ポルトガル総選挙、極右政党躍進
宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)
宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2024#11
2024年3月11-17日
【まとめ】
・ポルトガル総選挙、野党中道右派連合「民主主義同盟」が最多の議席を獲得。
・保守政党「シェーガ」が議席数を4倍近く増やして躍進。
・その主張は「移民規制強化」「政治腐敗の撲滅」などで欧州の他の「極右」政党と大きく変わらない。
今週は10日にアカデミー賞発表とポルトガル総選挙があり、17日にはロシアの大統領選挙が予定されている。アカデミー賞では「君たちはどう生きるか」が長編アニメ賞を受賞しただけでなく、「ゴジラ-1.0」が日本映画初の視覚効果賞を獲得した。実に嬉しく誇らしい話だが、一部では「W受賞-邦画が快挙」などとも報じられた。
勿論、快挙には違いないのだが、米国内報道では「原爆の父」で物理学者が主人公の「オッペンハイマー」が作品賞、監督賞など7部門で受賞したニュースの扱いが圧倒的に大きい。米国の映画界の賞だから、当然と言えば当然なのだが、「ゴジラ」や宮崎駿監督の受賞を大きく取り上げた米紙報道は残念ながら、あまりない。
自虐的に聞こえるとすれば、本意ではないが、例えば米大リーグの「大谷現象」に関する話は、欧州は勿論、米国でも、日本のように連日報道されることはない。要するに、世界の諸現象は、それが何処で起こり、誰にとって意味があり、どの地域に大きな影響が及ぶかで、その報道ぶりは変わるのだ。このことを忘れてはならない。
その観点からは、ロシアの大統領選挙は大きいようで小さなニュースだ。内外報道では「プーチン大統領の再出馬と通算5選は確実視」されており、プーチン陣営は「8割前後の高い得票率をめざす」とされる。筆者が興奮しない理由は、結果が選挙前から見えているからだ。プーチンの五選については来週コメントすることにしたい。
ロシア大統領選以上に筆者が関心を持ったのはポルトガル総選挙だ。10日の選挙で、野党中道右派連合の「民主主義同盟」が最多の議席を獲得し、与党だった中道左派「社会党」書記長は敗北を認めた。ここまでは別に驚かないのだが、今回注目したのは保守政党「シェーガ」が議席数を4倍近く増やして躍進したことだ。
民主主義同盟が79議席、社会党が77議席、シェーガが48議席を獲得したが、いずれの党も過半数には届かず、連立交渉が本格化するという。こうした「極右(この表現自体必ずしも正確ではない)政党」の躍進は、近年欧州各国で、浮沈を繰り返しながらも、着実に続いているようだが、今回もそれを証明することになるのだろうか。
シェーガ(so much for thatの意味らしい)は5年前総選挙で初議席を獲得、その主張は「移民規制強化」「政治腐敗の撲滅」などで、欧州の他の「極右」政党と大きく変わらない。こうした現象はあくまでポルトガル独自の一時的現象なのか、それとも今後10年の欧州の姿を暗示しているのか。ロシアよりこちらの方が気掛かりである。
こうした欧州の動きを「煽っているのか、呼応しているのか」は別として、似たような動きは米国でも起きている。筆者は8年前、「トランプ大統領とダークサイドの逆襲」という物騒な本を書いたが、同書を読み直してみても、今欧米で起きている現象は、一連の、もしかしたら変更不能の、大きな政治的潮流ではないかと危惧している。
こうした見地から、先週のJapanTimesに “Wake up, America!(アメリカよ、目を覚ませ)”と題したエッセイを寄稿した。これまで一部の米国識者は「American exceptionalism(アメリカ例外主義)」を唱えてきたが、今やアメリカは「例外」ではなく、民主主義が機能しない、自己中心的な、ごく普通の国になりつつあるようだ。
筆者に言わせれば、アメリカ例外主義とは「底抜けにナイーブで、単純で、率直でありながら、世界のリーダーなどと煽てられれば、その国力を国際社会の公益のために、惜しげもなく使う美徳を備えた人々からなる国家の信条」である。こんなことをやろうとする国は、この世界で、米国以外に存在しなかったのも事実だ。
その意味で、アメリカは例外であり、その同盟国もこれを歓迎し、利用してきた。ところが、今のアメリカはもはや「例外」ではなくなりつつある。されば、他の国々も、アメリカをそのように扱い始めるだろう。それがどれほどアメリカの国益を犠牲にするかをトランプ候補とその支持者は理解しているのだろうか・・・。と筆者は書いたのだ。ご関心の向きは先週のJapanTimesをご一読願いたい。
続いては、欧米から見た今週の世界の動きを見ていこう。ここでは海外の各種ニュースレターが取り上げる外交内政イベントの中から興味深いものを筆者が勝手に選んでご紹介している。欧米の外交専門家たちの今週の関心イベントは次の通りだ。
3月11日 月曜日
カリブ共同体諸国、ハイチ問題で首脳会議(ジャマイカ)
米大統領、2025会計年度の予算教書発表
中国の全人代が閉幕
マレーシア首相、訪独
3月12日 火曜日
ポーランド大統領と首相、訪米
IAEA事務局長、訪日(14日まで)
3月13日 水曜日
ペルー外相、訪米、外相会談
リトアニア大統領、訪仏
EU外務・安全保障政策上級代表、訪米(15日まで)
3月15日 金曜日
ロシア大統領選挙(17日まで)
最後は、いつもの中東・パレスチナ情勢だ。
●米イラン関係は小康状態、イエメンの親イラン武装勢力「アンサールッルラー(フーシー派)」以外は、対米攻撃を封印し続けている
●先々週から「ハマースが人道的見地から人質を解放することはないので、停戦の交渉は成功しない」などと書いてきたが、やはりネタニヤフは譲歩しなかったようだ
●これで悪化したのが米イスラエル首脳間の関係。元々民主党系政治家とネタニヤフの関係は一貫して悪かったが、米大統領選の本選が事実上始まった以上、国内、特に民主党内への配慮から、バイデンも黙っていられなかったのだろう
●しかし、ガザ問題が大統領選を左右する問題になるとは思えない。いくら民主党左派とはいえ、バイデン憎しでトランプを当選させることは決して本意ではないだろうからだ。
今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは今週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。
トップ写真:民主主義同盟を率いる社会民主党(PSD)のルイス・モンテネグロ党首が勝利宣言を行う(2024年3月10日 ポルトガル・リスボン)出典:Horacio Villalobos#Corbis/Corbis via Getty Images
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この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表
1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。
2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。
2006年立命館大学客員教授。
2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。
2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)
言語:英語、中国語、アラビア語。
特技:サックス、ベースギター。
趣味:バンド活動。
各種メディアで評論活動。