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.国際  投稿日:2015/1/8

【「反日」映画『アンブロークン』を斬る 3】~アンジー監督が欲しかった日本の過剰反応~


岩田太郎(在米ジャーナリスト)

「岩田太郎のアメリカどんつき通信」

執筆記事プロフィール

ストライサンド効果」という言葉がある。大物女優で歌手のバーブラ・ストライサンドが2003年、自宅写真の無断ネット公開の禁止を求めて訴訟を起こした。だが、訴訟前は6件しかダウンロードがなかったものが、ニュースが伝えられた訴訟後は42万件に急増し、逆効果になった。騒がないほうが得策の場合もある。

アンジェリーナ・ジョリー監督(39)の『アンブロークン』は、日本で「反日映画だ」と騒がれ、日本での公開阻止や、アンジー監督の日本入国禁止を求める動きが出ている。まさに、「ストライザンド効果」そのものである。日本のそのような過剰反応こそ、アンジー監督や米メディアをして、「この映画の描写が正しいからこそ、日本人は目を背けたがっている。この映画には価値がある」と言わしめる、ノドから手が出るほど欲しい、したたるようなアリバイなのだ。

騒げば、彼女の思う壺である。敵に塩を送るようなものだ。国益を損ねるので、即やめよう。そして、『アンブロークン』を日本国内でも、どんどん見せればよろしい。アンジー監督は、米国と重ね合わせた主人公が「壊れていない」ことを示すことで、実は壊れている米国の実情から目をそらす、現実逃避的な効果を狙っている。現在の米国の罪と救いのなさを過去の日本に投影し、米国の「無実」を観客に確認させる倒錯のシナリオを、しっかり劇場で観よう。

『アンブロークン』はまた、アンジー監督自身のイメージ作り戦略としての重要な役割も担っている。女優ジェニファー・アニストン(45)の夫であった俳優ブラッド・ピット(51)を「略奪愛」で我がものにしたり、2回の離婚など不安定な対人関係の過去があるアンジー監督は、毀誉褒貶の激しい人物だ。

それに比例するように、彼女は自身を利他的なヒーローとして見せたがっている。映画で引き受ける役も、2008年の『チェンジリング』のように、無私の人物が多い。今回の作品も、英雄を描くことで、自身をヒーローと重ね合わせている。また、「女性と子供の擁護者」としての各種の人道的活動や、恵まれない子供を養子にするなどのイメージは大々的に宣伝され、世界中に深く浸透している。そんな「いい人」であるアンジーを批判する者は、悪者にされてしまう。彼女が「奉仕」し代弁をする、声なき弱者が、彼女の弾除けになっているのだ。

イメージ戦略のプロとしてのアンジー監督については、2008年11月20日付『ニューヨーク・タイムズ』紙の秀逸な記事があるので、是非一読を勧めたい。メディアにインタビューをさせる代わりに、質問内容を事前にコントロールし、「不利な内容は書かない」と誓約させる戦術が浮き彫りにされている。一方、アンジー監督に描かれる側は、そのような力を持たない。

アンジーのライフスタイルは、代表作『大地』で1932年のピュリッツァー賞を受賞し、1938年のノーベル文学賞に輝いた米国人女性小説家パール・バック氏のそれと、深く重なる。パールは宣教師の妻という立場にもかかわらず、ダブル不倫の末、1935年に離婚して不倫相手と再婚。その悪評の大きさに比例するように6人の養子を迎え、「女性と子供のために」人道的活動を大々的に繰り広げた。

1973年に80歳で亡くなるまで、「人種差別主義的な西洋人に理解されない中国人」「アジア各地で米兵の父に置き去りにされた混血児」など声なき者を小説や活動の中で擁護する、「理解者・ヒーロー」を演じた。

知的障害を持つ娘の母でもある、そんなパールは、批判されにくかった。夫の教え子と恋に落ち、夫と3歳の長女を残し家出した作家・瀬戸内寂聴氏は、老パールと対談した際、「白くなった髪が銀色に光って、仏の後背のように見えた」と憧憬を綴った。

だが、対外イメージのコントロールや利他的活動は、隠そうとするものを逆に表出させてしまう。アンジー監督が『アンブロークン』で隠したものをしっかり見据えるため、この作品の日本公開を大きな声で求めよう。

(つづく。第四回(9日掲載予定)は、「真の『アンブロークン』は誰か」。本記事には、参照した英文の元記事や評論へのリンクが貼られているが、Yahoo!ではリンクが無効になる。お読みになりたい方は、Japan In-Depthのウェブサイトhttp://japan-indepth.jpをご覧いただきたい。)

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