[瀬尾温知]【ふがいなかったハリルジャパン、対カンボジア戦】~求めるレベル、観客が選手に教えよ~
瀬尾温知(スポーツライター)
「瀬尾温知のMais um・マイズゥン」(ポルトガル語でOne moreという意味)
スポーツをテレビ観戦するとき、音を消したくなる状況が間々ある。日本が3対0で勝ったワールドカップアジア2次予選のカンボジア戦は、その“間々”に属していた。中継局は試合前の17時台の番組でスタジオと埼玉スタジアムを中継でつなぎ、アナウンサーが「きょうのキーマンは誰ですか」と現場に問いかけていた。BSで中継した別の局は、「注目選手は誰でしょう」と似通った質問を解説者にして、番組のオープニング映像では、「苦しい時ほどチームの真価が問われる」と大袈裟なナレーションをかぶせていた。
カンボジアは初めて2次予選に進出してきたチームで、シンガポールに0対4、アフガニスタンには0対1でいずれもホームで敗れて2戦2敗。FIFAランキングに至っては、国の数がこの世にそれほどあるのかという3桁の大きな数字である。そんな格下のさらに下を相手にキーマンもなにもない。それ以前に勝ち負けを気にする試合ではない。それなのに先述した言葉に加え、試合が始まってからも、「監督がベンチ前で慌てる姿を見て選手が委縮してしまうことがある」といった見当違いの言葉が耳に入ってくるから音を消したくなってしまう。
この試合の見どころを強いて挙げるならば、全員守備で引いて守ってくる相手に「誰がミドルシュートを決めるか」だけになる。決めたのは先制点の本田と2点目の吉田だった。本田のシュートはしっかりミートこそしていたもののGK正面で、GKのグローブに石鹸がついていたかのようなゴールだった。長友、武藤のミドルシュートはインフロントに引っかけて枠をとらえず、森重は枠の上、山口は正確性を重視してサイドキックで蹴りながらも上へふかすなど3本とも枠外だった。
本田のシュートはエリアすぐ外の位置からだったが、あの位置からフリーで打たせてくれるチームはJ2にもおそらく大学生のチームにもないだろう。カンボジアの守備が上手に守っていたのではなく、ファウルで止めることもできないくらい日本の動きについていけてなかった。それなのに3点しか入らなかったのは、ゴール前でのアイデアが乏しく、日本に得点力がないだけだった。シュートはミートさせるのが大事なのではない。キーパーが防ぎにくい場所を狙えばゴールの確率は上がる、ということを理解しているのか疑いたくなるようなシーンが多々ある試合だった。
テレビの音を消してスポーツを観るようになったのは、子どもの頃に観たボクシングの中継に起因している。日本の選手があたかも攻勢であるような実況を聞いていたのだが、採点結果は外国人選手の判定勝ちということが往々にあった。狐につままれたような気分になり、それからは他者の主観に惑わされずに採点しようとしたのがきかっけで、テレビの音を消して観るという知恵を身につけたのだった。
カンボジア戦のアディショナルタイムが終わる時間帯になって、音量を上げてみた。すると勝利のホイッスルを待ち侘びる手拍子がスタジアムにこだましていた。そして試合終了と同時に歓喜の声が沸き起こっていた。そんな現象に耳を塞ぎたくなった人も中には少数ながらいたことだろう。そんな方々は大多数の勢力に肩身の狭い思いをして、不満気にスタジアムをあとにしたはずである。日本代表に求めるレベルを、後日の報道によってではなく、直接スタジアムの観客によって選手たちに気づかせるようになる時代はいつになるのか、今のところ見えてこない。