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.社会  投稿日:2015/7/6

[瀬尾温知]【カリフォルニアで起きた“愛の奇跡”】~75年目の結婚記念日に息を引き取った夫婦の物語~


瀬尾温知(スポーツライター)

「瀬尾温知のMais um・マイズゥン」(ポルトガル語でOne moreという意味)

執筆記事プロフィール

カリフォルニア州サンディエゴで、人生の最期を共にして老夫婦が死を遂げた。アメリカのメディアが愛の奇跡と伝えたのは、幼いころ好きになり、結婚して75年連れ添った夫婦が75年目の結婚記念日に、日頃の望み通りに互いの腕の中で息を引きとったからだった。

「死ぬときはお互いの腕の中で死にたい」。アレクサンダーさん(享年95歳)は、妻のジャネットさん(享年96歳)や子ども達の前でそう話していたという。アレクサンダーさんは妻の次に大好きだったゴルフで大腿骨を骨折。寝たきりになり、容体が悪化していった。ホスピスから自宅にベッドを運び込み、妻は横に寄り添って過ごすようになった。

75年目の結婚記念日の10日ほど前に、子どもや孫ら家族が集まって、一足早い記念日を祝った。子ども達は祝いのあと、二人だけの時間をもってもらおうと部屋から離れ、戻ったとき、アレクサンダーさんはジャネットさんの腕の中で幸せな表情をして亡くなっていた。

娘はアレクサンダーさんが泉水の人となったことを告げると、ジャネットさんは夫を抱擁し、やさしい声で話しかけた。「ねえあなた、あなたは私の腕の中で亡くなったのよ。ずっと望んでいたことが叶ったじゃない。愛しているわ。すぐにいくから待っていてください」

夫のおもいは妻のおもいでもあったのだろう。意識が薄れる中でも通じ合い、その24時間後にジャネットさんも後を追うように天に召された。どう最期を迎えるか、人の数だけ死に様はあるが、最期の最期に絶頂を極めたこの夫婦の死ほど美しいものは他にないのではないか。

私事になるが、81歳になった父は去年、前立腺がんを患い、重粒子線治療を受けたが、完治しなかった。治療を施された病院内の敷地には、重粒子の試験台となった犬達の墓があり、入院中は散策する度にその前で合掌したという。

そんな父の結婚指輪には、「二人の愛が死で別つまで」と刻まれている。延命治療はするなと言われているが、死んだら指輪は外して、母の指輪と知恵の輪のように一つにつないでもらうことを望んでいる。その話を一緒に聞いた母は、「そんなロマンチックなことしないわよ」と口では言っているが、望みを叶えてあげるのではないかと息子は思っている。

最愛の人といつまでもつながっていたい。できるだけ長く時を過ごしたい。その願いをアレクサンダーさんとジャネットさん夫婦が叶えることができたのは、奇跡なのだろうか。心奥を最期まで通じ合わせたのは、気持ちを上手に表現して、相手をおもいやる行動をしてきたことが可能にした結実なのではないだろうか。そうであるならば、人間関係の殊に男と女の間で、心情を何時も素直に表現できたことこそが、奇跡というものであろう。

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