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.国際  投稿日:2021/10/20

バイデン政権が供給網混乱を解決できないわけ


岩田太郎(在米ジャーナリスト)

【まとめ】

・7~9月期の米GDP予想は前年同期比3.5%と大幅に伸び幅減少。

・国内外の物流の混乱、労働市場の人手不足、インフレ高進による消費の抑制が原因。

・物流問題と経済格差問題で無策のバイデン政権、11月の中間選挙で厳しい評価下るか。

 

新型コロナウイルスのワクチン接種を済ませた人々の割合が66%を超え、4~6月期の国内総生産(GDP)が前年同期比6.7%と、コロナ後の経済回復が順調であった米国。しかし、全米産業審議会による7~9月期のGDP予想は前年同期比3.5%と大幅に伸び幅が減少している。今夏のデルタ変異株の流行が影響しているものの、それだけが理由ではない。

実は、米経済にはリベンジ消費などの成長余力がまだ幾分残っているのだが、それを抑えている要因がある。それが、①コロナ禍による国内外の物流の混乱、②働く人たちの意識の変化で発生した労働市場の人手不足、そして、③供給不足と労働力不足により引き起こされたインフレ高進による消費の抑制、などの主要因である。

■ 構造的な物流混乱の原因

筆者は、9月に入って食品や日用品の買い物の際、スーパーマーケットやドラッグストアの商品棚で欠品が目立ち始めたことに気付いた。それは、コロナ禍初期にトイレットペーパーや消毒液など特定の商品だけが長く入荷しなかった時とは異なり、特に需要が急増しているように見えない冷凍食品や、普通の日用品が数日間消え、しばらくしてまた入荷するという、変則的なものだ。

▲画像 コロナ禍による欠品状態(2020年03月18日) 出典:Photo by Smith Collection/Gado/Getty Images

消費者の買いだめパニックを引き起こすような深刻な品不足ではないのだが、生産企業やロジスティックスに異変が起こっていることは、身近に感じる。事実、全米の完成輸入品受け入れの40%を占める基幹拠点であるロサンゼルス港とロングビーチ港における荷揚げ処理が人手不足で追いつかず、コンテナ船が沖合に多く滞留している様子は、テレビのニュースで頻繁に取り上げられるようになった。

さらに、パンデミック以前から不足気味であったトラック運転手が、コロナ禍を機に大量に離職するようになった。もともとトラック運転手は薄給で待遇も悪いため、パンデミックにより他業種で給与レベルが上がり始めたのをチャンスとばかりに、転職する人が増えたのだ。このため、全米で約2万人のドライバーが足らなくなり、陸上輸送が深刻な目詰まりを起こしている。

供給網と労働市場の問題は、バイデン政権発足時から繰り返し指摘されてきたことだ。だから、(1)賃上げや待遇改善を行って運輸・配送の人手不足解消に貢献する企業に、大統領令で補助金を出す、(2)連邦政府の管轄下にある港湾の夜間や週末の休業を撤廃し、高賃金で新たな人材を呼び寄せる、(3)物流のボトルネックを引き起こす環境・労働規制を一時的に停止する、(4)製造業や小売業の企業に従業員1人当たりの労働時間延長を要請して供給・流通を改善するなど、物流問題と経済格差問題を一石二鳥で解消するような政策は、いくらでも採用できたはずである。だが実際には、バイデン政権は無策であった。

それだけではない。バイデン大統領が、未曾有である数兆ドル規模の現金給付や財政出動で需要を喚起してアクセルを思いっきり踏み込んだところまでは良いが、それによって生み出された需要に対応するための供給増加の必要性に対しては、米環境保護庁による新たなトラック排気ガス規制、中国メーカーからの車台輸入に対する200%の報復関税の発動、民主党支配州における部分的ロックダウンの継続的な適用や、ワクチン接種命令に服従しないエッセンシャルワーカーをクビにする措置などの一連の規制策や悪いタイミングの発動により、ブレーキをかけてしまったのである。

こうした中、州によってはパン、食肉、乳製品など必需品が不足しており、暖房需要が高まる冬季にエネルギー価格がさらに高騰すれば、インフレと商品の供給不足に悩む米国民の怒りが、経済全体を俯瞰できていない民主党に向かうことは間違いない。政策の構造的なチグハグさが災いして、米経済は巡航速度からの減速を迫られている。

■ 経済減速で利上げは遠のくか

一方、供給不足と労働力不足で生じる物価上昇に関しては、多くのエコノミストが2022年中は継続するだろうと予測している。ちなみに、8月の上昇率は食品やガソリンの値上がりを反映して前年同期比5.4%と、米連邦準備制度理事会(FRB)の「継続して2%を上回る」という目標値を大幅に超過しているように見える。

市場にとっての問題は、インフレが早期に収束するか、しないかだ。米連邦エネルギー情報局によれば、今冬は天然ガス価格が前年比30%上昇すると予想されるほか、電気暖房が6%、プロパンガスが54%、灯油は43%の値上がりが予想される。サプライチェーン問題も冬の前に解消するとは考えられず、食品価格や日用品の値段は、この先数カ月は上がり続けよう。このため、米経済が減速モードに入ることは確実だ。

では、それは物価上昇と景気後退が同時にやってくる「スタグフレーション」につながるのだろうか。この点に関しては、筆者はそうならないと見ている。なぜかと言うと、バラマキや財政出動で過度に刺激された需要が徐々に低下を始め、インフレが落ち着くと考えているからだ。

具体的には、バイデン政権の財政出動が、身内の民主党内からの反対や、共和党の抵抗で規模縮小の方向に向かう。また、経済減速を感じ取った人々が、消費を手控えるようになると思われる。事実、ミシガン州でのアンケート調査によると、今は自動車や住宅を買うのに良いタイミングではないと考えている人が増加していることが判明している。これは、需要側におけるネガティブなしるしだ。

この傾向が今後全国に拡大すれば、モノやサービスに対する需要の減少で物流の混雑が緩和され、エネルギーを含むインフレ圧力も低下する。ガソリンなどの値上がりの一因となった、大型ハリケーンによる石油関連施設の被害も復旧し、正常化が進むだろう。

春先には、FRBの言うように「過剰インフレは一過性」となり、米経済は緩やかな年率2~3%台の成長持続へと戻ると予測する。もちろん、人口の増加に追い付かない住宅供給や、トラック運転手の慢性的な不足などは一朝一夕には解消されないため、それなりの物価上昇は続く。だが、米経済全体の需要急増が和らげば、品不足や人手不足も落ち着いてゆくだろう。

では、インフレ圧力が低下し、経済の成長が減速してゆけば、FRBの利上げにどのような影響を与えるだろうか。まず、現在進行形で高まるインフレに対し、FRBが緩和的な金融政策を巻き戻すテーパリングを用いて、11月ころから引き締めに転じるのは間違いない。だが、需要が落ち着き、物価上昇のペースが緩やかになると、米経済そのものの成長が「出力低下」に見舞われ始める。

そうなれば、金融引き締め策を続けることが、経済を窒息させることにつながりかねない。そのため当面は、引き締めの次のステップである利上げどころではなくなり、テーパリングの規模縮小や一時中断を決断せざるを得なくなるというのが、筆者の見立てだ。だから、それに合わせて利上げも遠のいていくのではないだろうか。現在、米国との金利差により生じている円安が、ある程度巻き戻されるかも知れない。

翻って、せっかくの経済成長のチャンスを、無策と規制から生じさせた供給不足と労働力不足のために、十分に活かせなかったバイデン政権に対しては、2022年11月の中間選挙において、有権者の厳しい評価が下ると筆者は考えている。それが、2024年の大統領選におけるトランプ前大統領への復活待望論につながりそうな気配もある。全米規模の物流混乱は、選挙をも動かし得る政治・経済問題に発展してしまったのだ。バイデン大統領の有効な反撃はあるのか、注目される。

トップ画像:ワシントンDCのイベントで話すバイデン氏(10月18日) 出典:Photo by Kevin Dietsch/Getty Images




この記事を書いた人
岩田太郎在米ジャーナリスト

京都市出身の在米ジャーナリスト。米NBCニュースの東京総局、読売新聞の英字新聞部、日経国際ニュースセンターなどで金融・経済報道の訓練を受ける。現在、米国の経済・司法・政治・社会を広く深く分析した記事を『週刊エコノミスト』誌などの紙媒体に発表する一方、ウェブメディアにも進出中。研究者としての別の顔も持ち、ハワイの米イースト・ウェスト・センターで連邦奨学生として太平洋諸島研究学を学んだ後、オレゴン大学歴史学部博士課程修了。先住ハワイ人と日本人移民・二世の関係など、「何がネイティブなのか」を法律やメディアの切り口を使い、一次史料で読み解くプロジェクトに取り組んでいる。金融などあらゆる分野の翻訳も手掛ける。昭和38年生まれ。

岩田太郎

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