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.国際  投稿日:2021/9/22

米、深刻な雇用のミスマッチ 好景気も経済押し下げ要因去らず


岩田太郎(在米ジャーナリスト)

【まとめ】

・米景気が急回復し。賃金上昇による雇用のミスマッチが発生。

・バイデン政権の大規模な財政出動により、インフレ傾向が続く。

・米経済の構造的課題は改善しておらずインフレは定着しにくい。

コロナ後の日本経済回復が欧米先進国よりも遅れている。こうした状況を評して、「コロナ敗戦」「ワクチン敗戦」「インパール2020」などという表現が盛んにマスコミで使われるようになった。比較対象となっているのは主に米経済で、その力強さが注目されている。

足元で若干弱含んでいるものの、確かに米経済の回復は力強く、4~6月期の実質国内総生産(GDP、季節調整済み)改定値は、前期比年率換算で6.6%増加し、1~3月期の6.3%を上回る景気回復が続いている。

こうした中、米労働省が発表した統計によれば、7月の求人数が1090万と、同月における870万人の失業者数を220万人分も上回ったことが明らかになった。景気が急回復し、求人が増え、雇用主が軒並み賃上げを行っても、なお労働者が不足するというミスマッチが続いているのである。

 

写真)雇用統計を発表する米・バイデン大統領(2021年7月2日)

出典)Chip Somodevilla/Getty Images

インフレ高進論を唱えるローレンス・サマーズ元米財務長官は、こうした労働力の需要と供給のズレの発生を、自身が提唱してきた「長期停滞(secular stagnation)」の終わりのサインと捉え、この先に米経済の好調が続くと見ている。だが、その見解はエビデンスに基づくものなのか。筆者の体験なども交え、「長期停滞終結」の真偽を考えたい。

写真)ローレンス・サマーズ元米財務長官

出典)Chad Buchanan/Getty Images(2017年6月20日)

ヘアスタイリストが足りない!

筆者は最近、ネット予約が可能で、いつも散髪に利用する理容チェーンで、髪を切ってもらった。だが、アプリで確認すると、行きつけの店は一時休店となっており、クルマで20分ほどの別の店に行かなければならなかった。

担当してくれた男性のヘアスタイリストに理由をたずねると、「人手不足なんですよ!あなたの行きつけの場所を臨時休店にして、他の店にスタイリストを回さなければ、やっていけないからです」という答えが返って来た。

さらに聞くと、人材不足は昨年からすでに進行していたのだという。具体的には、従業員がどんどん辞めてしまい、補充が追いつかないとのことだった。去った人たちは、より高い賃金を支払ってくれるサロンに転職したり、別の職種で新しいキャリアを始めているという。一方、新たなヘアスタイリストの養成や免許取得には数か月の時間が必要で、人員不足が深刻なのだそうだ。

これは、全米規模で起こっている、コロナ後の労働力の需給ミスマッチの典型例である。キャリアの変更や、家族との時間の過ごし方、柔軟性のある仕事へのシフトなど、専門家たちが指摘する、「働き方の見直し」が実際に進行中なのだ。

そうした状況下、米労働省が発表した8月の雇用統計では、時間当たり賃金が前月比0.6%上昇し、アナリスト予想の0.3%の2倍の伸びを記録。前年同月比では4.3%の伸びと、前月の4.0%から加速した。

サクソ・マーケッツのグローバルセールストレーダーであるマイク・オーウェンス氏はロイター通信に対し、「賃金の伸びが前年比4.3%と、予想の3.9%を大幅に超えた。これはインフレが一過性という米連邦準備制度理事会(FRB)の主張と矛盾する」との見方を示した。サマーズ氏も、「賃金上昇は一度始まったら非常に止まりにくいトレンドだが、それが始まろうとしている」と語った。

米経済の好調に持続性はあるか

サマーズ氏はさらに、米家計の4分の1を占める住宅価格や賃料が2桁台の上昇を見せ、連邦政府による記録的な財政出動が続く中、自身が唱えてきた、「デフレ傾向が止まらない長期停滞」の前提が吹き飛んでしまったと述べた。つまり、バイデン政権のコロナ対策支出があまりにも規模が大きいため、貯蓄よりも投資にマネーが回り、デフレ傾向がついに終息に近付いたとの認識だ。

写真)物価高騰を批判する共和党議員、インフレ高進は共和党による政権批判の好材料になりつつある一面も。(2021年5月26日)

出典)Drew Angerer/Getty Images

そのためサマーズ元米財務長官はFRBに対し、早期に現在の緩和的な金融政策を巻き戻す「テーパリング」を開始するように求めている。だが、米経済は本当に構造的に、そこまで回復したのだろうか。

8月の雇用統計は、新型コロナ変異ウイルス「デルタ株」の感染拡大に伴い、非農業部門雇用者数が前月比23万5000人増と、市場予想の72万8000人を大きく下回り、過去7カ月間で最も低い伸びにとどまった。米国労働省が発表した8月の消費者物価指数(CPI)、変動の大きいエネルギーと食料品を除いたコア指数ともに前月から低下している。ここ数カ月のインフレに力強さは見られず、この先急伸するという兆候は見られない。

 

コロナ後の開放感でモノやサービスへと一気に回る「リベンジ消費」に関しても、7~9月期をピークとして、下降してゆくとの予想が年初からのコンセンサスとなっており、政府の現金給付の終了や、特別失業手当の満了に伴い、消費の息切れが予想される。

構造的な押し下げ要因は消えない

さらに、連邦政府の財政出動によるマネーサプライ(通貨供給量)が急増してインフレ圧力が高まっても、人口の少子高齢化やテクノロジー導入による雇用減など、構造的にインフレを押し下げる長期的な要因が変わらないことに注意が必要だろう。

事実、長期停滞論の核心を成す「投資需要の低迷」は、GDPが急回復した期間においても続いていたのである。世界各国のマクロ経済データを扱うCEICによれば、米GDPに占める投資の割合は、2021年に入って7月まで20~21%台と、1947年から2021年の平均である22.4%よりも低い。またこれは、「コロナ敗戦」といわれる日本の24.1%(6月)よりも低い数字だ。

サマーズ氏が懸念するような、「投資にマネーが回り、デフレ傾向がついに終息」というシナリオは、現時点では起こっていないように見えるのである。また、サマーズ氏自身も、連邦政府の大規模な財政出動が終われば、長期停滞がさらに長引く可能性を認めており、米政局次第では長期停滞がはっきりとした形で戻ってくることもある。

また、ディスインフレの大きな要因であるグローバル化も巻き戻されておらず、インフレは定着しにくいと思われる。このように、米経済が抱える構造的な弱さに変化はなく、それが近未来の金融政策や経済成長にも影を落としてゆくだろう。

写真)求人を呼びかける米・ニュージャージー州のリゾート地の様子(2021年5月28日)

出典)Spencer Platt/Getty Images




この記事を書いた人
岩田太郎在米ジャーナリスト

京都市出身の在米ジャーナリスト。米NBCニュースの東京総局、読売新聞の英字新聞部、日経国際ニュースセンターなどで金融・経済報道の訓練を受ける。現在、米国の経済・司法・政治・社会を広く深く分析した記事を『週刊エコノミスト』誌などの紙媒体に発表する一方、ウェブメディアにも進出中。研究者としての別の顔も持ち、ハワイの米イースト・ウェスト・センターで連邦奨学生として太平洋諸島研究学を学んだ後、オレゴン大学歴史学部博士課程修了。先住ハワイ人と日本人移民・二世の関係など、「何がネイティブなのか」を法律やメディアの切り口を使い、一次史料で読み解くプロジェクトに取り組んでいる。金融などあらゆる分野の翻訳も手掛ける。昭和38年生まれ。

岩田太郎

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