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.国際  投稿日:2025/9/27

飛び交う米軍のベネズエラ侵攻説-否定的見方が大半


山崎真二(時事通信社元外信部長)

【まとめ】

・最近、カリブ海に米軍艦艇や海兵隊員らが派遣されたことからベネズエラへの軍事侵攻説が取りざたされている

・トランプ大統領が外国の戦争への米軍派遣に反対であることなどから侵攻説には否定的見方が多い。

・反米左派のマドゥロ政権に動揺を与え、内部崩壊に導くことが狙いとの見方が有力。

 

■麻薬密輸船を相次いで攻撃

侵攻説が流れるきっかけになったのは米国が最近、ベネズエラのマドゥロ政権に対する軍事圧力を一段と強化したこと。8月中旬、トランプ政権は中南米の麻薬カルテル対策を強化する目的でベネズエラ沖合に7隻の戦闘艦艇、1隻の攻撃型潜水艦、偵察機のほか、海兵隊員らを含め約4千5百人を派遣した。

これらの艦艇には合計1200発のミサイルが搭載されているとの情報もある。米政府当局者はベネズエラのマドゥロ大統領が麻薬密売組織を主導していると非難、同大統領の逮捕につながる情報への報奨金を従来の2倍の5000万ドル(約73億円)にすることを明らかにした。9月初め、トランプ大統領は米国に行こうとしていた麻薬運搬用高速ボートを米海軍部隊が銃撃し、ベネズエラの犯罪組織の「麻薬テロリスト」11人を殺害したと発表。

さらに同月半ばにはベネズエラを出航し米国に向かっていた麻薬密輸船を米軍が攻撃し、「テロリスト」3人が殺害されたと報じられた。

■マドゥロ政権転覆も示唆か-へグセス国防長官

こうした米軍の動きについて欧米やベネズエラのメディアの間ではトランプ政権が麻薬組織対策を名目に別の目的で軍を増強させているのではないかとの疑念が生じ、ベネズエラへの軍事侵攻を準備しているとの説が浮上した。ある軍事専門家は派遣された米海軍の規模や構成は麻薬組織取り締まりのためだけとは思えないとし、精鋭部隊である海兵隊が2千人以上含まれている点に注目する。

そこでベネズエラの政権交代を米国が企てようとしているとの見方が一部で取りざたされるわけだ。トランプ政権は昨年のベネズエラ大統領選で不正が行われたとしてマドゥロ氏を大統領として認めておらず、同大統領選で当選したとされる野党候補ゴンサレス氏をベネズエラの正統な大統領として承認している。トランプ政権内にはルビオ国務長官のようにマドゥロ政権打倒を口にする対ベネズエラ強硬派もいる。トランプ大統領自身、1期目には「あらゆる選択肢を考慮する」と述べ、軍事介入の可能性に言及したこともある。

また、ヘグセス国防長官は米軍がベネズエラ現政権の転覆を目指すのも辞さないと示唆する発言をしている。米軍の侵攻説の背景にはこうした事情も絡んでいる。

■派遣された米軍規模では侵攻は無理?

だが、筆者が取材した中南米の専門家や研究者の大半が米軍の侵攻説を否定する。最大の根拠とされるのはトランプ大統領が外国の戦争に米軍を派遣することに反対していること。「重要度がはるかに高いウクライナ戦争でさえ米軍派遣を強硬に否定するトランプ氏がベネズエラに派兵することは考えられない」との指摘もある。トランプ大統領は1期目はともかく2期目のベネズエラ政策では米国に不法滞在しているベネズエラ人の本国送還に重点を置いており、マドゥロ政権を力で排除することには消極的だとみる向きも多い。また、カリブ海に派遣された米軍の規模からみても侵攻はあり得ないとする軍事専門家もいる。1989年ブッシュ米政権(当時)はパナマの事実上の指導者だったノリエガ将軍の独裁打倒や麻薬密輸根絶を掲げパナマに軍事侵攻した。その際、米軍はパナマ駐屯の米兵1万3千人に加え、海兵隊を中心に9千5百人の兵士が侵攻に参加している。カリブ海に派遣された米軍は4千5百人の規模。陸、海、空軍に国家警備隊を合わせ12万3千人とされるベネズエラの兵力を倒すには不十分で、米軍が軍事侵攻するのは不可能だという。

■政権内の動揺が狙いか-移民政策との絡みも

ではトランプ政権の狙いは何かというと、軍事的圧力を加えることでマドゥロ政権を動揺させ、内部崩壊を引き起こすことではないかとの見方が中南米の専門家の間で有力だ。ベネズエラ研究者の一人は「マドゥロ大統領は経済的恩恵や人事面の優遇措置で自分に忠実な人物を集め、権力を維持しているが、恩恵にあずかれない軍の一部には不満がくすぶっており、彼らが反旗を翻す可能性は否定できない」と指摘する。

もう一つ、中南米移民問題の複数の専門家が見逃せない点と指摘するのはトランプ政権の移民対策との絡みだ。カリブ海に米軍を派遣し、麻薬密輸ボートを攻撃するなどメディアの注目を集めるニュースが飛び出したのとほぼ時を同じくしてトランプ政権は約27万人のベネズエラ移民を対象としていた「一時保護資格」(TPS)の打ち切りを発表した。今年2月にもベネズエラ移民34万8千人に対するTPSが取り消されており、それに続く大規模な追放措置。

この劇的な措置に対する反発と内外の目をそらすためにあえてカリブ海で米軍が派手な行動に出たのでないかというのがこれら専門家の意見である。

トップ写真:演説するニコラス・マドゥロ大統領(2025年9月1日ベネズエラ・カラカス)出典:Jesus Vargas/Getty Images




この記事を書いた人
山崎真二時事通信社元外信部長

 

南米特派員(ペルー駐在)、ニューデリー特派員、ニューヨーク支局長などを歴任。2008年2月から2017年3月まで山形大教授、現在は山形大客員教授。

山崎真二

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