中国の台湾戦略、そして尖閣戦略は その2 中国はとぐろを巻く大蛇
古森義久(ジャーナリスト/麗澤大学特別教授)
「古森義久の内外透視」
【まとめ】
・1968年以降、中国は一貫して尖閣諸島の領有権を主張している。
・習近平政権も同主張を維持し、東アジアでの影響力拡大を試みる。
・日本の実効支配を強化するために公務員の尖閣駐在は有効だが、中国の強硬な措置を跳ね返す覚悟が必要だ。
古森「周知のように、中国が尖閣諸島の領有権を主張し始めたのは、1968年に国連機関の調査で付近の海底に石油資源がありそうだという結果が発表されてからですね。その以前にはなにも述べなかった。しかしその後の動きをみると、中国政府は一貫して自国領土であるという主張を変えてはいない。
特に、1992年に発表した国内法の領海法では、尖閣を釣魚島として自国領土だと断じている。国際問題を国内法で自国にとって都合よく自由に扱うという中国独特の手法ですね」
ヨシハラ「はい、そしていまの習近平政権もその年来の主張を保ち、尖閣諸島を日本から奪取しようという意図に変わりはありません。その意図の背景には、南シナ海で他国と領有権を争ってきたスプラトレー諸島の軍事的奪取にみられるような海洋進出の国策があります。
東シナ海でも自国の領土と領海を膨張していくことはすでに中国の基本的な対外戦略となっています。東アジアでのアメリカの軍事プレゼンスを弱め、米側の同盟国である日本の戦略的役割をも減じる。それらの動きは台湾の併合という中国が核心的な国家目標とする狙いとも連携しています。とくに尖閣の奪取は東アジアの全域、とくに台湾攻略にも欠かせない目標でしょう」
古森「いまの日本では、この深刻な尖閣問題への対処が国政レベルで論じられることがありません。台湾有事はよく語られても尖閣有事が論じられないのです。尖閣諸島が日米安保条第五条の日米共同防衛の対象になるという基本は、アメリカ側も歴代政権が確認しています。ゆえに、中国が正面からの軍事行動で尖閣の占拠を試みることは、米軍を相手に戦争をすることにも繋がりかねないため、簡単には起きないでしょう。しかし、中国海警下部の準軍事組織の海洋民兵を使った灰色の侵攻といった方法もあります」
ヨシハラ「その点こそまさに私が中国にとっての多様なオプションと呼んだ実態です。いまの中国側の尖閣への態勢を私の同僚の中国研究者が『アナコンダ(大蛇)がとぐろを巻いている』と評しました。中国は軍事能力の大幅な増強をテコに、いまや尖閣に対して日本側の首に巻きつき、いつでも締めつけられる状態にある、という意味です」
古森「そんな状態は日本側が受け身一方だからでしょうね。日本政府は尖閣諸島を無人のままにして、日本国民が上陸することも禁じている。最近はメキシコ国籍の人間が謎の上陸をしましたが、中国側が日本の反応をみるために仕組んだのだという推測もあります。やはり自民党が2012年の綱領で述べたように、公務員の尖閣常駐を実現しないと日本の実効支配さえも疑問となります」
ヨシハラ「日本政府の公務員の尖閣駐在というのは以前からの案ですね。ただし中国側は必ず反発します。日本側の挑発だとして、これまでよりも強硬な措置をとってくる。その措置に耐え、跳ね返す政治意思がなければ、日本側はその案は実行しない方がよいでしょう。中国側にエスカレーションに口実を与えるからです。ただ日本側がその反発を覚悟の上であれば、有効な措置となるでしょう。
もし日本側が10年前に公務員の駐在という措置をとっていれば、その当時の中国側の反発はいま予測されるよりもずっと軽微だった。つまり、時間は中国側に有利に経過しているのです。だから、このままの現状維持だと日本側の立場はさらに弱くなります。もはや日本側は思い切って、公務員の駐在に踏み切るべき時機がきたのかもしれません」
古森「その点についての政策論議がいまの日本にないことが心配です」
(その3につづく。その1)
*この記事は雑誌「月刊 正論」2024年11月号に掲載された古森義久氏の論文の転載です。
トップ写真:東シナ海に浮かぶ中国の人工島(2022年10月25日)出典:Photo by Ezra Acayan/Getty Images
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この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授
産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。