イランの対イスラエル報復、いかに?
宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)
宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2024#14
2024年4月1-7日
【まとめ】
・ダマスカスのイラン大使館領事部が、イスラエルの攻撃で将官7人死亡、とイラン発表。
・イランを挑発し米国を対イラン戦争に巻き込み、ガザ戦争に関する米圧力を回避しようとイスラエルは企んでいるのか。
・革命防衛隊の報復は限定的なものに留めるだろう。
今週日本では「政治とカネ」問題で自民党関係者の「処分」があり、来週には岸田総理訪米もある。だからだろうか、日本マスコミの「大騒ぎ」はますます過熱している。総理訪米、しかも「国賓待遇」訪米となると9年振りだそうだから、官邸や外務省は勿論のこと、日本のメディアも、別の意味で、大いに気合が入っているのだろう。
それはそれで良いのだが、こんな時いつも気になるのは総理訪米と内政・政局を絡めた日本特有の記事だ。総理訪米報道は今もワンパターン。総理が訪米する、支持率がどうなる、政権浮揚のために何をアピールして、お土産をばら撒く…と分析するのだが・・・。だが、まずは今週筆者が最も気になった次のニュースから始めよう。
●4月1日、シリアの首都ダマスカスにあるイラン大使館の領事部がイスラエルによって攻撃され、将官7人が死亡した、とイランの革命防衛隊が発表した。
おいおい、まさかエイプリルフールではないよな。イスラエルは「遂にここまでやる」ようになった、ということか。ネタニヤフは本気でイランに喧嘩を売るつもりのようだ。
シリア国防省は「イスラエルの航空機が午後5時頃、ゴラン高原方面からイラン領事部の建物を攻撃した」と発表。同領事部は大使館の隣で、ダマスカス西部メゼ地区の高速道路沿いにあり、発射されたミサイルの一部はシリアの防空システムが迎撃したものの、他のミサイルが建物全体を破壊し、中にいた全員が死傷した、そうである。
筆者の見立てはこうだ。
いくらイスラエルとはいえ、主権国家内にある外国大使館を意図的に攻撃することは、明らかに国際法違反である。一方、その大使館の領事部にイラン革命防衛隊の将官が7人もいたとなると、これは戦闘が前提の活動に近く、少なくとも通常の外交使節ではないだろう。その意味では「どっちもどっち」である。でも、ここまではあまり驚かない。
筆者が気になったのは今回の攻撃の正確さだ。イスラエルの攻撃がピンポイントで大使館を狙っていること、その中に(ちゃんと?)革命防衛隊の幹部がいたこと等を考えると、イスラエルの情報収集活動はまだ機能しているということだ。問題は言うまでもなく、今後のイランの出方である。
イスラエルはイランを挑発しているのか。イランの革命防衛隊が下手に過剰報復して、イスラエルや米国の施設・部隊に直接攻撃すれば、米軍は関与せざるを得なくなる。イランを挑発し、米国を対イラン戦争に巻き込み、ガザ戦争に関する米国からの圧力を回避しようとイスラエルは企んでいるのか。問題はイランがどう見ているかだ。
筆者がイランの最高指導者なら革命防衛隊の報復は(レトリックとしていかに厳しいものであっても)限定的なものに留めるだろう。米国の対イラン強硬派を勢い付けて本当に米イラン戦争になれば、恐らくイランは「得るもの」よりも「失うもの」の方が遥かに多いと計算するからだ。その意味でも、今後数日のイランの出方が気になる。
次は、冒頭お話しした総理訪米報道だ。政治部の記者に恨みがある訳では毛頭ないが、筆者は相変わらずの総理訪米・政局直結報道を忌み嫌っている。この問題意識を今週の産経新聞World Watchに書かせてもらった。なぜ毎回こんな記事ばかりが流れるのか。
その理由の一つとして同コラムでは「首相訪米を仕切るのが政治部記者の多い官邸記者クラブだから」、「政治部記者なら当然、内政・政局に関心があるので、どうしても外交も内政に関連付けて報じる傾向がある。外報・国際部の専門記者とはかなり違う視点だ」などと論じている。ご関心ある向きはご一読願いたい。
続いては、欧米から見た今週の世界の動きを見ていこう。ここでは海外の各種ニュースレターが取り上げる外交内政イベントの中から興味深いものを筆者が勝手に選んでご紹介している。欧米の外交専門家たちの今週の関心イベントは次の通りだ。
4月2日 火曜日 米国務長官の仏訪問終了
パキスタン上院選挙
ASEAN財務相・中央銀行総裁関連会合(5日まで、ラオス)
4月3日 水曜日 NATO外相会議(4日まで)
ハイチの非常事態宣言の期限
4月4日 木曜日 NATO創立75周年
クウェート総選挙
仏労組、公共交通部門でストライキ実施
4月7日 日曜日 ポーランドで地方選挙
4月8日 月曜日 ベネズエラがコロンビア政府と反政府ELNの仲介開始
最後は、いつもの中東・パレスチナ情勢だ。
●米イラン関係は小康状態が続いているが、上述のイランの報復の程度が気になる。
●ガザでは人質解放も停戦も総攻撃もないが、今後状況が改善する見込みは薄い。
今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは今週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。
トップ写真:イマーム・ホセイン広場で行われた2人のイラン革命防衛隊、ミラド・ヘイダリ氏とメグダド・マガニ・ジャファラバディ氏の葬儀。シリアのダマスカス近郊でイスラエルによる攻撃とされる事件で死亡した(2023年4月4日テヘラン)出典:Borna News/Matin Ghasemi/Iran Images ATPImages/Getty Images
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この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表
1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。
2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。
2006年立命館大学客員教授。
2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。
2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)
言語:英語、中国語、アラビア語。
特技:サックス、ベースギター。
趣味:バンド活動。
各種メディアで評論活動。