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.社会  投稿日:2026/10/21

福島の医師偏在は本当に改善したのか「県全体」の数字が隠す地方都市の実態


執筆:上昌広(医療ガバナンス研究所理事長) 

 

【本稿のポイント】

・福島県人口10万人あたり医師数は2012年の178.7人から2024年の238.8人へ増え、全国平均との差も縮まったが、2010年から2024年に増えた457人のうち312人は県北で、いわきは1人、相双は4人だった。

・医療圏別の偏在インデックスは、県北が1.35から1.45へ上昇した一方、いわきは0.88から0.79へ悪化するなど、県内の偏在は改善していない。

・政府の施策は「県に医師を留める」仕組みとしては機能したが、「県内の医師が不足する地域に医師を届ける」仕組みとしては機能していないと筆者は指摘している。

医師偏在の是正策が進む中、日本経済新聞は「医師の偏在、改善率トップは福島」と報じた。しかし、いわき市の金田侑大医師の分析では、県全体の数字は改善しても、被災地を含む県内の地方都市では医師が増えていない。医療ガバナンス研究所理事長の上昌広氏が、政府の偏在対策の成果と限界を論じる。

 

◆政府が積み重ねてきた医師偏在対策

医師の偏在は、日本の医療が抱える重大課題である。2024年12月、厚労省は「医師偏在の是正に向けた総合的な対策パッケージ」を公表した。その基本的な考え方は、医師数は毎年増えており、需要と供給が2029年頃に均衡するため、これからは総数の確保ではなく、適切な配置に重点を移すというものだ。

これまで医師の勤務地は、本人の自由な選択に委ねられてきた。しかし、医師偏在を問題視した政府は2008年以降、その自由に制限を加えてきた。しかも、その手法は医学部入学から専門研修まで、医師養成の各段階に及んでいる。厚労省自身、医師養成過程の様々な段階で地域偏在・診療科偏在対策を進めていると説明している。

最初が、2008年に設けられた「地域枠」である。卒業後一定期間、指定された地域での勤務を条件とする入学枠で、医学部の段階で勤務地を縛る仕組みである。続いて2010年度からは、研修医の募集定員に都道府県ごとの上限を設け、都市部への集中を抑えようとした。さらに2018年度からは、新専門医制度のもとで、日本専門医機構が専攻医の採用数に上限(シーリング)を設けた。当初は東京、神奈川、愛知、大阪、福岡の五大都市が対象で、2020年度以降は、都道府県・診療科ごとの必要医師数を根拠にした方式へ改められた。

さらに、冒頭にご紹介した「パッケージ」では、医師少数区域での勤務経験を管理者の要件とする対象の拡大や、外来医師が多い区域で開業を希望する医師への要請など、勤務地や開業地に関わる手法が並ぶ。

◆福島県の「改善」と日経報道

では、こうした施策は、どこまで成果を上げたのか。私が注目するのは福島県だ。長年にわたり医師不足に喘いできた。人口10万人あたりの医療施設従事医師数を見ると、2008年は183.2人で、全国平均212.9人を約30人下回り、全国37位だった。震災を挟んだ2010年は182.6人(全国219.0人)、2012年は178.7人(同226.5人)と、全国平均が上がる中で福島は横ばいから微減に留まった。

ところが、その後は改善に転じる。政府の施策が効いたのだろう。2024年は238.8人と、2012年から60人増え、全国平均との差も約48人から28.6人へ縮まった。全国平均を1.0とすると、2010年の0.83から2024年は0.89へ上昇している。

この改善を、一部のメディアは高く評価した。9月4日付の日本経済新聞は「医師の偏在、改善率トップは福島」と報じた。

この報道に対して、いわき市の常磐病院に勤務する金田侑大医師は「実態とは真逆」と憤る。

◆県内で見ると、医師は大学病院の周辺に集まった

金田医師は北海道大学を卒業し、同院で初期研修を受けている。在学中から医療ガバナンス研究所で学び、多くの臨床研究に関わってきた。主著・共著を合わせた英文論文はすでに150報を超え、臨床研究を遂行する実力は確かである。その金田医師は、医師偏在の実態を独自に調べ、日経報道とは大きく異なる結果を得た。

金田医師が注目したのは、福島県内の医師の偏在だ。県内6つの二次医療圏の医師配置を、2010年から2024年まで追った。用いたのは「人口調整医師シェア指数(偏在インデックス)」で、地域の医師シェアを人口シェアで割った値である。1.0なら人口に見合った配置、1.0未満なら医師が相対的に少ない。県全体の指数が0.83から0.89に上昇したことは、先に見た全国比と一致し、日経の報道もこの数字に基づく。

問題は、その改善が県内のどこで起きたかである。福島県は、日常の医療がおおむね完結する単位として、県内を6つの「医療圏」に分けている。県北(福島市、伊達市、二本松市など)、県中(郡山市、須賀川市など)、県南(白河市など)、会津・南会津(会津若松市など西部の山間地)、そして太平洋沿岸の浜通りにあたる相双(相馬市、南相馬市、原発のある双葉郡など)といわき(いわき市)である。

医療圏別に見ると、県内唯一の医学部である福島県立医科大学(福島市)を抱える県北が、1.35から1.45へ上昇した。県内で1.0を超える唯一の圏域である。一方、県中は1.01から0.93、会津・南会津は0.89から0.86、いわきは0.88から0.79へ悪化し、県南は0.73のまま動かなかった。相双は0.66から0.75へ上昇したが、水準はなお低い。

増えた医師の数を見ると、偏りはさらに鮮明である。2010年から2024年に、福島県内では457人の医師が増えたが、このうち312人は県北だ。東日本大震災、原発事故の被害が深刻だったいわきは1人、相双は4人である。医師は福島に戻ったが、被災地ではなく、大学病院の周辺に集まったのである。

本稿では詳述しないが、この減少は福島県に限らない。医師不足が深刻な茨城県、埼玉県、千葉県、青森県などでも同様の現象が確認されている。

◆「県単位」の施策の限界

以上の結果から、これまでの政府の施策は、「県に医師を留める」仕組みとしては機能したが、「県内の医師が不足する地域に医師を届ける」仕組みとしては機能していないことがわかる。

これは、厚労省が都道府県を単位に施策を講じているためである。背景には、旧内務省から続く伝統がある。厚生労働省の前身の厚生省は、戦中の1938年に健民健兵政策を推進するため、内務省から分かれて生まれた。都道府県も、戦前は内務省が知事を任命する、国の地方機関だった。古くからの地域社会を基礎にする市町村とは、成り立ちが異なる。

その名残もあって、厚労省は今も都道府県を通じて医療行政を進めている。医師確保計画は都道府県が策定し、重点的に医師を確保する区域も都道府県が定める。地域枠の奨学金も、都道府県が貸与する。しかし、この仕組みは、民間病院や市町村が運営する医療機関への影響力が限られる。県内のどこに医師が行くかは、県の施策だけでは決まらない。

今回、偏在が悪化した福島県などは、いずれも県全体で医師が不足している県である。こうした県では、医師が増えても、まず医学部のある中心都市から充足されていく。このような地域で必要なのは、医師の強制配置ではなく、地元で育てる医師の数を増やすことだ。ところが、日本医師会への配慮か、このような地域で医学部定員を増やすことを厚労省で議論されることはない。

◆東京の「改善」と、現状に合わせた議論の必要性

さらに、県全体の医師数が増えた背景も、考察すべきだ。東京都の偏在インデックスは、この間に1.35から1.27に大幅に「改善」している。これは熊本県、佐賀県についで全国第3位だ。東京への集中を抑える政策が、地方の医師数を押し上げたことになる。

これでいいのだろうか。この政策が続けば、東京の医師インデックスは1に近づいていくだろう。医師偏在は改善するが、日本の医療は維持できなくなる。日本の医学研究をリードするのは、東京の大学病院だ。東京の医療が衰えれば、日本全体のためにもならない。

「福島の医師偏在は改善した」という報道は、県全体の平均で見れば誤りではない。だが、これは「机上の空論」で有害ですらある。医師不足に喘ぐ福島の地方都市の状況は改善していないし、東京の活力は削がれている。

医療は複雑系である。旧内務省的な思考で統制を強めても、うまくいかない。もう少し緻密に議論し、現状に合わせた微調整が必要だ。そのためには、現状を正確に評価しなければならない。この点で、金田医師の存在は示唆に富む。若い医師が地方で医療に従事し、その地域の実情を研究して発信することで、議論の土台ができている。

【よくある質問(FAQ)】

Q1:「地域枠」とはどのような制度ですか?
A:卒業後一定期間、指定された地域での勤務を条件とする医学部の入学枠です。

Q2:「シーリング」とはどのような仕組みですか?
A:専攻医(専門研修を受ける医師)の採用数に上限を設け、特定の地域への集中を抑える仕組みです。

Q3:「偏在インデックス(人口調整医師シェア指数)」とはどのような指標ですか?
A:地域の医師シェアを人口シェアで割った値です。1.0なら人口に見合った配置、1.0未満なら医師が相対的に少ないことを示します。

Q4:「二次医療圏」とはどのような区域ですか?
A:一般的な入院医療が完結することを目安に、都道府県内を区分した医療提供体制の単位です。

(タイトル、本稿のポイント、リード、FAQの文責:Japan In-depth編集部)

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出典: Photo by koichi/Getty Images 




この記事を書いた人
上昌広医療ガバナンス研究所 理事長

1968年生まれ。兵庫県出身。灘中学校・高等学校を経て、1993年(平成5年)東京大学医学部医学科卒業。東京大学医学部附属病院で内科研修の後、1995年(平成7年)から東京都立駒込病院血液内科医員。1999年(平成11年)、東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。専門は血液・腫瘍内科学、真菌感染症学、メディカルネットワーク論、医療ガバナンス論。東京大学医科学研究所特任教授、帝京大学医療情報システム研究センター客員教授。2016年3月東京大学医科学研究所退任、医療ガバナンス研究所設立、理事長就任。

上昌広

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