ウクライナ停戦交渉の行方――不透明な合意と再侵攻の懸念

宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)
宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2025#32
2025年8月18-24日
【まとめ】
・停戦交渉の雰囲気は出てきたが、詳細不明が多く今後の見通しは不透明。
・プーチンやトランプをはじめ主要プレイヤーの信頼性に疑問があり、NATOは本気でも米国の関与は限定的。
・仮に停戦が成立しても、ウクライナは領土を失い十分な安全保障は得られず、将来ロシアの軍事介入再発の恐れがある。
今週はウクライナに関する重要な首脳レベルの外交交渉が続いたため、原稿執筆が遅れてしまった。一連の首脳会談を通じて、「漸く停戦交渉が始まりそうな?」雰囲気になってきた。確かにこの点は評価に値するだろう。しかし、結論から言えば、「待った」割には、「詳細不明」が多過ぎ、今後を占うには材料不足だと思う。
こういう時は、個々の問題を詰めた議論より、中長期的な見地からの分析の方が有効かもしれない。この種の交渉では「悪魔は細部に宿る」ことが多々あるからだ。では、どう分析すべきか。筆者なら、この交渉を「静止画」ではなく、「長編動画」の一コマと捉えるだろう。筆者の見立ては、かなり悲観的である。
ウクライナ停戦交渉が「長編動画」ならば、そこには必ずプロットがあるはずだ。筆者の見るところ、現時点でこの動画の結末を予測することは難しいが、プロットの前提については、以下の通り、比較的分かり易いと思う。独断と偏見に基づく単純化をお許し頂き、筆者が考えるプロットの前提を5つご紹介しよう。
- プーチンは信用できない
プーチンは噓つきだが、その戦争目的は明確である。実にけしからんのだが、停戦の条件について彼は、あまり嘘を言わない。最後は騙しにくるだろうが、プーチンはそれなりに一貫性のある嘘つきの指導者である。
- トランプも信用できない
対する、トランプは先天的なウソつきである。国家ではなく、自分の利益のために平気で噓がつける。しかも、直前に話した人の話に引きずられ易い(昔どこかの国の首相に似たような人物がいたが・・・)ので、実に扱いが難しい。その意味で、トランプはあまり一貫性のない嘘つきである。
- NATO諸国は漸く本気になった
今回、夏休みにも拘らず、多くの欧州指導者がゼレンスキーの応援団としてワシントンに急遽参集した。彼らも停戦交渉が本格化すると感じ、腹を決めたのだろう。ここら辺は「流石、欧州だ」と妙に感心する。
- ウィトコフは素人ではないか
トランプ政権の中東特使らしいが、元はニューヨークの不動産屋でゴルフ仲間に過ぎない。この人に「NATO条約5条のような安全の保証」という意味が、本当に分かっているのだろうか。彼の話を聞けば聞くほど、心配になってくる。
- ゼレンスキーは独立変数にはなれない
このような人々に囲まれたゼレンスキーがどこまで「我を通せる」かは、未知数というより、不可能に近いのではないか。今回プーチンとトランプが「合意した」とされる内容が明らかになればなるほど、ゼレンスキーはそれをウクライナ国民に売り難くなるだろう。
このままいけば、トランプ氏の手法は典型的な「宥和政策」となる。そう、第二次大戦前に英首相のチェンバレンが試みて見事に失敗した、あの手法である。されば、この「長編動画」の結末は、仮に停戦が成立したとしても、①ウクライナは領土を失うが、②完全な「安全の保証」は得られず、③米国が直接関与する可能性は低く、④欧州諸国による限定的な保証だけではウクライナは守れないし、⑤欧州では、いずれどこかで、再びロシアによる軍事介入が始まるだろう、ということになる。筆者の見立てが間違っていることを心から願うばかりだ。
さて続いては、いつもの通り、欧米から見た今週の世界の動きを見ていこう。ここでは海外の各種ニュースレターが取り上げる外交内政イベントの中から興味深いものを筆者が勝手に選んでご紹介している。欧米の外交専門家たちの今週の関心イベントは次の通りだ。
8月19日 火曜日 国連事務総長、訪日(5日間)
8月21日 木曜日 イラン大統領、アルメニア訪問から帰国
米国務長官、カナダ外相と会談
8月22日 金曜日 コロンビア大統領、アマゾン協力条約機構首脳会議を主催
8月23日 土曜日 台湾野党国民党の7議員に対するリコール選挙実施
韓国大統領、訪日
8月24日 日曜日 韓国大統領離日、訪米へ
さて、最後はガザ・中東情勢だが、ガザでの停戦交渉は相変わらず「動きそうで動かない」状態が続いている。18日、ハマースはカタルとエジプトが仲介した新たな提案に同意すると発表した。カタルは今回の新提案はイスラエルが以前に合意したバージョンと「ほぼ同一」であるなどとしていたが、イスラエルは、予想通り、この提案を拒否しそうだ。報道によれば、19日にイスラエル高官は「政府の立場は変わっておらず、いかなる取引においても全ての人質の解放を求めている」と述べたそうだ。要するに、イスラエルには停戦する気など毛頭なさそうである。今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは今週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。
トップ写真:Anna Moneymaker by gettyimages
【訂正】2025年8月22日、下記部分を訂正致しました。
誤:ウィトコックは素人ではないか
正:ウィトコフは素人ではないか




























