があり、ここでも金が採掘されている。この町も、カルグーリーも、金が出るからこそ人が住むようになったということだ。何しろ西オーストラリアには今でもパースぐらいしか大きな都市はなく、カルグーリーはそこから600キロメートルも東に行った場所で、今でもパースから飛行機で1時間以上かかる。それが、19世紀末のゴールドラッシュの時には、カルグーリーは西オーストラリアで有数の都市になっていたというから驚きである。

 

当時の住居は今ではゴーストタウンになっているが、その少し離れたところに、一際目立つ立派な建物があった。米国のフーバー元大統領が住んでいた鉱山経営者邸宅「フーバーハウス」である。

 

フーバー大統領というと、任期がちょうど大恐慌に重なり、その後のフランクリン・デラノ・ルーズベルト大統領の方が有名になったことから、その陰のような存在として扱われがちである。だがフーバーは、その回顧録で、ルーズベルトが日本をけしかけて米国民を欺く形で戦争に突入させたことを強く非難しているなど、じつは日本にとってもゆかりの深い人物である。

 

そのフーバーは若いころ、海外で次々に事業を起こし、中でもこのオーストラリアの金鉱事業経営で大成功をした。二十代にしてオーストラリアで1,2を争う大富豪になったという。

 

そのフーバーが残した書物が本棚に無造作に置いてあって、それを手に取ってみて、ああこれをフーバーが読んだのかと思うと感極まった。そして何よりも、フーバーが書いた「エンジニアリング」という一文が飾ってあって、これに感動した。

写真 フーバー著「エンジニアリング」。フーバーハウス資料、筆者撮影。

 

私も理科系の端くれなので、ここでフーバーが言わんとしていることが、本当によくわかった。要約すると、「技術を身につけ、事業を起こして、それで人々を幸せにする。これに勝る喜びはない」。このことをフーバーは記した。

 

本稿の末尾に、筆者による翻訳と英語の原文をつけておこう。

 

オーストラリアの資源産業は、石炭にせよ、金鉱にせよ、スケールが壮大であった。のみならず、その操業は緻密に組み立ててあった。そして何よりも、人々に幸せをもたらすのだというエンジニア魂が宿っていることを知った。

 

 

エンジニアリング (フーバー著)

「これは偉大な職業である。想像上の産物が科学の助けを借りて紙上の計画へと現れ出る様子を観察する魅力がある。そしてそれは石や金属やエネルギーへと形を変え、現実となる。それは人々に仕事と住まいをもたらし、生活水準を高め、生活の快適さを増す。これこそが技術者の高貴な特権である。

他の職業の人々と比べて技術者が負う大きな責任は、その成果が誰の目にも晒される場所にあることだ。その行為は一歩一歩、確かな物質として形を成す。医師のように過ちを墓に埋めることも、弁護士のように議論で煙に巻いたり裁判官のせいにすることも、建築家のように失敗を樹木や蔦で覆い隠すことも、政治家のように欠点を相手のせいにし人々の忘却を待つこともできない。技術者は単に自分がやったことを否定できないのだ。もしその作品が機能しなければ、彼は呪われる……

一方で、医師とは異なり、彼の生は弱者と共に生きるものではない。兵士とは異なり、破壊が目的ではない。弁護士とは異なり、争いが日々の糧ではない。科学という骨組みに生命と安らぎと希望を纏わせる役目は、技術者に課せられている。年月が経てば、たとえ知っていたとしても、人々はどの技術者がそれを成し遂げたか忘れるだろう。あるいは政治家が自らの名を冠するかもしれない。あるいは他人のお金を使ったプロモーターの功績とされるかもしれない……。しかし技術者自身は、自らの成功から絶え間なく流れ出る善の奔流を、他の職業では得難い満足感と共に振り返るのだ。そして同業者からの評価こそが、彼にとって唯一の栄誉である。」

ハーバート・フーバー

レノラ郡コレクション提供

 

ENGINEERING

“It is a great profession. There is the fascination of watching a figment of the imagination emerge through the aid of science to a plan on paper. Then it moves to realization in stone or metal or energy. Then it brings jobs and homes to men. Then it elevates the standards of living and adds to the comforts of life. That is the engineer’s high privilege.

The great liability of the engineer compared to men of other professions is that his works are out in the open where all can see them. His acts, step by step, are in hard substance. He cannot bury his mistakes in the grave like the doctors. He cannot argue them into thin air or blame the judge like the lawyers. He cannot, like the architects, cover his failures with trees and vines. He cannot, like the politicians, screen his shortcomings by blaming his opponents and hope the people will forget. The engineer simply cannot deny he did it. If his works do not work, he is damned . . .

On the other hand, unlike the doctor his is not a life among the weak. Unlike the soldier, destruction is not his purpose. Unlike the lawyer, quarrels are not his daily bread. To the engineer falls the job of clothing the bare bones of science with life, comfort, and hope. No doubt as years go by the people forget which engineer did it, even if they ever knew. Or some politician puts his name on it. Or they credit it to some promoter who used other people’s money. . . . But the engineer himself looks back at the unending stream of goodness which flows from his successes with satisfactions that few professions may know. And the verdict of his fellow professionals is all the accolade he wants.”

Herbert Hoover

Courtesy Shire of Leonora Collection

 

トップ写真)オーストラリア最大の露天掘り金鉱山であるスーパーピット

出典)Photo by Nigel Killeen/Getty Images




この記事を書いた人
杉山大志キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

【学歴】


1991年 東京大学 理学部物理学科卒業


1993年 東京大学大学院 工学研究科物理工学修士了


【職歴】


1993年~2017年 財団法人 電力中央研究所


1995年~1997年 国際応用システム解析研究所(IIASA)研究員


2017年~2018年 一般財団法人キヤノングローバル戦略研究所 上席研究員


2019年~ 一般財団法人キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹


2019年~ 慶應義塾大学大学院 システムデザイン・マネジメント研究科 特任教授

杉山大志

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