メキシコは反発と警戒、ベネズエラは防衛強化-麻薬組織への米軍派遣説が波紋

山崎真二(時事通信社元外信部長)
【まとめ】
・トランプ大統領が中南米の麻薬組織に対する軍事作戦を検討するよう命じたとの米メディアの報道が波紋を広げている
・反米ナショナリズムの強いメキシコでは反発と警戒感が強まっている
・反米左派のベネズエラは米の軍事介入に備え全土で防衛態勢を強化した
◇「麻薬組織でなくテロ組織」-ルビオ国務長官
8月初め、米紙ニューヨーク・タイムズはトランプ大統領が中南米の麻薬組織に対し軍事力を行使するよう秘密裏に国防総省に命じたと報じた。また同じく米紙ウォール・ストリート・ジャーナルもトランプ大統領が特殊部隊の投入や情報支援などの選択肢を準備するよう指示したと伝えた。両紙の報道の直後、米政府関係者はトランプ大統領があらゆる選択肢を検討中で、まだ決定はされていないと説明したが、その後、麻薬組織対策の一環として米軍のイージス艦3隻がベネズエラ沖に派遣された。派遣は数カ月間にわたり、国際空域および国際海域で活動する予定で、情報収集や監視活動だけでなく、米政府の決定次第では限定的な攻撃を行う拠点として使用される可能性があるとも伝えられている。ルビオ国務長官は中南米のカルテルについて「単なる麻薬組織ではなく、武装テロ組織で米国の安全保障に脅威となり得る」との認識を示し、米政府がいまや、麻薬組織掃討のため軍事力の行使ができる旨の発言をしている。周知の通り、トランプ政権は1月にスタートして以来、中南米の麻薬組織対策を重点課題とし、メキシコやベネズエラのカルテルなど8つの麻薬組織を「テロ組織」に指定している。
◇反米ナショナリズムを刺激
ニューヨーク・タイムズなどの報道が伝えらえれると、メキシコのシェインバウム大統領は「米軍がメキシコ領内に動員されることはないという認識を示す一方、「われわれは(米国に)協力、連携しており、(米軍の)侵攻はない。それは絶対認められない」と述べ、あくまでもメキシコの主権と領土を守り、米国の介入は決して許さないとの考えを強調した。麻薬密輸対策ではシェインバウム大統領はこれまで巧みな交渉で米国との決定的な対立を避け、協力関係を保ってきたといわれる。トランプ大統領がメキシコの麻薬組織対策が十分でないなどとして8月1日から課すとしていた30%の追加関税の発動を90日間延期させることにも成功している。とはいえ、今回の米メディアの報道がメキシコ国内で根強いアンチ米国のナショナリズムを刺激し、再び沸騰させる可能性が指摘される。メキシコの有力紙ラ・ホルナダはニューヨーク・タイムズなどの報道に関し「忌むべきとんでもない干渉」と題する社説を掲げ、「わが国の領土に米軍が展開することは絶対受け入れられない。すべての二国間協力は相互信頼と主権尊重の原則に基づいて行われなければならない」と主張した。
◇麻薬組織対策で十分な成果なし―シェインバウム政権
メキシコでは大小多数の麻薬組織が存在するが、カリフォルニア湾岸に位置するシナロア州を拠点とする「シナロア・カルテル」と中部のハリスコ州を支配する「ハリスコ新世代カルテル」が二大勢力。この二つのカルテルは高性能武器を保有する準軍事組織を持ち、頻繁に殺人や誘拐事件を起こすだけでなく、麻薬取引、人身売買、銃器密輸といった犯罪ビジネスにもかかわっている。警察や軍のほか、政治・経済界との癒着でも悪名高い。ロペスオブラドール前大統領は麻薬組織対策では「弾丸でなく抱擁で」という考えから、武力に頼るよりも犯罪や暴力の根本原因をなくすための社会政策に重点を置く方針を打ち出した。しかし、6年間の前政権下では麻薬組織同士の縄張り争いが激化するなど治安情勢は深刻化した。シェインバウム政権は基本的には前政権の考えを踏襲するものの、より強硬な対策を取っている。シェインバウム大統領は昨年10月に就任したばかりでまだ日が浅いこともあってか、麻薬組織対策で十分な成果を上げているとは言い難い。現地の世論調査では大統領の支持率は優に70%を超えるケースもあるが、組織犯罪への取り組みでは否定的評価が6割に上る。ただ、シェインバウム政権は米国との連携・協力の下、今年2月と8月に米司法省の要請に基づき、「ハリスコ新世代カルテル」の幹部や「シナロア・カルテル」の関係者を含む麻薬組織関係者計50人以上を米国に引き渡した。だが、今後のトランプ政権の出方次第では両国の連携・協力にひびが入ることも考えられる。
◇神経尖らすマドゥロ政権
トランプ政権がパナマ運河の管理権を取り戻すため軍事行動の可能性も示唆して以来、中南米の多くの国では米国による介入が起きた過去のにがい記憶が呼び起こされている。こうした中、今回の米メディアの報道にメキシコに限らず中南米では再び、反発や警戒感が高まる可能性もある。とりわけ、神経を尖らせているのは反米左派のベネズエラのマドゥロ政権だ。ベネズエラ沖へのイージス艦派遣に加え、トランプ政権は麻薬組織との関係が問題視されているマドゥロ大統領の拘束につながる情報提供を倍増し5000米ドルとするなど、ベネズエラへの圧力を強めている。トランプ政権1期目にベネズエラへの米軍侵攻説がたびたびうわさされたこともあるだけに、マドゥロ大統領が警戒を強めるのも当然、国内全土で450万人の民兵を動員する対抗措置を取ると表明した。マドゥ大統領は昨年の大統領選で勝利を宣言、今年1月に3期目に入ったが、米国は選挙で不正が行われたとして同大統領の正当性を否定し、認めていない。ベネズエラ情勢の専門家は「米国がいよいよ、マドゥロ政権の打倒を目指し動きだそうとしているのかもしれない」と述べている。(了)
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山崎真二時事通信社元外信部長
南米特派員(ペルー駐在)、





























