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.政治  投稿日:2026/2/22

円安・インフレ下の公立病院経営危機と自治体財政破綻リスク


上昌広(医療ガバナンス研究所理事長)

【まとめ】

円安・インフレと診療報酬の固定化により、被災地を含む公立病院の経営が深刻に悪化し、自治体の財政破綻リスクが高まってる。

・相馬市の公立相馬総合病院も大赤字となり、この状況が続けば市が「財政再建団体」に転落する。

・円安で莫大な利益を得ている製薬企業が、その利益を医療現場に還元することが、地方自治体の危機回避に必要。

 

東日本大震災から15年目を迎えようとしている。メディアが報じることは少ないが、今春、被災地の病院は大きな危機を迎えようとしている。

それは、先の総選挙で与野党が消費税減税を掲げたからだ。巨額の財源不足が生じるのは確実だ。

例えば、食料品の税率を非課税にすれば約5兆円、消費税を一律5%に下げるなら約15兆円、税収が減る。財源不足は国の社会保障費だけでなく、地方交付税や地方消費税の配分にも打撃を与え、自治体財政の悪化を招く懸念が強い。

これは経営難に喘ぐ被災地の病院に留めを刺す可能性が高い。我が国では、2022年くらいから急速に円安、インフレが進んだ。輸出関連産業は大きな利益をあげたが、医薬品や医療材料の多くを輸入に頼る医療業界の経営は悪化した。

医療業界は、診療報酬を政府が全国一律に決めているため、コストの増加を価格に反映させることができないため、インフレ・円安は経営を悪化させる。

厚生労働省がまとめた「第25回医療経済実態調査(医療機関等調査)」によれば、2024年度の一般病院の損益率は平均で−7.3%と赤字となり、赤字施設の割合は67.6%前後と約7割に上っていた。

救急・小児科・産科などの「不採算」領域を引き受ける公立病院の経営は更に悪い。

総務省の「地方公営企業決算状況調査」によると、2024年度の自治体が運営する全国の公立病院678施設のうち83.3%が経常赤字に陥り、赤字額は3952億円と過去最大になった。

もはや経営努力で、どうにかなるレベルを超えている。注目すべきは、相馬市と新地町が共同で経営する公立相馬病院だ。1月まで、経営の責任者であったのは立谷秀清・前相馬市長だ。

立谷氏は内科医で、相馬市内に相馬中央病院という病院を経営している。市長としても有能で、2020年6月〜2024年6月まで全国市長会会長を務めた。福島県内、および人口5万人以下の都市からの初めての選出だ。

立谷氏は仙台一高から福島県立医科大学、更に東北大学内科医局へと進んだ。通常の市長とは違い、地元の大学医局と強力なコネクションがある。

公立相馬病院は、立谷氏がリードする形で、黒字経営を続けた。2022年度は4億6,360万円の黒字である。相馬市は、令和4年度当初予算で「公立相馬総合病院への負担金」として4億7,376万円を計上しており、実質的には若干の赤字ではあるが、人口減少が続く、被災地の地方都市としては見事である。

ところが、公立相馬総合病院は、2023年度決算にて、7億30,17万円の赤字を計上した。円安、インフレの影響を受けたためである。2024年度以降、経営は悪化を続けている。 

相馬市の財政調整基金(地方自治法に基づき、歳入歳出の不均衡や災害・経済変動への備えとして積み立てられる基金)は、2023年度決算では基金残高が約51億7,167万円である。この状況が続けば、相馬市は8年以内に「破綻」することになる。

かつて夕張市が経験したように「財政再建団体」に指定される。病院をどうするかが、新たに市長に就任した阿部勝弘相馬市長の最大の懸案だ。

全国の多くの自治体は相馬市と同様の状況にあるはずだ。いや、状況はもっと悪いだろう。公立病院を抱えていることが、自治体存続の最大の懸念材料になっているのだ。

全国の多くの自治体は「破綻」を避けるため、公立病院の赤字を削減するはずだ。ただ、それは難しい。高齢化が進む地方で、住民の最大の関心は医療と介護だからだ。

また、地元の大学医局も病院縮小、あるいは閉鎖に賛成しない。医局OBにとっての再就職先である病院長など幹部ポストを失うからだ。下手に大学の機嫌を損じれば、医師の総引き上げもあり得る。そうなると、市長の政治生命に関わる。

このあたりの調整は極めて難しい。このような芸当をこなせる市長が果たしてどれだけいるだろうか。調整が進まぬまま、「財政再建団体」への転落する自治体が多いだろう。

地方自治体が「ソフトランディング」するためには、資金を投入し、ゆっくりやらねばならない。

やり方はある。円安、インフレで、企業は好景気を謳歌しているからだ。2026年度3月期、上場企業は過去最高益を記録した。5年連続という。

製薬企業も莫大な利益を享受している。2024年度、国内主要製薬企業10社の営業利益は約1.9兆円だ。利益の多くが円安による薬価差益だ。例えば、武田薬品の財務諸表によると、為替影響により売上で1961億円、営業利益で559億円の押し上げ効果を得ている。中外製薬の為替差益は、営業利益で764億円だ。

円安で膨大な利益を得たのなら、医療現場に還元すればいい。残念なことに、これまで、そのような議論はなく、製薬企業の利益は、もっぱら投資家に還元されてきた。配当性向(利益のうち、どの程度を株主に還元しているかという指標)は、武田薬品が287%、アステラス製薬が261%だ。ちなみに、一部上場企業の平均は約50%だ。製薬企業の配当は「異常」だ。

この辺りの「事実」がマスコミで報じられることはほとんどない。これでいいのだろうか。この国の行く末について、もう少し丁寧な議論が必要である。

トップ写真:相馬中央病院 出典:相馬中央病院




この記事を書いた人
上昌広医療ガバナンス研究所 理事長

1968年生まれ。兵庫県出身。灘中学校・高等学校を経て、1993年(平成5年)東京大学医学部医学科卒業。東京大学医学部附属病院で内科研修の後、1995年(平成7年)から東京都立駒込病院血液内科医員。1999年(平成11年)、東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。専門は血液・腫瘍内科学、真菌感染症学、メディカルネットワーク論、医療ガバナンス論。東京大学医科学研究所特任教授、帝京大学医療情報システム研究センター客員教授。2016年3月東京大学医科学研究所退任、医療ガバナンス研究所設立、理事長就任。

上昌広

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