無料会員募集中
.社会  投稿日:2026/10/9

「信仰」ではなく「コンテンツ」として―― 韓国の若者と仏教の新しい接点


執筆:加藤 華(医療ガバナンス研究所 元インターン)

【本稿のポイント】

・韓国で20代・30代の仏教徒はいずれも約5%にとどまる。一方、無宗教者が最も好感を持つ宗教は仏教(15%)で、この順位は20年以上変わっていない。

・ソウル国際仏教博覧会は来場者約25万人のうち73%が20〜30代、48%が無宗教者。寺院は「信じる場所」から「休む場所」へ変わりつつある。

・「ヒップ仏教」は信仰の復興ではなく、宗教が長い時間をかけて育ててきた静けさや自己省察を現代の若者が入りやすい形に再編集する動き。

 

1.はじめに ――「宗教離れ」と「仏教人気」が同時に起きる韓国

 

韓国で今、若者と仏教の関係が静かに変わり始めている。「仏教が若者に人気」と聞けば、若い仏教徒が増加していると連想するかもしれない。しかし実際の韓国社会で起きていることは、もう少し複雑である。2025年に韓国ギャラップが実施した全国調査によれば、韓国の成人で現在何らかの宗教を信じている人は40%、無宗教者は60%だった。20代で宗教を信じている人は24%にとどまり、若年層ほど宗教から距離を置く傾向が明確になっている。さらに仏教徒の割合は20代、30代ともに約5%に留まっており、若者の間で仏教徒が急増しているわけではない。むしろ仏教徒は高齢層に偏っており、60代以上は27%に達する(韓国ギャラップ, 2025)。

 

ところが別の数字を見ると少し違った風景が見えてくる。現在宗教を信じていない人に「好感を持つ宗教」を尋ねると、仏教が15%で最も高く、カトリック11%、プロテスタント6%が続いた。この順位は2004年、2014年、2021年の調査でも変わっていない(韓国ギャラップ, 2025)。つまり韓国では「仏教を信仰する人」が増えているわけではないが、「仏教に対して比較的好意的な人」は一定数存在している。

 

信仰とは、教義を受け入れ、宗教的実践を続け、場合によっては宗教共同体に所属することを意味する。一方「好感を持つ」「興味がある」という関わり方には、そこまでのコミットメントは必要ない。SNSで僧侶の動画を見る。お寺に一度行ってみる。瞑想を体験してみる。仏教博覧会に友人と遊びに行き、グッズを買う。そこに現代の若者と宗教の新しい関係がある。

 

韓国で起きているのは単純な「仏教復興」ではない。むしろ宗教としての仏教が持っていた思想や空間、実践、文化を、現代の若者がアクセスしやすい形へと再編集する動きなのである。本稿では、韓国で流行する「ヒップ仏教」と、その背景にある現代人の疲弊について考察する。

 

2.「教える宗教」から「体験できる文化」へ

 

仏教徒は増えていない。それでも今、韓国では仏教に人が集まる。この現象を象徴するのが、ソウル国際仏教博覧会である。2026年4月、ソウルの大型展示施設COEXで開催された同博覧会には約25万人が訪れた。主催者発表では、来場者の73%が20~30代で、48%が無宗教者だった。前年の約20万人から来場者数はさらに増えている(ソウル国際仏教博覧会事務局, 2026)。

 

ここで注目したいのは、単に来場者数が多いことではない。そこに集まった人のかなりの部分が仏教徒ではないということである。会場には仏像や仏具だけが並んでいるわけではない。仏教をテーマにしたTシャツ、アクセサリー、香り、キャラクターグッズ、ポスターなどが販売され、瞑想や僧侶との交流・サイン会、AIを利用した相談、音楽イベントなども行われている。

2026年の博覧会では、般若心経とヒップホップやクラブ音楽を組み合わせた「般若心経パーティー」も開催された。仏教の難しい概念を説明するのではなく、「遊ぶ」「見る」「聞く」「参加する」という形に変換しているのである。これは、宗教施設というより、現代の文化イベントに近い。

 

実際、韓国ではこのような動きを「ヒップ仏教(힙불교)」と呼ぶ。「ヒップホップ(힙)」と「仏教(불교)」を組み合わせた言葉で、伝統的な仏教を若者文化やSNS、ファッション、音楽などと接続する動きを指す。

その象徴として知られるのが、コメディアン出身のDJ、ユン・ソンホが扮する「ニュージーンズニム(NewJeansNim)」である。人気女性アイドルグループ「NewJeans」と、韓国語で僧侶を意味する「スニム(스님)」を組み合わせた名前で、仏教的な言葉やイメージをEDMと融合させたパフォーマンスによって若者の注目を集めた(Reuters, 2024)。重要なのは、彼が若者に向かって「仏教を学びなさい」と説いているわけではないことだ。

まず、面白い。見てみたい。参加してみたい。その先に仏教との接点が生まれる。ここでは「理解してから参加する」のではなく、「参加してから理解する」という順序になっている。

 

3.お寺は「宗教施設」から「休む場所」へ

 

この変化をさらに分かりやすく示しているのが、韓国の「テンプルステイ」である。テンプルステイとは、寺院に宿泊し、僧侶の生活や寺院文化を体験するプログラムである。2002年の日韓共催ワールドカップをきっかけに始まり、当初は外国人観光客への韓国文化紹介という意味合いも強かった。しかし現在では、宗教を超えた休息や文化体験の場として広がっている。2025年には、全国158寺院で34万9,219人がテンプルステイに参加した。これは2002年の開始以来最多である(曹渓宗韓国仏教文化事業団, 2026a)。

 

さらに興味深いのは、テンプルステイ参加者の宗教構成だ。2025年の参加者調査では、回答者27,563人のうち、仏教徒は全体の33.7%に過ぎず、無宗教者が52.5%を占めていた。つまり、テンプルステイに参加する人の最大のグループは、仏教徒ではなく無宗教者なのである(曹渓宗韓国仏教文化事業団, 2026b)。これは従来の宗教施設のイメージからすると非常に興味深い。

「仏教を信じているから寺に行く」のではない。ストレス度の高い現代人が日常から離れ、「少し疲れたから寺に行く」「自然の中で休みたいから行く」「スマートフォンから離れたいから行く」「自分のことを考える時間が欲しいから行く」。こうした利用の仕方が成立している。

 

しかも近年のテンプルステイには、サーフィンを組み合わせた「サーフィン・テンプルステイ」、ペットと参加するペットテンプルステイ、お寺で実施する婚活お見合いイベントなど、従来の「修行」というイメージからは想像しにくいプログラムまでも登場している。

 

オンラインコミュニティ、Instagram、Twitterなどのデータを分析した研究では、こうした新しいテンプルステイが「宗教体験」だけでなく、「内面の平穏」「余暇」「幸福」「楽しさ」といった言葉と結びついて認識されていることが示されている(Bae & Kim, 2024)。つまり寺院が「信仰する場所」であると同時に、「休む場所」「遊ぶ場所」「自分を見つめる場所」になっている。

 

4.現実に疲弊した若者が求めているのは「答え」より「余白」

 

では、なぜ若者はこのような仏教に惹かれるのだろうか。「韓国の若者はストレスが多いから」と説明することは簡単だ。しかし、それだけではこの現象の本質を捉えきれない。韓国社会では、教育、就職、住宅、所得、結婚など、人生のさまざまな段階で競争が意識されやすい。特に若者にとって、学校を卒業した後も就職、キャリア、住宅、結婚などについて比較される機会は少なくない。

 

そのような社会で、仏教が提示しているものは少し異なる。「もっと頑張れば周りに勝てる、豊かになれる」というのではなく、「少し立ち止まって自分の心を見つめなおす」「他人との比較から少し離れてみる」「欲望や執着そのものについて考えてみる」といった考え方である。「たとえ今問題に直面していたとしても、それがずっと続くわけではない。」こうした考え方は、韓国社会に広がる競争の論理とは異なる方向を示している。

 

もちろん、現代の若者が仏教思想を深く理解した上で寺院に来ているとは限らない。むしろ最初は「癒やされそう」「面白そう」「写真を撮れそう」という軽い動機かもしれない。しかし、そこに現代社会における宗教の一つの可能性がある。宗教が最初から「世界の正しい答え」を提示するのではなく、競争社会で疲れた人々に「立ち止まる時間」を提供する場の一つになっているのである。

 

5.「コンテンツ化」は宗教を変えてしまうのか

 

仏教がコンテンツになるということは、仏教が消費されるということでもある。尊敬されるべき僧侶はアイドルや仲の良い友人のような存在に。仏像はキャラクターグッズに。僧侶の話や教理はギャグやお笑いに。お経はラップやEDMに。仏教についてほとんど知らなくても、仏教を「POPでかわいい」「面白い」「癒やされる」というイメージだけで消費することはできるからである。

 

実際、韓国の仏教界でもこの流れを無条件に歓迎しているわけではない。2025年の『The Korea Times』は、若者向けの「ヒップ化」を評価する声とともに、僧侶のアイドル化や寺院での恋活イベントなどが、単なる一時的な流行や現実逃避に終わる可能性を懸念する声を紹介している(Pyo, 2025)。

 

「面白いから来た」という入口を否定する必要はない。しかし、その先に「考える」「学ぶ」「実践する」という次の段階がなければ、仏教は単なるライフスタイル商品になってしまう。逆に言えば、コンテンツ化の価値は、その先に何を置くかによって決まる。Tシャツを買った人が仏教の言葉を検索する。DJ僧侶を見た人が寺院を訪れる。テンプルステイを経験した人が瞑想を続ける。寺で僧侶と話した人が自分の悩みについて考え直す。そうなれば、コンテンツは単なる消費物ではなく、「入口」になる。

 

6.「信仰」ではなく「体験」から始まる仏教

 

従来の宗教では、教義を知り、信仰心を育むという順序が想定されやすかった。しかし現在の韓国の若者と仏教の関係ではその順序が逆になっている。現代の若者は、最初から組織に所属することを必ずしも求めない。そのニーズに対応して仏教界も「教理よりも経験、戒律より参加を」という方向性に調整した。

 

これは宗教の本質が変わったというより、「宗教への入口」が変化したと考えたほうが分かりやすい。まず一度参加してみる。気に入ればもう一度行ってみる。興味が出れば少し深く学んでみる。この「試してみる」という柔らかな接続は、宗教だけでなく、教育、スポーツ、地域活動、文化活動などにも共通する現代的な参加の形である。その意味で韓国のヒップ仏教が示しているのは、単なる「若者向けマーケティング」ではない。人と組織、そして人と文化をつなぐ方法そのものが変わっている可能性がある。

 

7.医療・教育・行政から見た意味

 

この現象を宗教界だけの話として考えると、社会的な意味を見落とす可能性がある。医療、教育、福祉、行政、企業などでは現在、ただ単に病気を治療するだけではなく、「ウェルビーイング」や「メンタルヘルス」、「孤立」「社会的つながり」「予防」といったテーマが重要になっている。病気になる前にどこで休むのか。日常的な悩みをどこで処理するのか。一人で過ごすことと社会から孤立することの間に、どのような居場所を作るのか。

 

これらは医療だけの問題ではない。学校、地域コミュニティー、企業、宗教施設など、それぞれが異なる形で担える領域である。韓国のテンプルステイが興味深いのは、「仏教徒であること」を利用の条件にしていない点にある。宗教を信じていなくても利用できる。「宗教を学びに来てください」ではなく、「少し休みに来てください」という入口を用意する。この設計によって、従来なら宗教施設を訪れなかった人がその空間に入ることができる。

 

これは今後の地域づくりやウェルビーイング政策を考える際にも示唆的である。人は必ずしも「支援を受けたい」と思っているわけではない。しかし「休みたい」「誰かと話したい」「少し気分転換したい」と思うことはある。支援制度を必要とする人だけを待つのではなく、より低い心理的ハードルで人が集まれる場所を作る。韓国の仏教は、結果的にそのような場所の一つになりつつある。

 

8.結論――「仏教が持っていたもの」が戻ってきた

 

韓国の20~30代の仏教徒は依然として少なく、韓国全体でも宗教人口そのものが大きく増えているわけではない(韓国ギャラップ, 2025)。それでも、若者は寺や仏教博覧会に行き、仏教グッズを買う。ここで起きているのは、「信仰の復興」よりも「宗教的資源の再編集」と呼んだほうが近いのではないだろうか。瞑想は心を整える方法となり、寺院は休息の場となる。

仏教美術はアートとして、数珠はアクセサリーとして、仏教の言葉はSNSで共有できるメッセージとして受け入れられている。さらに、僧侶は人生相談に答える発信者となり、テンプルステイや仏教博覧会は、宗教の枠を超えた旅行・ウェルビーイング・文化体験の場へと姿を変えている。

 

これは一見すると宗教の商業化にも見える。しかし宗教から人が離れたとしても、人間が宗教によって長い時間をかけて培ってきた「静けさ」「意味」「自己省察」「つながり」「癒し」まで必要なくなったわけではない。なぜ宗教そのものには距離を置く若者が、宗教が長い時間をかけて育ててきた静けさや自己省察、つながりには惹かれるのか。その問いは仏教だけでなく、医療、教育、福祉、地域社会にもつながっている。

 

人は、病気を治したり知識を得たりする場所だけを必要としているわけではない。時には立ち止まり、誰かと話し、自分自身を振り返り、何もしなくてもよい時間も必要である。

韓国で起きている「ヒップ仏教」は、その需要を宗教という古い枠組みの中から、現代の文化へと進化させている。仏教が復活しているのではなく、仏教の中にあったものが別の形で再び社会に現れているのである。そしてこの試みが一時的な流行で終わるのか、それとも次世代の社会的資源として定着するのか。その鍵を握るのは、現代の若者が何を求めているのかを理解し、その需要と仏教思想との間にどのような対話を生み出せるかにあるのではないだろうか。

 

#この記事はMRIC by医療ガバナンス学会の以下の記事の転載です。

「Vol.26182 「信仰」ではなく「コンテンツ」として―― 韓国の若者と仏教の新しい接点」2026年10月8日

 

(本稿のポイントの文責:Japan In-depth編集部)

 

トップ写真:韓国で釈迦の誕生日を祝う「蓮のランタン祭り」パレードが開催 2026年5月16日 韓国・ソウル

出典:Photo by Chung Sung-Jun/Getty Images

 

参照

韓国ギャラップ調査研究所. (2025). 한국인의 종교 1983–2025 [韓国人の宗教 1983–2025].

 

曹渓宗韓国仏教文化事業団. (2026a). 2025年テンプルステイ参加実績.

 

曹渓宗韓国仏教文化事業団. (2026b). 2025年テンプルステイ参加者宗教別調査.

 

ソウル国際仏教博覧会事務局. (2026). 2026 Seoul International Buddhism Expo 関連資料.

 

Bae, S.-H., & Kim, I.-S. (2024). 템플스테이의 사회적 인식과 활성화 전략―‘서핑 템플스테이, 댕플스테이, 나는 절로’의 빅데이터 분석을 중심으로― [テンプルステイの社会的認識と活性化戦略―「サーフィン・テンプルステイ、ドッグ・テンプルステイ、私は寺へ」のビッグデータ分析を中心に―].한국외식산업학회지, 20(6), 275–288. https://doi.org/10.22509/kfsa.2024.20.6.018

 

Pyo, K. (2025, April 9). Spirituality gets trendy: Why Korea’s younger generation vibes with Buddhism. The Korea Times.

 

Reuters. (2024, May 13). Celebrating Buddha’s birthday, Korean DJ is in spotlight.

 

——————————————–
加藤華 略歴
加藤 華(医療ガバナンス研究所 元インターン)
2001年生まれ。米国カリフォルニア州で公衆衛生を学ぶ。大学時代に医療ガバナンス研究所でのインターンシップに参加する。卒業後に韓国人の夫と結婚し現在は韓国在住。現在も引き続き上昌広医師の指導のもと、韓国社会における医療問題や構造的課題について、MRIC(Medical Research Information Center)にて寄稿活動を行う。




この記事を書いた人
上昌広医療ガバナンス研究所 理事長

1968年生まれ。兵庫県出身。灘中学校・高等学校を経て、1993年(平成5年)東京大学医学部医学科卒業。東京大学医学部附属病院で内科研修の後、1995年(平成7年)から東京都立駒込病院血液内科医員。1999年(平成11年)、東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。専門は血液・腫瘍内科学、真菌感染症学、メディカルネットワーク論、医療ガバナンス論。東京大学医科学研究所特任教授、帝京大学医療情報システム研究センター客員教授。2016年3月東京大学医科学研究所退任、医療ガバナンス研究所設立、理事長就任。

上昌広

copyright2014-"ABE,Inc. 2014 All rights reserved.No reproduction or republication without written permission."