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.国際  投稿日:2016/4/7

オバマ大統領はノーベル賞を返せ


古森義久(ジャーナリスト・国際教養大学 客員教授)

「古森義久の内外透視」

「オバマ大統領はノーベル平和賞を返還せよ!」――

こんな激烈な要求が4月はじめ、アメリカの核軍縮専門家から発せられた。オバマ氏が「核兵器のない世界の平和と安全」のスローガンを掲げ、2009年にはその核廃絶の試みを理由にノーベル平和賞まで受けたが、その後、核廃絶の措置はまったく進めず、逆に核兵器の拡散を許したために、その賞には値しない、という主張なのだ。

2009年に大統領となったオバマ氏は同年4月のチェコのプラハでの演説で核兵器をすべてなくす核廃絶の誓いを強く述べた。同年10月にはその「核兵器のない世界の平和と安全を追求する決意」を理由にノーベル平和賞を受賞した。

ところがそれから7年近く、オバマ大統領は実際には核廃絶への実効ある措置はなにもとらず、逆に核兵器の増強や拡散をもたらした。この点をアメリカの核軍縮・軍備管理の専門家バリー・ブレクマン氏が外交・政治雑誌『ナショナル・インテレスト』4月号掲載の論文で指摘し、オバマ氏に「ノーベル平和賞の受賞理由がなくなったから賞を返すべきだ」と要求した。

ブレクマン氏は歴代民主党政権で軍備管理や核軍縮を担当した専門家で本来はオバマ氏と同じ側の民主党系の人物である。ワシントンの安全保障関連のリベラル系有力シンクタンク「ヘンリー・スティソン・センター」の創設者で現在は同センターの名誉研究員をも務めている。

ブレクマン氏がオバマ大統領が核廃絶の目標に反する行動をとったとして指摘したのは以下の諸点だった。

・オバマ政権はロシアとの二国間の戦略核兵器の削減交渉を進めることで、ロシアの戦術核兵器などを放置し、同時にロシア以外の諸国の核兵器の増強や拡散を許した。(注1)

・オバマ大統領は2009年9月に国連安保理主催の核兵器廃絶の会議を推進したが、廃絶への具体的目標を設定せず、「核なき世界」を遠くした。

・アメリカ政府の「核態勢見直し」政策の推進作業で核兵器の効用を、アメリカとその同盟諸国への核使用の抑止だけに限るという方針を明確にせず、核拡散を助長した。

・アメリカ政府の同じ「核態勢見直し」は核兵器を具体的に何基、最小限の必要性として保持するか、核弾頭何個を保存しておくか、を示さず、核廃絶への障害を残した。

・2010年にNATO(北大西洋条約機構)諸国がベルギーやシリアになお残されたアメリカの戦術核兵器の撤去に反対し、アメリカも同意して、核廃絶を遠ざけた。

ブレクマン氏は以上の諸点をあげて、「核兵器なき世界」は実現へなどまったく向かっていないと総括し、オバマ大統領のノーベル平和賞の返還を強く訴えるのだった。

日本でも同様に核兵器の全面的な廃絶を求める声が強いが、いったん国家の防衛に組み込まれた核兵器を全廃することは現実には不可能に近いことがこのブレクマン氏の論文でも明確にされたといえよう。

 

(注1)戦略核と戦術核の違い

核兵器には、戦略核と戦域・戦術核との区別があり、概ね爆発威力の大きいものが戦略核、小さいものが戦域・戦術核と分類されるが、その基準は必ずしも厳密なものではない。

敵本国を直接攻撃できる大陸間弾道ミサイル(ICBM)、潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)、戦略爆撃機に搭載されるものが戦略核兵器である。

(広島平和記念資料館HPより)

http://www.pcf.city.hiroshima.jp/Peace/J/pNuclear4_2.html


この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授

産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

古森義久

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