なぜ最期に家を選ぶのか
執筆者:小坂真琴(高津区溝口ここにいるよクリニック 院長)
【本稿のポイント】
・厚生労働省の2022年度調査では、治る見込みのない病気で1年以内に亡くなると考えられる場合に最期を迎えたい場所として「自宅」が43.8%で最多。だが「家がいい」の意味は患者ごとに大きく異なる。
・治療を拒む、病院食が苦痛、夫が面会できないまま亡くなったなど、在宅医療の現場では「家」を選ぶ理由は人によって違う。
・医師の推測はしばしば外れる。医療者は「なぜ家なのか」を尋ね、病状や気持ちが変わるたびに確かめ直す必要がある。
人生の最後をどこで過ごすか。厚生労働省の2022年度の調査では、治る見込みのない病気で1年以内に亡くなると考えられる場合、最期を迎えたい場所として「自宅」を選んだ人が43.8%で最も多かった。しかし、在宅医療の現場にいると、「家がいい」という一言の意味は、患者さんによって驚くほど違うことに気づく。
私たちは患者さんに、「なぜ家で過ごしたいのですか」と尋ねる。すると、その人が何を大切にして生きてきたのかが見えてくる。福井市のオレンジホームケアクリニックで過去に診療したケースを紹介したい。
一人目は、長年酒屋を営んできた80代の男性だ。肺がんと診断されたが、治療も入院も拒んだ。主治医とは口論になり、その後は近所のクリニックで、がんの状態を確認する検査だけを受けていた。やがて、がんが脳に転移し、体の片側が動かなくなった。それでも男性の気持ちは変わらなかった。入院はしたくない。そこで、自宅で最期まで過ごすことを前提にオレンジホームケアクリニックでの診療が始まった。医療者から見れば「治療拒否」と映るかもしれない。しかし男性にとって大事だったのは、治療を受けるかどうか以上に、「自分の最期は自分で決める」ということだったのだろう。
これは決して特殊な話ではない。「良い死」について既存の研究をまとめたレビューでは、本人が望む場所で最期を迎えること、治療について自ら決められること、大切な人から支えられることなどが、重要な要素として挙げられている(1)。
二人目は、膵臓がんが再発した60代の女性だ。緩和ケア病棟も見学した。部屋そのものは気に入っていた。それでも自宅を選んだ。理由を聞くと、「病院食だけはどうしても苦痛」と話した。彼女にとって、食べることは単なる栄養補給ではなかった。自宅に戻ると、好きなものを少しずつ食べた。そして朝晩、お風呂に入った。病院では難しかった、いつもの暮らしを続けたのである。「病院が嫌だから家に帰る」と単純に考えてはいけない。ある人にとっては、好きなものを食べられることかもしれない。あるいは、毎日2回風呂に入ることかもしれない。周囲には小さなことに見えても、本人には譲れないことがある。
三人目は、末期の膵臓がんを患った90代の女性だ。この人が自宅を望んだ背景には、夫の死があった。夫は水頭症のため入院と施設生活を繰り返し、コロナ禍の最中に亡くなった。面会は厳しく制限されていた。女性は私たちに、「ほとんど面会できず、寂しい思いをさせてしまった」と振り返った。その経験があったからこそ、「自分は同じようにはなりたくない」という思いが強かった。長男夫婦もその気持ちを受け止め、女性は最期まで自宅で暮らした。
英国でも、コロナ禍に家族を亡くした遺族への聞き取り調査で、面会できず、病状の変化も分からず、十分に「お別れ」を言えなかったことが大きな苦しみとして語られている(2)。女性自身も、夫との別れの経験を踏まえて、自分は家で過ごしたいと考えた。
では、医療者は何をすればいいのだろう。
「家がいいですか、病院がいいですか」と聞くだけでは当然足りない。「どうして家がいいのですか」と、もう一歩踏み込んで尋ねる必要がある。
緩和ケアを受ける患者についてのシステマティックレビューでは、本人が望む場所と実際に亡くなった場所が一致するかどうかには、本人と家族の希望に加え、医療者とのコミュニケーションや利用できるケアなど、複数の要因が関係していた(3)。つまり、希望は心の中にあるだけでは実現しにくい。本人が言葉にし、家族と医療者がそれを共有することが大切なのだ。
さらに、医師が「この人はきっとこう考えているだろう」と推測しても、しばしば外れる。米国の救急外来で65歳以上の患者を対象にした小規模な調査では、患者が最も大切にする治療目標と、担当医がそう考えた目標が一致したのは約2〜3割だった(4)。
理由が分かれば、私たちの支え方も変わる。
治療を望まない人には、治療を勧め続けるのではなく、痛みや息苦しさをどう和らげるかを一緒に考える。食事を大切にする人なら、何なら食べられるのかを考える。風呂が好きな人なら、どうすれば安全に入浴を続けられるかを考える。家族との時間を大切にする人なら、家族も含めて今後の過ごし方を話し合う。
そして、希望は変わってもいい。
「最後まで家にいたい」と話していた人が、病気が進み、痛みや息苦しさが強くなって「やっぱり病院に行きたい」と言うこともある。それは在宅医療の失敗ではない。なぜ家を望んでいたのかが分かっていれば、場所が病院に変わっても、その人が大切にしているものを守る方法を探せるかもしれない。今後の治療や療養について本人、家族、医療者が話し合う「アドバンス・ケア・プランニング(ACP)」には、希望の共有や意思決定を支える効果が示されている。ただし、事前の話し合いだけで実際の医療が必ず希望どおりになるとは限らない。だからこそ、病状や気持ちの変化に合わせて話し合いを重ねたい。
「家で過ごしたい」という言葉は、結論ではない。むしろ、そこから対話が始まる。
「なぜ家なのですか」
その問いへの答えの中に、その人がこれまでどう生き、最後に何を守りたいのかがある。そこに耳を傾け、病状が変わるたびに確かめ直す。それが、その人らしい最期と、残される家族の日々を支える在宅医療の出発点だ。
#この記事はMRIC by医療ガバナンス学会の以下の記事の転載です。
「Vol.26191 なぜ最期に家を選ぶのか」2026年10月22日
(本稿のポイントの文責:Japan In-depth編集部)
トップ写真:116歳の誕生日を祝う世界最高齢の木村次郎右衛門氏 2013年4月19日 日本・京丹後市
出典:Photo by Kyotango City Government via Getty Images
参考文献
- Zaman M, Espinal-Arango S, Mohapatra A, Jadad AR. What would it take to die well? A systematic review of systematic reviews on the conditions for a good death. Lancet Healthy Longev. 2021;2(9):e593–e600. doi:10.1016/S2666-7568(21)00097-0.
- Hanna JR, Rapa E, Dalton LJ, et al. A qualitative study of bereaved relatives’ end of life experiences during the COVID-19 pandemic. Palliat Med. 2021;35(5):843–851. doi:10.1177/02692163211004210.
- García-Sanjuán S, Fernández-Alcántara M, Clement-Carbonell V, et al. Levels and determinants of place-of-death congruence in palliative patients: a systematic review. Front Psychol. 2022;12:807869. doi:10.3389/fpsyg.2021.807869.
- Swenson A, Hyde R. Understanding patients’ end-of-life goals of care in the emergency department. J Am Coll Emerg Physicians Open. 2021;2(2):e12388. doi:10.1002/emp2.12388.
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小坂真琴 略歴
小坂 真琴(高津区溝口ここにいるよクリニック 院長)
灘中学校・高等学校、東京大学医学部卒業。
今村総合病院(鹿児島市)で初期研修修了後、オレンジホームケアクリニック(福井市)で在宅診療を専門に従事。在宅診療の他に、ナビタスクリニック川崎・立川および相馬中央病院(福島県相馬市)にて内科外来・当直業務に従事。
臨床の傍ら、福島県立医科大学放射線健康管理学講座の後期博士課程に在学し公衆衛生分野の研究に従事、論文等の執筆にあたっている。

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この記事を書いた人
上昌広医療ガバナンス研究所 理事長
1968年生まれ。兵庫県出身。灘中学校・高等学校を経て、1993年(平成5年)東京大学医学部医学科卒業。東京大学医学部附属病院で内科研修の後、1995年(平成7年)から東京都立駒込病院血液内科医員。1999年(平成11年)、東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。専門は血液・腫瘍内科学、真菌感染症学、メディカルネットワーク論、医療ガバナンス論。東京大学医科学研究所特任教授、帝京大学医療情報システム研究センター客員教授。2016年3月東京大学医科学研究所退任、医療ガバナンス研究所設立、理事長就任。

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